ふう、と息を吐いて、キーボードに手を添える。
初めてメールを書いた時よりも、胸はどきどき
している。先ずは、地震があったことへの気遣い
を始めに添え、それからSNSの投稿を見たこと、
写真の緑道公園へは、自分もよく足を運ぶことを
認めた。
そして、一番伝えたい言葉を最後に添える。
あなたに、お会いしたいです、と。
書き終えた文章を何度も読み返す。
出来る限り、重い文章にならないよう気を遣っ
たが、最後に書いたひと言に、十分、蛍里の気持
ちは滲み出ている。
迷惑だと、思われるだろうか?
もしかしたら、メールを送らないで欲しいと拒絶
されてしまうかも知れない。
それでも。
蛍里は勇気を出して、送信ボタンを押した。
“作品をお読みいただき、ありがとうございます“
いつものメッセージが表示される。
返事はきっと来る。
けれどその返事が届いた時、確実に何かが
変わっていくような気がした。蛍里はパソコンを
閉じて、“あの本”を手に取った。そうして、アド
レスが記されたページを開き、鉛筆で描き残され
たそれを指でなぞった。
目を閉じた瞼の裏で、着物に身を包んだ男性
が振り返る。その顔に、なぜか専務の笑みが重
なってしまう。
蛍里はひとり、自嘲の笑みを浮かべ、机に
突っ伏した。
「この間の地震、一久さんは大丈夫でした?」
紫月の問いかけに、一久は口に運びかけた
ワイングラスを止め、頷いた。赤紫の液体がグラ
スの中で揺れる。
ホテルの最上階に位置するレストランの窓に
は、艶やかな眼差しで自分を見つめる彼女の
横顔が、夜景の中に浮いている。
一久も、穏やかな笑みを彼女に向けた。
「お陰様で。ちょうど、社に戻ったところだっ
たんですが、大きな被害もなく、翌日から通常業
務に戻れました。あなたは、どちらにいらしたん
ですか?」
「わたしは実家に。と言っても、父も母も外出
していて一人きりだったので、とても怖かったん
です。だからこんな時、一久さんが側にいてくれ
ればな、って思いました。あ、でも結婚したって、
いつも側にいられるわけじゃないですよね」
ふふ、と小首を傾げながら自分を覗き込んだ
紫月に、一久は半分ほどワインを喉に流し込み、
グラスをテーブルに置いた。
あの地震から五日が経っていた。
幸い大きな余震もなく、鉄道は翌日に復旧し、
いつもと変わらぬ日常はすぐに戻ってきた。
紫月から連絡が来たのは、地震の翌日だった。
この間言った通り、父を通してではなく、彼女は
一久の携帯に直接電話を入れてきたのだ。
初めてメールを書いた時よりも、胸はどきどき
している。先ずは、地震があったことへの気遣い
を始めに添え、それからSNSの投稿を見たこと、
写真の緑道公園へは、自分もよく足を運ぶことを
認めた。
そして、一番伝えたい言葉を最後に添える。
あなたに、お会いしたいです、と。
書き終えた文章を何度も読み返す。
出来る限り、重い文章にならないよう気を遣っ
たが、最後に書いたひと言に、十分、蛍里の気持
ちは滲み出ている。
迷惑だと、思われるだろうか?
もしかしたら、メールを送らないで欲しいと拒絶
されてしまうかも知れない。
それでも。
蛍里は勇気を出して、送信ボタンを押した。
“作品をお読みいただき、ありがとうございます“
いつものメッセージが表示される。
返事はきっと来る。
けれどその返事が届いた時、確実に何かが
変わっていくような気がした。蛍里はパソコンを
閉じて、“あの本”を手に取った。そうして、アド
レスが記されたページを開き、鉛筆で描き残され
たそれを指でなぞった。
目を閉じた瞼の裏で、着物に身を包んだ男性
が振り返る。その顔に、なぜか専務の笑みが重
なってしまう。
蛍里はひとり、自嘲の笑みを浮かべ、机に
突っ伏した。
「この間の地震、一久さんは大丈夫でした?」
紫月の問いかけに、一久は口に運びかけた
ワイングラスを止め、頷いた。赤紫の液体がグラ
スの中で揺れる。
ホテルの最上階に位置するレストランの窓に
は、艶やかな眼差しで自分を見つめる彼女の
横顔が、夜景の中に浮いている。
一久も、穏やかな笑みを彼女に向けた。
「お陰様で。ちょうど、社に戻ったところだっ
たんですが、大きな被害もなく、翌日から通常業
務に戻れました。あなたは、どちらにいらしたん
ですか?」
「わたしは実家に。と言っても、父も母も外出
していて一人きりだったので、とても怖かったん
です。だからこんな時、一久さんが側にいてくれ
ればな、って思いました。あ、でも結婚したって、
いつも側にいられるわけじゃないですよね」
ふふ、と小首を傾げながら自分を覗き込んだ
紫月に、一久は半分ほどワインを喉に流し込み、
グラスをテーブルに置いた。
あの地震から五日が経っていた。
幸い大きな余震もなく、鉄道は翌日に復旧し、
いつもと変わらぬ日常はすぐに戻ってきた。
紫月から連絡が来たのは、地震の翌日だった。
この間言った通り、父を通してではなく、彼女は
一久の携帯に直接電話を入れてきたのだ。
