「それなんだけど、榊専務と折原さんが噂にな
ってる、っていう話は滝田くんから聞いたんだよ
ね?確かに、そういうことを言ってる人は心当た
りあるんだけど。でも、どちらかと言うと彼女た
ちは嫉妬心から陰口を言ってるだけで、他の人が
その話に同調してる感じではないんだよね。
だから、折原さんがそこまで気にすることはない
んじゃないかな?」

 そこまで言って一旦、コーヒーを口にした結子
に、蛍里は目を見開いた。

 結子はいま、彼女“たち”と言った。

 ということは、結子は自分と専務のことを陰で
とやかく言っている人物を知っているということだ。

 その上で、気にするなと言ってくれている。

 けれどあの時、滝田は「社内の女子たちの間で
噂になっている」と蛍里に言ったのだ。そう言わ
れれば、何となく皆が自分を噂しているように聞こ
えるではないか?滝田の言い方の問題だろうか。

 蛍里は、何となく釈然としない顔で首を傾げた。

 「でもあの時、滝田くんは『社内で噂になって
る』って、わたしに言ったんですよね。だから
『専務に近づくな』って。そう言われちゃうと、
ああ、不味いんだなと思って、わたし、気を付け
てたんですけど」

 ぶつぶつと、独り言のようにそう言った蛍里に、
結子は一瞬、複雑そうに眉を寄せ、そうして蛍里
の顔を覗き込んだ。

 「その話、昨日聞いた時も思ったけど、折原さ
んのことが好きだから、単に専務に近づいて欲し
くなくて言ったんじゃないの?滝田くんは」

 結子の答えはあまりに単純明快で、蛍里はど
うしてそのことに思い至らなかったのか、自分が
不思議だった。

 今にして思えば、あの時も、あの時も、滝田の
気持ちを感じられる出来事はいくつもあったのだ。

 そうして、昨夜はキスまでされた。

 「専務に近づくな」という言葉が、彼の嫉妬から
の言葉なら、まったくの嘘ではなくとも、多少、
事実が誇張されたとしてもおかしくはない。

 蛍里は肩を竦めて言った。

 「五十嵐さんの、言う通りかも知れません。
わたし、昨日滝田くんに………その、告白された
んです。突然でびっくりしちゃって。でもよくよく
考えれば、自分が鈍感過ぎたのかな、って反省して
るんです」

 そのことを蛍里が口にしたのは、結子を信頼
しようと思ったからで……けれど、その話を訊い
た結子が唇を噛んだことに、蛍里は一瞬、嫌な
予感を覚えた。

 それでも、すぐに結子が、あは、と笑ったこと
で、その予感は搔き消されてしまった。

 「やっぱり、そうだったんだ。おかしいなぁ、
と、思ってたんだよね。だって滝田くんの様子、
いつもと違ってたし、突然『仕事が~』とか言っ
て帰るのも、嘘っぽかったし。そっか、告白され
たんだ。で?」