6:都筑勝浬
父さんが自首をして一週間後、俺は勾留された父さんと面会をした。
たったの一週間で父さんは少し小さくなった。ゲッソリとした頬は、何だか鬱だった頃の父さんに戻ったようで怖かった。
「あのさァ、」
「勝浬くん」
いつも『ヒナちゃん』と呼ぶのに、俺の名前を呼ぶのがおかしかった。思わず首を傾げると、父さんは情けなく涙を流した。
「今までごめん……本当に、ごめん……」
「いや、別に俺、謝ってほしいわけじゃねぇっていうか……それより、」
「もう『ヒナちゃん』だなんて呼ばないよ」
震える声で父さんが言う。当たり前なのに、当たり前じゃないその言葉に、言葉が詰まる。
「父さんにとって、一番特別なのは勝浬くんだ……だから、勝浬くん。ごめん」
「……」
「父さんのことは忘れて、幸せになってね……家事はしっかりしてるから心配してないけど……ああ、お金は少し節約するだよ……それから伯父さんを頼ってみて。きっと助けになってくれるはずだから……それから、」
「俺のこと、恨んでねぇの?」
何故そこにいるのか。
父さんの気持ちを考えられないほど馬鹿でもない。
それでも、本人にしっかり確認したかった。父さんの言葉を聞きたかった。
妻は蔑ろにして見殺しにした。娘は育てることもしなかった。不倫女は俺を理由に会うのをやめた。
俺は本当に特別か? 家に帰って飯を作るただの機械じゃねぇんか? 欲求不満を満たすために女の格好をさせるための存在じゃねぇんか?
父さんは驚くほど泣いていた。正直、引いてしまうほどだ。父さんは机にゴンと勢い良く頭突きをする。それが深々と頭を下げているというのに気づくのに時間がかかった。
「勝浬くんを恨むわけない! 君が、僕の全てだ……大事な、たった一人の息子だよ……だから、ごめん、ごめんねぇ……」
許してほしいんか。
そんなに謝って、許してほしくて仕方ねぇんか。
親ながら仕方ねぇ奴だなと思う。
許せるか?
俺を産む前から母さんを騙して、捨てた男だぞ? 朱梨が死んだとき日奈に夢中で朱梨のことを一切気にしなかったんだぞ? 俺が追い出すまで日奈と見せびらかすようにセックスしてた奴だぞ? 俺を……日奈の代わりにした奴だぞ?
……。
「いいよ」
許せるわけがない。
でも、お前がたった一人の父親だから、たった一人の家族だから、たった一人の特別になってしまったから、俺は優しくしてやるんだ。
父さんがガバッと勢い良く顔を上げる。涙と鼻水でぐじゃぐじゃになった顔で俺を見て魚のように口をパクパクさせた。
「いいよ」
噛み締めるように、俺は言葉を口にした。目頭が熱くなる。バクバクと爆速で心臓が鳴って痛かった。
「今までありがとう、父さん」
嘘だ。そんなこと思っちゃいねぇ。
悪いことをした奴が反省したからって、悪い奴だった事実は変わらねぇんだ。
お前が思ってるより、俺は痛かったんだ。母さんといたかった。朱梨といたかった。頭が痛かった。胸が痛かった。
でも、ここで許さなかったらもう俺の家族では居られねぇんだろ?
なら、許すしかねぇじゃねぇーか。どの道、俺には他に行く当てがねぇんだ。
父さんは尻尾を振るように笑った。その顔を見ると『ヒナ』に腰を振っている奴の汚い顔が思い浮かんで、吐きそうになる。
胃が動くのを感じて、俺は勢い良く席を立った。「勝浬くん」だなんて今更呼ばれたが、もう顔も見たくなくて俺はさっさと面会を終えた。
「おえっ、げぇえええ、おえええええ」
トイレまで急いで駆け込み、こみ上げてきたものをぶち撒ける。グロテスクな光景が広がると更に吐き気がして、悪寒が収まらなかった。
「都筑さん、大丈夫ですか?」
面会での俺を見て心配していたのか、面会の時にいた警察官が駆け寄ってきた。ドアを閉める余裕がなかったから、無様に吐いているところを見つかってしまう。
優しく背中をさすられて、俺はいよいよ泣き出してしまった。父さんと話しているときは我慢できたのに、吐いているところを見られた恥ずかしさと自宅以外のトイレを汚してしまった申し訳なさに、ポタポタと大粒の涙が溢れた。
でも、これももう終わりなんだ。
後もう少しで、俺は最高の動画を撮れる。それさえ終われば他のことなんてどうでもいいんだ。
なぁ、そうだろ、朱梨。
そしたらもう痛くねぇんだよな。痛いのなんて飛んでいくんだよな。
警察はもう、父さんを捕まえて自供を認めて共犯を探すのをやめた。
友佑は薄っすら気付いているが、何もできやしない。
力は俺に害のあることをしない。
なら、もう大丈夫だろう。
『こんにちはー! ヒナちゃんねる。いよいよ最後を迎えましたー。あっという間に1年が経ち、色んな人に見てもらえるチャンネルになってとても嬉しいです! これから、最後の企画として本当の私を公開したいと思います! みんな、最後まで見ていってねー!』
最後まで俺を応援してる滑稽な奴らへ。
さあ、突きつけてみろ。
大好きな『ヒナちゃん』の正体を。
父さんが自首をして一週間後、俺は勾留された父さんと面会をした。
たったの一週間で父さんは少し小さくなった。ゲッソリとした頬は、何だか鬱だった頃の父さんに戻ったようで怖かった。
「あのさァ、」
「勝浬くん」
いつも『ヒナちゃん』と呼ぶのに、俺の名前を呼ぶのがおかしかった。思わず首を傾げると、父さんは情けなく涙を流した。
「今までごめん……本当に、ごめん……」
「いや、別に俺、謝ってほしいわけじゃねぇっていうか……それより、」
「もう『ヒナちゃん』だなんて呼ばないよ」
震える声で父さんが言う。当たり前なのに、当たり前じゃないその言葉に、言葉が詰まる。
「父さんにとって、一番特別なのは勝浬くんだ……だから、勝浬くん。ごめん」
「……」
「父さんのことは忘れて、幸せになってね……家事はしっかりしてるから心配してないけど……ああ、お金は少し節約するだよ……それから伯父さんを頼ってみて。きっと助けになってくれるはずだから……それから、」
「俺のこと、恨んでねぇの?」
何故そこにいるのか。
父さんの気持ちを考えられないほど馬鹿でもない。
それでも、本人にしっかり確認したかった。父さんの言葉を聞きたかった。
妻は蔑ろにして見殺しにした。娘は育てることもしなかった。不倫女は俺を理由に会うのをやめた。
俺は本当に特別か? 家に帰って飯を作るただの機械じゃねぇんか? 欲求不満を満たすために女の格好をさせるための存在じゃねぇんか?
父さんは驚くほど泣いていた。正直、引いてしまうほどだ。父さんは机にゴンと勢い良く頭突きをする。それが深々と頭を下げているというのに気づくのに時間がかかった。
「勝浬くんを恨むわけない! 君が、僕の全てだ……大事な、たった一人の息子だよ……だから、ごめん、ごめんねぇ……」
許してほしいんか。
そんなに謝って、許してほしくて仕方ねぇんか。
親ながら仕方ねぇ奴だなと思う。
許せるか?
俺を産む前から母さんを騙して、捨てた男だぞ? 朱梨が死んだとき日奈に夢中で朱梨のことを一切気にしなかったんだぞ? 俺が追い出すまで日奈と見せびらかすようにセックスしてた奴だぞ? 俺を……日奈の代わりにした奴だぞ?
……。
「いいよ」
許せるわけがない。
でも、お前がたった一人の父親だから、たった一人の家族だから、たった一人の特別になってしまったから、俺は優しくしてやるんだ。
父さんがガバッと勢い良く顔を上げる。涙と鼻水でぐじゃぐじゃになった顔で俺を見て魚のように口をパクパクさせた。
「いいよ」
噛み締めるように、俺は言葉を口にした。目頭が熱くなる。バクバクと爆速で心臓が鳴って痛かった。
「今までありがとう、父さん」
嘘だ。そんなこと思っちゃいねぇ。
悪いことをした奴が反省したからって、悪い奴だった事実は変わらねぇんだ。
お前が思ってるより、俺は痛かったんだ。母さんといたかった。朱梨といたかった。頭が痛かった。胸が痛かった。
でも、ここで許さなかったらもう俺の家族では居られねぇんだろ?
なら、許すしかねぇじゃねぇーか。どの道、俺には他に行く当てがねぇんだ。
父さんは尻尾を振るように笑った。その顔を見ると『ヒナ』に腰を振っている奴の汚い顔が思い浮かんで、吐きそうになる。
胃が動くのを感じて、俺は勢い良く席を立った。「勝浬くん」だなんて今更呼ばれたが、もう顔も見たくなくて俺はさっさと面会を終えた。
「おえっ、げぇえええ、おえええええ」
トイレまで急いで駆け込み、こみ上げてきたものをぶち撒ける。グロテスクな光景が広がると更に吐き気がして、悪寒が収まらなかった。
「都筑さん、大丈夫ですか?」
面会での俺を見て心配していたのか、面会の時にいた警察官が駆け寄ってきた。ドアを閉める余裕がなかったから、無様に吐いているところを見つかってしまう。
優しく背中をさすられて、俺はいよいよ泣き出してしまった。父さんと話しているときは我慢できたのに、吐いているところを見られた恥ずかしさと自宅以外のトイレを汚してしまった申し訳なさに、ポタポタと大粒の涙が溢れた。
でも、これももう終わりなんだ。
後もう少しで、俺は最高の動画を撮れる。それさえ終われば他のことなんてどうでもいいんだ。
なぁ、そうだろ、朱梨。
そしたらもう痛くねぇんだよな。痛いのなんて飛んでいくんだよな。
警察はもう、父さんを捕まえて自供を認めて共犯を探すのをやめた。
友佑は薄っすら気付いているが、何もできやしない。
力は俺に害のあることをしない。
なら、もう大丈夫だろう。
『こんにちはー! ヒナちゃんねる。いよいよ最後を迎えましたー。あっという間に1年が経ち、色んな人に見てもらえるチャンネルになってとても嬉しいです! これから、最後の企画として本当の私を公開したいと思います! みんな、最後まで見ていってねー!』
最後まで俺を応援してる滑稽な奴らへ。
さあ、突きつけてみろ。
大好きな『ヒナちゃん』の正体を。
