ついには、何も言えずに俯いてしまった蛍里に、
結子は小さく息をついた。

 「だよね。やっぱり、そういうことだよね」

 うんうん、とすべてを悟ったように頷いて、結子
が組んだ手の上に顎をのせる。蛍里は、彼女が何
を言わんとしているのかを察して目を泳がせた。

 「好きなんだね。榊専務のこと」

 結子が、ずばっ、と言い放つ。

 その言葉を否定するよりも先に、蛍里は肩が
びくりと反応してしまう。

 ああ。どうして自分は……嘘をつくのが下手な
んだろう?蛍里は自分の不器用な性格を呪いな
がら、それでも、首を横に振った。

 ただでさえ、自分は専務と噂になっているのだ。
 これ以上余計な噂が流れれば、きっと専務に
迷惑をかけてしまう。

 だから、結子に後ろめたさを感じても、蛍里は
そうだと頷くことは出来なかった。結子が猫科の
目を細める。まるで自供を強いられる犯人のよ
うな心持ちで、蛍里は躰を硬くした。

 「たぶん折原さんはさ、わたしが誰にでもリー
クするような人間だと思ってるから、自分のこと
何にも話さないんだよね。でもそれって、わたし
にしてみれば心外で、わたしは話す相手も選ん
でるつもりだし、話しちゃいけないことは誰にも
話さないって、決めてるし。この話を折原さんに
したのも、意地悪かもしれないけどカマかけたっ
てゆうか、白状して欲しかったってゆうか。つま
り、そんな風にわたしのこと警戒しないで欲しい
な、と思ってるわけ」

 決して、蛍里を責めるような口調ではなかった。
けれど、傷付いているような眼差しを結子は向け
ている。蛍里は彼女をじっと見つめ、そうして頷
いた。結子に言われたことはいちいち図星で、こ
れ以上意固地になれば、二人の関係も変わってし
まうだろう。

 それは、寂しかった。

 結子は、人間関係が得意とは言い難い蛍里の、
数少ない友人だ。滝田と同じように、自分から人
との距離を縮めることが出来ない蛍里を、どんど
ん引っ張っていってくれる。だから、気まずくな
ってしまったら悲しい。

 蛍里はまず、何から口にするべきか、考えた。

 「すみません。五十嵐さんのこと、そんな風に
思ってたわけじゃないんですけど……榊専務のこ
とは、また噂になってしまったら迷惑をかけてし
まうだろうし、わたしの気持ちとか、そういうの
が彼の耳に入って欲しくないっていうのもあって、
それで……」

 案に、専務への想いは認めつつ、それでも、
結子に対して抱いていた猜疑心のようなものは
否定しつつ。

 蛍里は出来る限り、言葉を選んで言った。結子
が、首を捻る。何か腑に落ちないことがある、と
いった顔をしている。
 
 蛍里は、彼女の言葉を待った。