想い続けた先に二人の未来はなくとも、そうい
う相手に出会えたということが、自分にとっては
奇跡なのだ。

 榊専務も、詩乃守人も、忘れたくない。

 蛍里は祈るようにまたそう思うと、扉を開け、
澄んだ空気の中を歩き始めた。




 「今日さ、駅ビルで買い物して帰ろうと思って
るんだけど、たまには一緒にどう?」

 一日の業務を終え、パソコンの電源を落として
いた蛍里に、斜め前の席から結子が首を伸ばし
て、聞いた。

 一瞬、返事に迷いながらも蛍里は頷く。

 ランチ以外で結子が自分を誘ってくるのは
初めてで、もしかしたら、この間の話をゆっくり
聞きたいのかもしれない。けれど何となく、専務
とのことは胸の内に秘めていたかった。

 心の中はまだ散らかっていたし、今日だって、
何度か姿を見かけたものの、専務とはひと言も
言葉を交わせていないのだ。蛍里はちら、と閉ま
ったままの専務室の扉を見た。

 もう少し待っていれば、人が少なくなれば、
或いは、何か話せるかもしれないと思っていたけ
れど……。そう思っていても、業務が終わってし
まえば蛍里がここに留まる理由はない。だったら、
結子の買い物に付き合った方が、塞いだ気分も
少しは明るくなるかもしれなかった。

 蛍里はもう一度頷いて、結子に笑んだ。

 「わたしも、新しいニット探したいなって思って
たんです」

 「じゃあ決まり」

 蛍里が返事をすると同時に結子は席を立った。

 そして、蛍里を促すようにして更衣室へ向か
おうと、した。

 その時だった。

 「たっ、滝田くん」

 フロアを出た先に滝田が立っていて、蛍里は
思わず声を上げてしまった。その声に少し驚いた
顔をして、滝田が安堵したように、笑う。もしかし
て、自分を待っていたのだろうか?

 滝田は経理部の前の廊下に、突っ立っていた
という感じだ。蛍里は滝田の顔を覗いた。

 「もしかして、領収書の清算?」

 「あ、いや。よかったら、この後時間あるかな、
と思って」

 いつもと変わらない様子でそう訊いた蛍里に、
滝田は隣の結子にちら、と視線を向けながら言
った。蛍里は、あっ、と肩を竦め、気まずい顔を
する。せっかく結子が誘ってくれたというのに、
その先約を反故にして滝田を優先するわけにも
いかない。

 蛍里は眉を顰め、「ごめんね」と口を開きかけ
た。その肩に、ポンと結子の手がのせられる。

 蛍里は驚いて、結子を見た。

 「わたしのことなら気にしないで。お二人でど
うぞ」

 そう言って、ふふ、と滝田に微笑む。

 そして、結子は蛍里が引き留める間も与えず
に「じゃあ、お先に」と身を翻してしまった。