「あの、ハンカチが……」
見れば、小花の散りばめられた綺麗なハンカ
チが、琥珀色を吸い取って大きな染みを作って
いる。惜しげもなく、その綺麗なハンカチで携帯
を拭い続ける彼女に、僕の胸は小さく鼓動を鳴ら
した。
「お気になさらず。使い古しのものなので。
それよりも、携帯が……」
鈴の鳴るような声で言って、彼女が眉を顰める。
僕は、どう見ても使い古しには見えないそれと、
携帯とを彼女の手から受け取り、笑みを浮かべた。
「大丈夫そうです。あなたがすぐに拭いてくれ
たので」
そう言って笑みを深めると、彼女は安堵したよ
うに笑って席についた。僕は彼女を向く。すでに、
携帯を拭ってくれたハンカチは染みだらけで、
このままでは申し訳なかった。
「あの、これは弁償させてください。良かった
ら、連絡先を」
僕がそう言うと、彼女は小さく首を横に振った。
「どうかお気遣いなく。わたしも時々やってしま
うんです。本に集中しすぎると、注意力が散漫に
なってしまうみたいで」
肩を竦めながらそう言うと、彼女は読んでいた
本を手に取って、愛おしそうに表紙を撫でる。
僕は思い切って訊ねた。
「何の本を読んでいるんですか?あなたの
表情がよく変わるので、ずっと気になっていたん
です」
臆面もなく、隣から覗き見ていたことを告げて
しまった僕に、彼女は驚いた顔をして頬を染める。
一瞬、気分を害してしまっただろうかと僕は不
安に駆られたが、彼女はやわらかに笑んで、本の
タイトルを僕に見せてくれた。
「これ、横川流星の『探偵のいう通り』という本
なんです。もうすぐドラマ化されるから、その前に
読んでみようと思って」
「ああ。確か北野景子が主演を務めるドラマで
すよね。僕も面白そうだと思っていたんです。
原作を先に読むか、ドラマを先に観るかで、また
楽しみ方も違ってきそうだ」
「はい。わたしはどちらかと言うと、原作の方の
新鮮味を大切にしたくて。ドラマを観てしまってか
らだと、ページをめくる楽しみが減ってしまう気が
するんです。だから、慌てて読んでいるんですけ
ど……面白くてつい顔がにやけていたんですね。
恥ずかしい」
恥じらうように頬に手をあて、僕から視線を
逸らす。
その仕草にまた、僕は彼女の愛らしさを見つ
け、どうにもこのひと時を終わらせることが口惜し
くなってしまった。
僕は少しでも長く彼女との会話を引き延ばせる
言葉を、探し始めていた。
「僕も本を読んでいてその物語に没頭してしま
うと、自分がどこにいるか忘れてしまうことがある
んです。特に、電車の中で本を読むときは注意し
ないと不味いですね。本を片手ににやけてしまえ
ば、あらぬ誤解を招きかねませんから」
見れば、小花の散りばめられた綺麗なハンカ
チが、琥珀色を吸い取って大きな染みを作って
いる。惜しげもなく、その綺麗なハンカチで携帯
を拭い続ける彼女に、僕の胸は小さく鼓動を鳴ら
した。
「お気になさらず。使い古しのものなので。
それよりも、携帯が……」
鈴の鳴るような声で言って、彼女が眉を顰める。
僕は、どう見ても使い古しには見えないそれと、
携帯とを彼女の手から受け取り、笑みを浮かべた。
「大丈夫そうです。あなたがすぐに拭いてくれ
たので」
そう言って笑みを深めると、彼女は安堵したよ
うに笑って席についた。僕は彼女を向く。すでに、
携帯を拭ってくれたハンカチは染みだらけで、
このままでは申し訳なかった。
「あの、これは弁償させてください。良かった
ら、連絡先を」
僕がそう言うと、彼女は小さく首を横に振った。
「どうかお気遣いなく。わたしも時々やってしま
うんです。本に集中しすぎると、注意力が散漫に
なってしまうみたいで」
肩を竦めながらそう言うと、彼女は読んでいた
本を手に取って、愛おしそうに表紙を撫でる。
僕は思い切って訊ねた。
「何の本を読んでいるんですか?あなたの
表情がよく変わるので、ずっと気になっていたん
です」
臆面もなく、隣から覗き見ていたことを告げて
しまった僕に、彼女は驚いた顔をして頬を染める。
一瞬、気分を害してしまっただろうかと僕は不
安に駆られたが、彼女はやわらかに笑んで、本の
タイトルを僕に見せてくれた。
「これ、横川流星の『探偵のいう通り』という本
なんです。もうすぐドラマ化されるから、その前に
読んでみようと思って」
「ああ。確か北野景子が主演を務めるドラマで
すよね。僕も面白そうだと思っていたんです。
原作を先に読むか、ドラマを先に観るかで、また
楽しみ方も違ってきそうだ」
「はい。わたしはどちらかと言うと、原作の方の
新鮮味を大切にしたくて。ドラマを観てしまってか
らだと、ページをめくる楽しみが減ってしまう気が
するんです。だから、慌てて読んでいるんですけ
ど……面白くてつい顔がにやけていたんですね。
恥ずかしい」
恥じらうように頬に手をあて、僕から視線を
逸らす。
その仕草にまた、僕は彼女の愛らしさを見つ
け、どうにもこのひと時を終わらせることが口惜し
くなってしまった。
僕は少しでも長く彼女との会話を引き延ばせる
言葉を、探し始めていた。
「僕も本を読んでいてその物語に没頭してしま
うと、自分がどこにいるか忘れてしまうことがある
んです。特に、電車の中で本を読むときは注意し
ないと不味いですね。本を片手ににやけてしまえ
ば、あらぬ誤解を招きかねませんから」
