「……だよな。やっぱり、そうだよな。でも、
あの人にはさ」

 「わかってる」

 滝田が言おうとした言葉を、蛍里は遮った。

 その蛍里に少し驚いた顔をして、滝田がじっと
見つめる。思わず、語気を強めてしまった自分に
はっとして、蛍里は目を逸らした。

 「……ちゃんと、わかってるから、大丈夫。
彼のこと……好きでいても、どうにもならない、
って」

 消え入りそうな声でそう言った蛍里に、滝田は
目を細める。

 そうして、穏やかな声で言った。

 「俺が……忘れさせてやる、とか言っても
駄目?」

 その言葉に、蛍里は滝田を見上げた。
 縋るような眼差しが、自分を捉えている。

 ほんの一瞬だけ、その腕に飛び込んでしまい
たい衝動に、駆られた。けれど、そう思った次の
瞬間には、彼の笑みが思い起こされて、蛍里は
首を振る。

 忘れたくないのだ。
 この想いを。
 恋に焦がれる、切なさを。
 ずっと、忘れたくない。

 「ごめんなさい」

 もう一度そう口にした蛍里に、滝田は深く息を
吐いた。そうして、突然目の前でしゃがみ込む。

 蛍里はその行動にぎょっ、とすると、慌てて
滝田の前にしゃがみ込んだ。

 「たっ、滝田くん?あの……」

 滝田はしゃがみ込んだ膝に顔を伏せ、腕で顔
を覆っている。まさか、泣いているのだろうか?
どうしよう???蛍里はオロオロしながら、彼の
肩に手をのせた。

 その手を、滝田の温かな手が握る。
 伏せた顔の下から、くぐもった声が聴こえた。

 「いま、俺が何考えてるか、教えてあげよう
か?」

 「……う、うん」

 どうやら泣いてはいないらしい滝田に蛍里は
頷くと、その声に耳を澄ました。

 「この子、馬鹿だな。って思ってる。俺を選ん
でくれれば、めちゃめちゃ大事にするのに、って」

 そう言って、滝田は顔を上げた。笑っている。
悪戯っ子のように、にっ、と笑って、蛍里の顔を
覗き込んでいた。

 蛍里はその顔に安堵して、吹き出した。

 「うん。わたし、馬鹿なんだ。いっつもね、後に
なってからしまったぁ、って思うの。でも、そうい
う風にしか生きられないんだからしょうがないよね」

 滝田と顔を突き合わせたままでそう言った蛍里
に、滝田は握っていた手を放して、ポンと蛍里の
頭にのせた。

 そうして、立ち上がる。

 少しだけ、すっきりとした顔をした滝田が自分を
見下ろしている。蛍里も立ち上がった。

 「ありがとうね」

 自然に出てきた言葉だった。
 滝田は小さく首を振る。
 
 まだ、伝えたいことは他にもあったけれど、
それは口にしなくても大丈夫のような気がした。

 蛍里は、何となく後ろを振り返った。

 ここに来た時は数人ほどあった人影が、今は
なくなっている。

 「誰もいないな」

 「うん。ほんと、ここ穴場だね」