蛍里はその横顔を眺めながら、不意に、ある
ことに思い至った。
もしかしたら、“あの本”を自分のデスクに置い
たのは滝田なのではないだろうか?自分が読書
好きだと、滝田は知っているのだ。だから、彼は
自分のお気に入りの本を何げなく蛍里のデスク
に置いたのかもしれない。
だとすると。
そこまで考えて蛍里は、はたと思考を止めた。
もし本当に、あの本が滝田のものだというなら、
同時に、滝田が「詩乃守人」である可能性も考え
なければならない。
けれど、いくら何でも「たまーーに」しか本を
読まないと言っている彼に、あんな繊細な文章が
書けるとは思えなかった。
それでも、聞いてみるだけなら。
確かめてみるだけなら。
蛍里はカフェオレをひと口飲んで喉を潤すと、
思い切って滝田に訊いた。
「ねぇ。滝田くん」
「ん?」
「ちょっと前の話になるんだけどね、私のデスク
に本を一冊、置いたりしなかった?落とし物かとも
思ったんだけど、もしかしたら誰かが私に貸してく
れたのかもしれないと思って、家に置いてあるの」
探るような眼差しでそう訊いた蛍里に、滝田は
ふむ、と一度首を捻ると、あ、と思い出したように
声をあげた。
「それ、俺が置いたかも」
「えっ!?」
予想だにしなかった彼の返答に、蛍里がこれ
以上ないほど目を見開いた、その時だった。
突然、背後から蛍里の横を通り過ぎた自転車
に、思わずよろけてしまった蛍里の躰を、がしり、
と滝田が受け止めた。手にしていたカフェオレが
零れて、地面に染みができる。
「あ…っぶねーな。大丈夫?」
立ち止まったままで遠ざかる自転車を、きっ、
と睨みつけると、滝田が腕の中の蛍里を覗く。
蛍里は近すぎる滝田の眼差しに鼓動を大きく
鳴らしながら、こくりと頷いた。咄嗟に、滝田が
支えてくれたおかげで足を捻らずに済んだ。
だから「ごめんね。ありがとう」と、そう言っ
て蛍里は滝田の腕を離れようと、した。
けれど……。
「滝田くん?あの……」
滝田は蛍里の肩を離そうとはしなかった。
それどころか、ぐい、と肩を抱く腕に力が込め
られて、布越しに滝田の体温が近くなる。
蛍里は、自分の肩を抱いたまま歩き出した滝田
を、覗き見た。
「また、ぶつかるといけないから」
いつもより少し低い声でそう言った滝田は、
蛍里を見てはいなかった。それでも、前を向い
たままで、蛍里の歩幅に合わせて歩いてくれて
いる。
蛍里は、彼の腕の強さに戸惑いながら視界の
先に青く光る地下鉄の看板に目をやった。
駅まではあと数十メートルだ。
ことに思い至った。
もしかしたら、“あの本”を自分のデスクに置い
たのは滝田なのではないだろうか?自分が読書
好きだと、滝田は知っているのだ。だから、彼は
自分のお気に入りの本を何げなく蛍里のデスク
に置いたのかもしれない。
だとすると。
そこまで考えて蛍里は、はたと思考を止めた。
もし本当に、あの本が滝田のものだというなら、
同時に、滝田が「詩乃守人」である可能性も考え
なければならない。
けれど、いくら何でも「たまーーに」しか本を
読まないと言っている彼に、あんな繊細な文章が
書けるとは思えなかった。
それでも、聞いてみるだけなら。
確かめてみるだけなら。
蛍里はカフェオレをひと口飲んで喉を潤すと、
思い切って滝田に訊いた。
「ねぇ。滝田くん」
「ん?」
「ちょっと前の話になるんだけどね、私のデスク
に本を一冊、置いたりしなかった?落とし物かとも
思ったんだけど、もしかしたら誰かが私に貸してく
れたのかもしれないと思って、家に置いてあるの」
探るような眼差しでそう訊いた蛍里に、滝田は
ふむ、と一度首を捻ると、あ、と思い出したように
声をあげた。
「それ、俺が置いたかも」
「えっ!?」
予想だにしなかった彼の返答に、蛍里がこれ
以上ないほど目を見開いた、その時だった。
突然、背後から蛍里の横を通り過ぎた自転車
に、思わずよろけてしまった蛍里の躰を、がしり、
と滝田が受け止めた。手にしていたカフェオレが
零れて、地面に染みができる。
「あ…っぶねーな。大丈夫?」
立ち止まったままで遠ざかる自転車を、きっ、
と睨みつけると、滝田が腕の中の蛍里を覗く。
蛍里は近すぎる滝田の眼差しに鼓動を大きく
鳴らしながら、こくりと頷いた。咄嗟に、滝田が
支えてくれたおかげで足を捻らずに済んだ。
だから「ごめんね。ありがとう」と、そう言っ
て蛍里は滝田の腕を離れようと、した。
けれど……。
「滝田くん?あの……」
滝田は蛍里の肩を離そうとはしなかった。
それどころか、ぐい、と肩を抱く腕に力が込め
られて、布越しに滝田の体温が近くなる。
蛍里は、自分の肩を抱いたまま歩き出した滝田
を、覗き見た。
「また、ぶつかるといけないから」
いつもより少し低い声でそう言った滝田は、
蛍里を見てはいなかった。それでも、前を向い
たままで、蛍里の歩幅に合わせて歩いてくれて
いる。
蛍里は、彼の腕の強さに戸惑いながら視界の
先に青く光る地下鉄の看板に目をやった。
駅まではあと数十メートルだ。
