約束の日。蛍里はきれいめのワンピースに、
チェックのストールを羽織って、緑道公園へと
向かっていた。

 冬の気配を感じ始めるこの季節には、少しばか
り肌寒さを覚える服装だったが、彼、詩乃守人の
目に自分がどう映るかの方が大事に思えた。

 まるで初めてのデートに向かうような心持ちで、
一歩一歩進んでゆく。どんな人物かもわからない
のに、不思議と不安はない。

 昨日は結局、専務にハンカチを返すことは出来
なかった。昨日、今日と、彼は出張に出てしまっ
たのだ。だから、返せなかったハンカチは今も鞄
に入っている。

 そして滝田とも、あの送別会の夜以来会えてい
なかった。もともと、販促の仕事は担当エリアの
予算管理や、店長・スタッフの教育など社外での
仕事も多い。彼の方が経理部に立ち寄ってくれな
ければ、顔を合わせる機会はそれほどなかった。

 けれど二人のことは、取りあえず胸にしまって
おく。

 いまは詩乃守人に会える。
 そのことだけに、心を向けていたかった。

 蛍里はすっかり昼の様相を失った緑道公園に、
ひとり足を踏み入れた。

 灯点し頃にここを訪れるのは、久しぶりだった。

 翌月にはクリスマスを迎えることもあって、緑道
公園は美しくライトアップされている。歩道の両側
から川の水面を覆うように張り巡らされた青いライ
トは、まるで光の絨毯のようで、この風景の中、
これから自分は彼に会うのだと思うと、静かだった
胸の鼓動が急に騒ぎ出してしまった。

 蛍里は約束の十五分前に、水上テラスについ
た。その場所に人影はなく、やはりまだ彼は来て
いないようだ。

 蛍里は水上テラスに建てられた木造の休憩舎
のベンチに腰かけた。煌びやかな光景を眺めな
がら、ほぅ、と息をつく。

 「HOTARUさんですか?」

 ベンチに佇む自分を見つけた彼はきっと、そう、
尋ねるに違いない。蛍里は自分を見つめる彼を
想像しながら、何を話そうか、どんな顔をして彼に
言葉をかけようか、しばし思い馳せた。

 そうだ。

 まだ、十四作目を読んだきり彼に感想を送って
いなかった。その感想を直接彼に伝えよう。物語
を綴った本人に、自分の口から感想を伝えるな
んて初めてで、気恥ずかしい気もするけれど。

 身を寄せ合いながら、歩道を歩く恋人たちの
背中を遠巻きに見つめ、そう思った、その時だ
った。

 「折原さん?」

 突然、背後から名前を呼ばれた蛍里は、その
聞き慣れた声にどきりとしながら、ゆっくりと振り
返った。

 そうして、彼を見上げた。