欠伸を我慢するのは、思いのほか大変だった。
蛍里は大きく開いてしまいそうになる口を手で
隠しながら、何度も欠伸を噛みころしていた。

 昨夜は結局、一睡もできなかった。だから、
頭は重くてぼんやりとしているし、適当に髪に
撫でつけたワックスは、ところどころ束になって
肩までの緩いウェーブヘアを台無しにしている。

 それでも、寝不足を理由に仕事の量を減らす
なんてことは出来ないわけで、蛍里のデスクに
は各店舗の売り上げ伝票や仕入れ伝票が山積み
になっていた。

 すっきりと澄んだ頭ならサクサクと裁いていく
のだが……今日はキーボードを打つ指が何度も
止まってしまう。

 こんな事ではいけない、と眠気覚ましに小さな
タブレットを口に放り込んだ時だった。

 専務室のドアが開いて、蛍里は名を呼ばれた。

 「すみません、折原さん」

 「はい」

 声がしたのと同時に振り返れば、いつもと変わ
らず完璧な容貌をした榊専務が、指を二本立てて
蛍里に向けている。

 「お茶、お願いします」

 小声でそう言った彼に蛍里はにっこりと頷いた。

 つまり、来客数は二名で、榊専務の分もいれる
とお茶は三人分だ。

 蛍里はすぐに席を立って、給湯室に向かった。


 「失礼いたします」

 廊下から専務室のドアをノックすると、蛍里は
コーヒーをのせた盆を手に部屋へ入った。ゆっ
たりとした革張りのソファーに腰掛けた客人が、
二人。彼らから受け取った書類に目を通しながら、
榊一久は品の良い笑みを浮かべている。

 蛍里は応接テーブルの横にあるサイドテーブル
に盆をのせると、手際よく客人の右後ろからお茶
を出した。

 そうして、榊専務にも茶を出し終えると、盆を
手にドアの前で一礼をし、速やかに部屋を出て
行こうとした。

 その時だった。

 「失礼」

 突然話を中断した榊専務が、席を立ち蛍里の
後を追ってきた。部屋のドアから蛍里を押し出す
ような形で、二人とも廊下に出る。蛍里は思いも
寄らぬ彼の行動に、何か不手際があったのだろ
うか?と不安になりながら口を開きかけた。

 その蛍里の耳元に顔を近づけて、榊専務が何
かを囁く。耳に息がかかって躰を硬くした蛍里の
頬は、彼の言葉を理解した瞬間に紅潮した。

 (ファスナーが開いています)

 蛍里は思いきり目を見開くと、瞬時に自身の
スカートに目をやった。そして、絶句する。濃紺
のタイトスカートの隙間から、見事に白いブラウ
スがはみ出している。

 幸い、下着やパンストまでは見えていなかった
が……こんな姿でお客様の前に出てしまったのか
と思うと、恥ずかしくてたまらなかった。