ここまで朝寝坊をしたのは、久しぶりだった。
一昨日の睡眠不足が祟ったのか……。
枕に顔を埋めたまま深い眠りに落ちてしまっ
た蛍里は、目を覚まして部屋の時計を見た瞬間に、
絶望した。
時計の針は、家を出なければならない時刻の約
十分前を指している。いつもなら、三十分かけて
のんびりと朝ごはんを食べ、ゆったりと支度をし
て家を出るのだが……今日ばかりは、通常の十倍
の速さで支度をしなければならなかった。
ああ確か、高校時代にもこんな朝があった、と、
そんなことを思いながら、ざばざばと顔を洗い、
服を着替えて軽く化粧を施す。そうして、奇跡的
にいつもより五分遅れで家を出た蛍里は、これま
た奇跡的にいつもと同じ電車に乗り、無事に会社
に辿り着くことができたのだった。
だから、お腹が空いていること以外は、いつも
と何ら変わりはなかった。
専務室のドアが開いて、蛍里が名を呼ばれた
のは、ちょうど本社や各店舗で使う備品を注文し
終えた時だった。折原さん、と手招きをしながら
榊専務が蛍里を呼んでいる。手には何かの資料
を持っている。
「はい。何でしょう?」
蛍里は席を立つと、榊専務の元へ行った。
「忙しいところ申し訳ないんですけど」
そう前置きをして榊専務が部屋へと招き入れた。
そうして応接セットのテーブルに分厚いファイル
を広げ、そこから、数枚の資料を選んで取り出した。
「今度の販促会議で使う資料を、コピーして揃え
て欲しいんです。少し拡大して見やすくしたもの
を、三十セットお願いできますか?」
「わかりました。試しに一枚拡大したものをお見
せするので、確認してもらっていいですか?」
「もちろん」
にっこりと笑ってそう訊ねた蛍里に榊専務が
頷く。
蛍里は資料を手にすると、専務席の斜め後ろに
ある、コピー機に向かった。ピッ、ピッ、と慣れた
手つきで操作する。専務の指示通り、余白を目一杯
使って、数字を見やすく拡大した。
うん。いい感じ。
蛍里は丁度よく一枚の用紙に拡大コピーされた
資料を手にすると、榊専務を振り返った。
「あの、こちらでどうでしょう」
じっとパソコン画面を見ていた専務が、蛍里を
向く。
「ああ。ちょっと、見せてもらえますか?」
そう言って手を差し伸べている榊専務の側へ
蛍里が近づき、書類を渡した時だった。
ぐう~ぅ……きゅるるぅぅ………。
朝ごはんを食べ損ねた蛍里の腹が、盛大に
鳴った。
「!!!!!!」
「………………」
互いに書類の端と端を持ったままで、固まる。
榊専務の切れ長の双眸が、目一杯見開かれ
ている。蛍里は、一度ならず二度までも彼の前
で醜態をさらしてしまい、恥ずかしさから顔を
真っ赤に染めると、両手で顔を覆った。
そして、頭を下げた。
一昨日の睡眠不足が祟ったのか……。
枕に顔を埋めたまま深い眠りに落ちてしまっ
た蛍里は、目を覚まして部屋の時計を見た瞬間に、
絶望した。
時計の針は、家を出なければならない時刻の約
十分前を指している。いつもなら、三十分かけて
のんびりと朝ごはんを食べ、ゆったりと支度をし
て家を出るのだが……今日ばかりは、通常の十倍
の速さで支度をしなければならなかった。
ああ確か、高校時代にもこんな朝があった、と、
そんなことを思いながら、ざばざばと顔を洗い、
服を着替えて軽く化粧を施す。そうして、奇跡的
にいつもより五分遅れで家を出た蛍里は、これま
た奇跡的にいつもと同じ電車に乗り、無事に会社
に辿り着くことができたのだった。
だから、お腹が空いていること以外は、いつも
と何ら変わりはなかった。
専務室のドアが開いて、蛍里が名を呼ばれた
のは、ちょうど本社や各店舗で使う備品を注文し
終えた時だった。折原さん、と手招きをしながら
榊専務が蛍里を呼んでいる。手には何かの資料
を持っている。
「はい。何でしょう?」
蛍里は席を立つと、榊専務の元へ行った。
「忙しいところ申し訳ないんですけど」
そう前置きをして榊専務が部屋へと招き入れた。
そうして応接セットのテーブルに分厚いファイル
を広げ、そこから、数枚の資料を選んで取り出した。
「今度の販促会議で使う資料を、コピーして揃え
て欲しいんです。少し拡大して見やすくしたもの
を、三十セットお願いできますか?」
「わかりました。試しに一枚拡大したものをお見
せするので、確認してもらっていいですか?」
「もちろん」
にっこりと笑ってそう訊ねた蛍里に榊専務が
頷く。
蛍里は資料を手にすると、専務席の斜め後ろに
ある、コピー機に向かった。ピッ、ピッ、と慣れた
手つきで操作する。専務の指示通り、余白を目一杯
使って、数字を見やすく拡大した。
うん。いい感じ。
蛍里は丁度よく一枚の用紙に拡大コピーされた
資料を手にすると、榊専務を振り返った。
「あの、こちらでどうでしょう」
じっとパソコン画面を見ていた専務が、蛍里を
向く。
「ああ。ちょっと、見せてもらえますか?」
そう言って手を差し伸べている榊専務の側へ
蛍里が近づき、書類を渡した時だった。
ぐう~ぅ……きゅるるぅぅ………。
朝ごはんを食べ損ねた蛍里の腹が、盛大に
鳴った。
「!!!!!!」
「………………」
互いに書類の端と端を持ったままで、固まる。
榊専務の切れ長の双眸が、目一杯見開かれ
ている。蛍里は、一度ならず二度までも彼の前
で醜態をさらしてしまい、恥ずかしさから顔を
真っ赤に染めると、両手で顔を覆った。
そして、頭を下げた。
