自分も何となくだけれども、料理の味やサービ
スの提供など、気にかけながら食べていた。

 けれど、専務は自分と会話をしながら、ここま
で事細かに店内を観察していたのだ。そんな素振
り、ほとんど感じなかったのに……。

 やはり、仕事の出来る人間は何事にも抜かり
ない。

 「すみません。わたし、ただ美味しくご飯を頂い
ただけで、何の役にも立たなくて」

 “経費”で食事をしておきながら、ちゃんと仕事
だと自覚もせずに、ただあの時間を楽しんでいた。

 そりゃ、一人より二人の方がたくさん料理を頼
めるし、じっくり観察も出来たかもしれないけれど。

 やっぱり、一社員として不甲斐ない。

 「今ので、十八回目です」

 「……えっ?」

 突然、専務がそんなことを口にしたので、蛍里
はわけがわからず声をひっくり返した。

 「今ので、あなたが『すみません』と謝ったのは
十八回目です。あなたは僕に謝ってばかりだ」

 「かっ、数えてたんですか!?」

 「冗談ですよ」

 間髪入れずそう答えた専務に、蛍里は目を丸く
した。

 専務が、はは、と笑う。

 あの日、レストランで見たいたずらっ子のよう
な笑顔だ。いまや、すっかり見慣れてしまった彼
のその笑顔を、何だか“切ない”と感じてしまうの
は、彼の心の内を知ってしまったからだろうか?

 蛍里は肩を竦めて、また、「すみません」と言い
そうになった口を、思わず塞いだ。

 「いえね」と専務が言葉を続ける。

 「相手に迷惑をかけたわけでもないのに、謝り
すぎる人の多くは自己肯定感が低かったり、自責
思考が強かったりするんです。あなたの場合決し
てそんなことはないのに、自分のことを過小評価
しすぎているところがある。あの時のあなたの
役目は、僕と一緒に美味しくご飯を食べることだ
った。だから、十分役に立っています。礼儀礼節
を欠くのは良くありませんが、必要以上に口にす
るのも良くない。これは、上司としての助言です」

 あくまで優しく、けれどじっと蛍里の顔を覗き
込んで、専務が返事を待つ。蛍里は、自分の
“悪い癖”を指摘されたことよりも、一社員に過ぎ
ない自分をこんなにも理解し、諭してくれる上司
に胸を熱くしながら頷いた。

 「はい。これから気を付けます」

 蛍里がそう答えると榊専務は目を細め、腕時
計に目をやった。どうやら、時間のようだ。

 「そろそろ戻らないと。昼ご飯を食べ損ねたら
大変だ」

 デスクに広げた資料をしまいながら、専務が
言う。

 蛍里は出来ることなら、もっと彼と話していた
いと思う自分に戸惑いながら、はい、と頷いた。