1:多喜田友佑



 5月、偶然街で推しのミーチューバー、「ヒナちゃんねる」ことヒナちゃんに出会った。

 ヒナちゃんは画面越しに見る彼のままで、背の高い女性といった印象でその朗らかな笑顔はまるで向日葵のように愛らしかった。当然、手が触れたときに骨ばった手は男性のものだったが、彼が男性だと感じてもなお僕はトキメキを抑えられなかった。

 推し活として許されないのはわかつている。ても、僕は彼と第2、第4土曜日に喫茶ひだまりで会う約束をした。実際に彼は来てくれて、美味しそうにパンケーキを頬張った。

 嬉しさ9割、でも心配が1割。

 彼のお気に入りのひだまりという喫茶店は、5月はじめに起きた焼死体の事件に関与しているかもしれない。というのも、被害者は休みの日は決まってひだまりで昼食を食べていたというのだ。それがどこまで事件と関わりがあるのかはわからないが、用心するに越したことはない。

 それはそうとして、6月もあと2日したら第2土曜日が来る。僕は週に3回更新されるヒナちゃんの動画を見ながら、彼と再び会えるのを楽しみにしていた。

 「最近嬉しそうだね」

 今週はヒナちゃんに会えると浮かれていると、一緒にお弁当を食べていた曽田力に笑われる。力とは保育所からの幼馴染で今でも一番話をする仲だ。彼もまた僕と同じゲームオタクで、僕らはよくゲームの話で盛り上がっている。

 「力には言いたいなぁ」

 「何を?」

 「実はさ、僕、ヒナちゃんに会ったんだ」

 「え、そうなの!?」

 力がメガネ越しのタレ目を丸くして驚く。僕はその顔を見て少しの優越感を覚えた。

 「よかったね。まさか推しが同じ街にいるなんて思わなかったでしょ」

 「そうなんだよ! サインももらっちゃったし」

 会う約束もしてる、と喉まで言葉が出かかったがグッと飲み込む。喫茶ひだまりに行くことはヒナちゃんと2人だけの秘密だった。さすがにそれを破ってはヒナちゃんに申し訳が立たない。

 力はヒナちゃんのファンではないが、それでも僕がどれだけ彼を推しているのかを理解してくれているので、まるで自分のことのように嬉しそうに笑ってくれる。そんな彼を見て、僕もますますうれしくなっていた。

 「でも、実際会ったらさハッキリ男って感じたんじゃない? そこのところはどうだったの?」

 「あー、うん。男の子だなって思うところもあったんだけどさ、振る舞いとか顔とか、本当に可愛くて。全然嫌じゃなかった」

 「そうなんだ、それは良かった」

 力が何故か自分のことのように胸を撫で下ろす。メガネ越しの目は安心したように細められるが、僕にはその理由がわからない。

 まあきっと、僕の推し活っぷりを知っているから一緒に喜んでくれているのだろう。確かに、男性の女装を好んでいるなんて自分でもはじめは困惑したのたから力だって関心があってもおかしくはない。

 「でもさ、好きな人がどんどん人気になっていくのって少し複雑じゃない? ヒナちゃんねるも10万人でしょ?」

 「そういう人っているよね。僕は全然気にしないけど。むしろヒナちゃんが人気になってくれたら嬉しい。一緒に喜びたい」

 「いいファンだよね、友ちゃんって」

 いや、推しに声をかけ、更には友だちになってほしいなんて言ったんだ。全然いいファンじゃない。

 自分の欲望に負けてしまったことに後悔がないけではない。ヒナちゃんはわりと能天気なところがあるから受け入れてくれたのだろうけど、ハタから見たら不審者だ。ファンと推しの距離は考えないといけない。

 なんて一丁前に反省はしてるけど、結局2日後にはヒナちゃんに会いに行ってしまうのだろう。今はそれが一番の楽しみなのだ。全くどうして僕はこんな駄目なオタクなんだろうか。

 「友ちゃん、どうかした?」

 「え?」

 「ニヤついてるよ」

 「な、何でもない!」

 口元がゆるんでいたことを力に指摘され、僕は誤魔化すように愛想笑いを浮かべながらお弁当の中の冷凍ハンバーグに手をつける。お母さんは働きながらいつも僕にお弁当を用意してくれて、おかずの半分は前日の夜ご飯のあまり、もう半分は冷凍食品のことが多い。当然僕は用意してもらえるだけで嬉しいので、茶色ばかりのこのお弁当も大好きだ。

 僕かお弁当を食べ始めたのを見て、力もお弁当に箸をつける。力も基本的には毎日お母さんが作ったお弁当を持ってきている。

 ご飯を進めながら、僕はやっぱりヒナちゃんのことを考える。彼女は時々ご飯を作る動画とかも撮っていた。絵は下手だけど料理は手際がよくとてもおいしそうなものを作る。

 あの料理をいつか振る舞ってもらえたらなぁ……なんて妄想をするけど、そんなのは夢物語だ。

 いや、どうなんだろう。つい一ヶ月前までは画面越しの存在で、本当にヒナちゃんがこの世にいるのかも実感がなかったけど今は違う。同じ空間で、同じものを食べた。彼はこの世界にきちんと存在していたのだ。

 それがわかってしまったから、料理を作ってもらうのもあながち全くあり得ないとは言えないだろう。でも、そうなってしまえば、僕と彼の関係は推しと推される人の関係ではなくなってしまうのではないだろうか。僕はそれでいいのだろうか。

 「友ちゃん、卵焼きを睨んでどうしたの?」

 「え、あ……なんでもない」

 一人でに妄想を膨らませていると、力が不振そうに僕の顔を覗く。僕は慌てて手をブンブンと振って何もないことを伝えた。

 それから力がいつものようにゲームの話をする。僕はそれに相槌を打ちながら、頭の中はヒナちゃんでいっぱいになっていた。