いま、二人で食事をしているこのレストランも
彼女が予約した店で、一面のガラス窓に目をや
れば、眩いほどの光景が眼下に広がっている。

 まさにこの場所は、恋人たちが愛を語り合う
ための空間と言えた。

 その風景を、複雑な心境で見ていた一久に、
紫月が声をかける。彼女を向けば、夜空に映え
る淡色のワンピースを着た紫月が自分を見つ
めていた。

 「三回目ですね」

 「………?」

 「今日で、ふたりで会うの三回目です」
 
 「ああ。そう言えば」

 一久は、まるで少女のように潤んだ瞳をしなが
ら、そう言った紫月に、ぎこちなく頷いた。紫月が
グラスを手に取り、傾ける。

 そうして少しの間、赤紫の液体を眺めると、
彼女はそれを一気に飲み干した。

 一久はその様子に目を見張った。

 何か、彼女が気分を害するようなことを言って
しまっただろうか?空っぽになったグラスが少々
乱暴にテーブルに戻される。そのことに眉を顰め、
一久が顔を覗くと、彼女は何かを決心した表情を
一久に向けた。

 そうして、ビジューの装飾がほどこされた小さ
なバッグから何かを取り出し、それを一久に差し
出した。

 それに目をやって、一久はぎくりとする。

 彼女が差し出したのは、ホテルのカードキー
だ。

 「秋元さん、これは……」

 「紫月と呼んでください」

 躊躇いを声に滲ませながらそう言った一久に、
返ってきた声は意外なほど鋭いものだった。

 一久は目を見開く。潤んでいると思っていた瞳
に、きらりと光が見える。

 「好きなんです。創立記念パーティーであなた
を見たときからずっと、わたしはあなたが好きで
した。だから、この結婚を政略結婚だと思ってい
るのはあなただけ。どちらにも、愛がないと思っ
ているのは、あなただけなんです」

 そこまで一気に喋ると、紫月は肩で息をつい
た。

 一久はごくりと唾を呑む。彼女の告白はあまり
に突然で、けれどそうと訊かされれば、より一層
胸が重くなる。

 一久はカードキーから目を逸らした。

 「だから、答えて欲しいんです。わたしと、本当
に結婚してくださるつもりがあるのか。たとえ愛が
ないとしても、あなたにその覚悟があるのか」

 「……………」

 紫月がきっ、と強い眼差しを向ける。彼女に、
こんな強い一面があることを、一久は初めて知っ
た。そして同時に、自分が彼女を傷つけていた事
にも気付く。たった数回会っただけの間柄だとは
言え、彼女が自分を想っていた月日は、長い。

 その彼女の想いに対して、自分が彼女に見せ
た感情は、何もなかった。