会社の駐車場に戻ってきた頃には、昼休みが
終わり、午後の勤務が始まっていた。何となく、
お城の舞踏会から帰ってきたシンデレラのような
心地で、蛍里はシートベルトを外す。
駐車場に人影はなく、その事にほっとしながら
専務を向くと、同じく、シートベルトを外した
専務が後部座席を振り返って、何やらガサガサと
探し物を始めた。ふわりと、彼の香りが鼻先まで
届いて、どきりとする。
肩が触れ合うほど、近くにある。
「あの、何か探し物ですか?」
何をしているのだろう、と首を傾げながら訊く
と、専務は鞄の中から取り出したらしいビニール
袋を蛍里に渡した。
「僕は少ししてから戻るから、あなたはこれを
持って先に行ってください。『何処へ行っていた
のか』と訊かれたら、僕に頼まれてこれを買いに
行っていたと言えばいい。やましいことは何もな
くても、二人で視察に行っていたとは、あなたも
言いづらいでしょう?」
その言葉に目を丸くしてビニール袋を覗けば、
本が二冊入っている。「十年後、生き残る経営
戦略」というタイトルから察するに、経営者のた
めのハウツー本だろう。
蛍里は目をシパシパしながら、専務を見た。
「これ、あらかじめ用意してあったんですか?」
「まさか。たまたまですよ。今日、あなたを
視察に連れていくと決まっていたわけじゃあり
ませんし」
「ですよね。でも、ありがとうございます。
ずっと、なんて答えようか考えていたので……」
会社に戻る車の中、蛍里は言葉少なにその事
を考えていたのだ。専務の言う通り、何もやましい
ことなどなくても、正直に二人で視察をしていたと
話せば、それに要らない尾ひれ背びれがついて、
社内に噂が広がってしまうかもしれない。そんな
ことになれば、榊専務だって困ってしまうだろう。
「後で、あなたが『買ってきました』と僕に返す
とき、笑ってしまわないように気を付けます。あな
たも、上手くやってください」
くす、と笑いながら専務が言う。
蛍里もその光景を想像して思わず笑みを浮か
べると、じゃあお先に、と言って車から降りた。
そうして、小さな秘密を共有した専務を一度
振り返ると、本を抱きしめ、足早に駐車場を出て
行った。
人目につかないよう気を付けながら更衣室に
戻り、制服に着替え終えると、蛍里はビニール
袋を手に廊下に出た。そろそろ、専務も車を出る
頃かもしれない。
一足先に、仕事に戻らないと……。
そう思いながら蛍里が歩き出した時だった。
背後から「折原さん」と呼ぶ声がして、蛍里は
思わず「ひゃ」と声を上げた。バサリ、と手にして
いた本を足元に落としてしまう。
終わり、午後の勤務が始まっていた。何となく、
お城の舞踏会から帰ってきたシンデレラのような
心地で、蛍里はシートベルトを外す。
駐車場に人影はなく、その事にほっとしながら
専務を向くと、同じく、シートベルトを外した
専務が後部座席を振り返って、何やらガサガサと
探し物を始めた。ふわりと、彼の香りが鼻先まで
届いて、どきりとする。
肩が触れ合うほど、近くにある。
「あの、何か探し物ですか?」
何をしているのだろう、と首を傾げながら訊く
と、専務は鞄の中から取り出したらしいビニール
袋を蛍里に渡した。
「僕は少ししてから戻るから、あなたはこれを
持って先に行ってください。『何処へ行っていた
のか』と訊かれたら、僕に頼まれてこれを買いに
行っていたと言えばいい。やましいことは何もな
くても、二人で視察に行っていたとは、あなたも
言いづらいでしょう?」
その言葉に目を丸くしてビニール袋を覗けば、
本が二冊入っている。「十年後、生き残る経営
戦略」というタイトルから察するに、経営者のた
めのハウツー本だろう。
蛍里は目をシパシパしながら、専務を見た。
「これ、あらかじめ用意してあったんですか?」
「まさか。たまたまですよ。今日、あなたを
視察に連れていくと決まっていたわけじゃあり
ませんし」
「ですよね。でも、ありがとうございます。
ずっと、なんて答えようか考えていたので……」
会社に戻る車の中、蛍里は言葉少なにその事
を考えていたのだ。専務の言う通り、何もやましい
ことなどなくても、正直に二人で視察をしていたと
話せば、それに要らない尾ひれ背びれがついて、
社内に噂が広がってしまうかもしれない。そんな
ことになれば、榊専務だって困ってしまうだろう。
「後で、あなたが『買ってきました』と僕に返す
とき、笑ってしまわないように気を付けます。あな
たも、上手くやってください」
くす、と笑いながら専務が言う。
蛍里もその光景を想像して思わず笑みを浮か
べると、じゃあお先に、と言って車から降りた。
そうして、小さな秘密を共有した専務を一度
振り返ると、本を抱きしめ、足早に駐車場を出て
行った。
人目につかないよう気を付けながら更衣室に
戻り、制服に着替え終えると、蛍里はビニール
袋を手に廊下に出た。そろそろ、専務も車を出る
頃かもしれない。
一足先に、仕事に戻らないと……。
そう思いながら蛍里が歩き出した時だった。
背後から「折原さん」と呼ぶ声がして、蛍里は
思わず「ひゃ」と声を上げた。バサリ、と手にして
いた本を足元に落としてしまう。
