恋に焦がれて鳴く蝉よりも

 「ちょっと、あったかも」

 苦笑いを浮かべるつもりが、上手くいかずに
泣きそうな顔になってしまう。その蛍里を見た
拓也は、黙って席を立つと、シンクの扉にかか
っているタオルに手を伸ばし、蛍里の前に差し
出した。

 「いいよ。我慢しなくて」

 蛍里は少し湿ったそのタオルを握りしめ、
拓也を見上げる。いつの間にか、すっかり大人
の顔をするようになった弟に優しい眼差しを
向けられれば、もう、堪えることなんか出来な
かった。

 蛍里はタオルに顔を埋め、小さく肩を震わ
せた。嗚咽を漏らし始めた蛍里の背中を、拓也
が擦る。

 何も言わず。何も聞かず。

 蛍里が泣き止むまで、拓也はずっとそうして
くれた。

 どれくらい泣いていただろう。

 ようやく、涙が引いて顔を上げると、拓也は
「はは」と白い歯を見せた。

 「ねーちゃん、顔真っ赤。茹でダコみたい」

 そう言って拓也が箱ティッシュを差し出す。

 蛍里はそこから、ティッシュを二枚抜き取ると、
鼻をかみながら言った。

 「あーあ。こんな顔、拓也に見せるつもりなか
ったのにな」

 鼻声で拗ねたようにそう言って、口を尖らせる。

 子供の頃から「あなたはお姉ちゃんなんだか
ら」と、親に言われ続けたせいか、蛍里は姉らし
い姉でいようとする気持ちが強かった。

 けれど実際は、自分が頼りないからか、はた
また拓也が、しっかりしているからか、こうして
拓也の方が察して助けてくれることの方が多い。

 これでは、拓也の方がお兄さんのようだなん
て、内心、肩を竦めた蛍里の前に、とん、と缶
ビールが置かれた。

 「たまには飲まない?コレがあった方が、話し
もしやすいだろうし」

 にんまりと笑って、拓也がプルトップを開ける。

 プシュ、と小気味よいその音を聞いて、蛍里は
ようやく微笑むことが出来た。

 「飲む。あ、おつまみにフライドポテト焼こう
か」

 「いいね。それとクラッカーにクリームチーズ
も」

 「了解」

 蛍里が立ち上がって冷蔵庫に向かうと、拓也
もビールグラスを取りに席を立ち、二人で晩酌の
準備を始めた。


 「オレの知らないところで、そんなドラマみたい
な恋愛してたんだな。なんか、びっくりした」

 しみじみとした顔でそう言って、クリームチーズ
をのせたクラッカーを拓也が口に放り込む。蛍里
は頷きながら、なみなみと注がれたビールグラス
の水滴を指でなぞった。

 榊専務とのことを拓也に説明するのは、大変
だった。

 何しろ、あの本を拾ったところから順を追って
話さなければならなかったからだ。蛍里はビール
を飲みながら、ポテトをつまみながら、一連の出
来事を話した。

 そうして、一通りの話しを終えたいま、テーブ
ルの上には空っぽの缶ビールがずらりと並んで
いる。