一通り注文を終えた結子が、隣りの席に戻っ
てきた。ちびちび、と残っているビールを飲んで
いた蛍里に顔を寄せる。座敷内はすでに賑わっ
ていて、時折大きな笑い声も聞こえる。

 耳元で話さないと声が聞き取りづらかった。

 「ねぇ。もう少ししたらさ、谷口さんのところ
に一緒に挨拶しに行こうか?」

 ちら、と主役席に座っている谷口さんに目を
やった。蛍里も彼女の方を見やる。結婚退職の
送別会とあって、彼女の周りを数人の女子社員
が囲んでいる。きっと、馴れ初めだとか、相手
は誰に似ているだとか、そんな話に花を咲かせ
ているのだろう。

 蛍里は結子に頷いた。

 彼女とは数える程しか話をしたことがないし、
お祝いの言葉をかけるなら、結子と一緒の方が
いい。すると結子は蛍里に顔を近づけたままで、
それとなく部屋を見渡した。

 そして、こそっと話した。

 「榊専務の人気は相変わらずだけど、滝田く
んも女子からの評価、高いよね。なんか二人と
も両手に花って感じ」

 その言葉に、蛍里も座敷内を見やって、ほん
とだ、と呟く。

 専務の両側は総務部の女子が座っていて、
その後ろからも席を移動してきたらしい女子が顔
を覗かせている。対して、滝田の方も営業部と販
促部の女子が一人ずつ、両側を占拠していた。

 本社に勤務する女子社員はそれほど多くは
ないから、その少ない女子の人気を彼らは二分
しているようにも見える。

 蛍里は、彼女たちと楽しそうに話している滝田
を遠巻きに眺め、頬を緩めた。

 「滝田くん、けっこうお酒回ってそうですね。
お喋りが楽しくて、呑みすぎちゃってるのかも」

 ふふ、と声を漏らしながら、蛍里はすっかり
ぬるくなったビールを飲み干した。まだ、注文した
酒はテーブルに来ていない。空っぽになったグラ
スと蛍里の横顔を、少し不満げに見つめながら、
結子が、ぽい、とフライドポテトを口に放り込んだ。

 そうして、何気なく言った。

 「折原さんさ……榊専務と何かあった?」

 突然、思いも寄らぬことを言われた蛍里は、
光の速さで結子を向く。その動揺ぶりをちら、と、
横目で捉えながら結子は頬杖をついた。

 「えっ……何かって、何でですか???」

 「いやさ。敢えて専務を見ないようにしてる感じ
だし、最近、二人とも不自然に距離が遠いから、
何かあったのかな~って思ってたんだけど。もし
かして、当たり?」

 猫科の目が心を見透かすように、細められる。

 蛍里は頷いていいものか、首を振るべきか、
判断に迷いながら結子の顔を見た。

 そうして、ぎこちなく頷いた。