“HOTARU様

 僕も、あなたに会いたいです。
緑道公園で待ち合わせをしませんか?
日時はHOTARU様のご都合に合わせます。

                詩乃守人“

 
 彼からのメールはたった三行だった。
 けれど、その三行で蛍里は十分だった。
 言葉少なだからこそ、伝わることもある。

 自分と同じように、彼も会いたいと思ってくれて
いる。それ以上に知りたいことなど、何もなかった。

 蛍里はすぐに返信フォームを開いた。そうして、
キーボードに手を添えた。

 緑道公園なら、詩乃守人がSNSにアップした
場所が、一番わかりやすい。あの緑道は北から
南まで三つの区域に分けて整備された、総延長
二.三キロメートルもある散歩道なのだ。

 詩乃守人がSNSに載せた場所は、時計塔の近く
に位置する水上テラスで、蛍里の会社からも歩い
て数分だった。蛍里はメールを打ち始めた。

 
“詩乃守人様

 お返事、ありがとうございます。
待ち合わせは写真に載っていた水上テラス
でどうでしょうか?明後日の十九時頃なら、
仕事帰りに立ち寄れます。
              HOTARUより“


 蛍里が書いた返事もまた、要件だけのシンプ
ルなものだった。嬉しいだとか、楽しみだとか、
そんなひと言を添えたい気もしたが、その気持
ちは彼に会えた時に伝えればいいと思ったのだ。

 蛍里は送信ボタンを押した。
 すっ、とメールが送信される。
 返事は、きっとすぐに来るはずだ。

 蛍里は頬杖をついてメールフォームを眺めた。
 何となく、目印などなくても彼だとわかる気
がした。だから、自分の特徴や着ていく服など
も、あえて書くことはしなかった。

 きっと、あの時間に、あの場所を訪れる人は
少ない。彼も自分がHOTARUだと、すぐにわか
ってくれるはずだ。

 不意に専務の顔が脳裏に浮かんだ。
 くっ、と胸が痛みを訴える。

 この胸の痛みを忘れられるくらい、詩乃守人
の存在が自分の中で大きくなって欲しかった。
専務が誰かのものになっても、笑っていられる
自分に戻りたかった。蛍里は鞄からハンカチを
取り出した。綺麗に洗濯された男物のハンカチ
には、まだ、彼の香りが残っている。

 明日、これを返そう。そしてその次の日は、
彼のことだけを考えて、会いに行こう。蛍里は
顔も知らないはずの、その人の笑みを思い浮か
べ、そっと目を閉じた。