2:多喜田友佑
家に帰ると案の定叔父さんが自分の家の如くソファで寛いでいた。普段はしっかり七三に分けられた髪の毛もクシャクシャになっていて、完全にラフな格好だ。
僕は床に腰を下ろして「あの事件のことだけどさ」と声を掛ける。すると叔父さんはハァと露骨に大きなため息を吐いた。
「もう解決したんだって。まだ気になるのか?」
「だって……真犯人じゃなかったら犯人が野放しってことでしょ?」
「自首をしてきたんだ。犯人で決まりだ」
叔父さんは一段落ついた事件を掘り返されるのが面白くないのか欠伸をする。僕はそれでも引き下がれなくて何故かあの日の勝ちゃんのように床で正座をしながら叔父さんに問いかける。
「ずっと連絡を取ってなかった不倫相手の為に人殺しなんてするのかな?」
「その不倫相手の宮古日奈のためもあっただろうが、娘の朱梨のために殺したんだと言っているんだ」
「自分には息子が残っているのに?」
「その息子も朱梨のことを慕っていたらしい。家族全員朱梨をそれだけ大事に思っていた。そしてそんな朱梨を踏みにじったのが被害者の市田と嶋田、それから望木くんだったか」
市田と嶋田は朱梨ちゃんの生前に性的な暴行を行ったらしい。それから望木くんはいじめをしていたらしいのだ。
だから殺した?
「何で今なんだろう」
「だからそれは日奈から連絡が来たからだって」
「日奈さんはどうして今更連絡を?」
「そりゃあ、お前も好きなアレを見たんだと……『ヒナちゃんねる。』だったか?」
宮古日奈は『ヒナちゃんねる。』ができて約1年で自分によく似たチャンネルを見つけたということか。確かに自分に似たチャンネルがあれば気になって知り合いに連絡はするかもしれない。それが都筑和正だったということか。
「勝ちゃ……息子……都筑勝浬には話聞いたの? 一応、そのきっかけになった『ヒナちゃんねる。』の当事者なんだけど」
「もちろん聞いたさ。その『ヒナちゃんねる。』は父親に言われてやり始めたってな。で、一応アリバイも聞いた。市田と望木の事件のあった深夜は家で寝てたって言うからアリバイはなかったが、嶋田のときは喫茶ひだまりに行っていたらしい」
「あれ? バイトの時間に犯行に及んだって……ニュースで」
「父親が勘違いしてたんだと。実際はバイトはなくて『ヒナ』の女装をしてひだまりに行っていたらしい。確かに監視カメラには女装した勝浬らしき人物は映っていた」
つまり、それは都筑勝浬なのかわからないということではないか?
さっき喫茶ひだまりで会った知らない『誰か』。あの人が仮にその時間に喫茶ひだまりに来ていたのなら、『ヒナちゃん』の姿をしていたのが勝ちゃんとは限らない。
……そうだ、さっきひだまりで僕から逃げた人は勝ちゃんではない。勝ちゃんなら逃げずに話しかけてくるはずだ。それができなかったのは……勝ちゃんではないことがバレてしまうからではないか?
勝ちゃんの演じる『ヒナちゃん』に焦がれた『誰か』なのか、それともあの人が正真正銘本物の『宮古日奈』だったのか。おそらく答えは前者だろう。日奈さんだった場合、当然僕の顔なんか知らないはずだからそもそも逃げる意味がないのだ。
わざわざ逃げたということは、顔見知りだ。『ヒナちゃん』を知っていて……『僕がヒナちゃんのファン』だと知っている誰かだということだろう。
背丈は170センチ前後だろうか。この背丈だが、誠に遺憾なことに今まで関わった人物の殆どが170センチ前後だった。たとえば、ヒナちゃんに顔立ちが似ているクラスメイトの加山さんなんかは150センチ台だと思われるから除外されるのだけど、事件に関連する東保育所の卒園生である力も勝ちゃんも、望木くんも藤地くんも殆ど背丈が同じである。女性ではあるけど白鳥さんも背丈がほぼ同じなのだ。なので背丈は全く参考にはならないのである。
望木くんは病院にいるから除外されるとして、藤地くんか白鳥さんなら『ヒナちゃんねる。』のファンだし変装をしても納得はできる。動機は全くわからないけど、『ヒナちゃん』を装っているのを僕にバレたくなくて逃げたというのなら頷ける。
そして、この話だと困ることがある。
もし、藤地くんや白鳥さんがさっき逃げた『ヒナちゃん』だったとして、それが日常的に行われていることなら、『ヒナちゃん』の姿をしていたと証言する勝ちゃんのアリバイは意味がなくなるのだ。
「叔父さんは、勝ちゃんのお父さんの自白で納得したの?」
「俺が納得するかどうかじゃない。都筑の証言で怪しいところは殆どない。自首もしている。殆ど犯人で間違いないだろう」
「殆どって、何?」
「……はぁ」
叔父さんは溜息を吐くとタバコを吸う。フゥと吐き出された白い煙は吸っていない僕の肺まで白くさせるようで思わず噎せ返った。
「友ちゃんの言う通りだよ。動機が弱い。連続殺人をするにしてはそこまで宮古日奈や朱梨に固執していたとは思えない。日奈とは確かにパソコンでやり取りをしていたが、日奈の『やり直そう』って言葉に『もう一緒にはいれない』ってこたえてるんだ」
「え?」
日奈からの連絡がキッカケで罪を犯すからそう答えたと言うのだろうか。でも叔父さんの眉間のシワが深くなるのを見るとどうやらそういうことではないらしい。
「『息子が誰よりも大切だから、息子の人生を狂わせたくない』って答えてるんだ」
「……嘘も方便ってやつかも。日奈さんを巻き込みたくなかったとか」
「日奈からは何度も会いたいって連絡が来ているが全部勝浬を理由に断ってるんだ」
あまりにも腑に落ちない動機に、叔父さんも同じ気持ちなようで渋い顔をしている。「オマケにな」と情報というか愚痴を言うように叔父さんは饒舌になった。
「日奈との連絡は『ヒナちゃんねる。』のアカウントでやってるんだ。都筑が管理していたって言うが、勝浬にだってできなくはない」
「それって……」
「勝浬が日奈と連絡を取っていた可能性もある。当然、勝浬からしたら父親の不倫相手が連絡を寄越して来たとなれば面白くないんだからな。ただ、勝浬にとって朱梨は姉弟とはいえ、保育所が同じだっただけの友だち感覚だろう。彼が真犯人だとしても動機としては弱い」
「……でも『ヒナちゃんねる。』をわざわざ配信してるの変だよ。不倫相手の顔だよ?」
「それが……都筑の趣味らしい。都筑が息子にやったらいいって言ったんだ。可愛い我が子を世間に見せしめたかったんだと」
「……」
可愛い息子。本当にそうなの?
その顔は不倫相手の顔だろ。本当に『勝浬』を可愛い我が子だと思ってそんなことを言っているの?
聞けば聞くほど、都筑家の歪な関係に辟易した。不倫相手の顔をさせる父親と、その期待に応じる息子だなんて何てひどい話なのだろう。
だが、それだけではなくて話を聞いているとどうも都筑和正が殺人を犯した理由がしっくりこないのだ。都筑和正からしたら今の生活に不満なんてなかったのではないだろうか。それとも、宮古日奈が会いにでも来て話をしたとでも言うのだろうか。
「息子が大事だから」は、都筑和正の言葉なのだろうか。それとも、勝ちゃんの虚しい自演なのだろうか。
「動機以外変なところないから犯人は決定ってこと?」
「……不自然ではある。だが、間違いはない」
「どういうこと?」
「証言に間違いはない。市田を車に拉致したっていうのも本当で都筑の車から市田の毛髪が発見された。自宅の風呂場にも僅かに嶋田の痕跡が残っていた。望木の事件で使われたチェンソーも都筑の証言通りの車庫から発見されてる」
「じゃあ、決まりじゃん」
「ああ。家に痕跡があっても同居人は全く気付かなかったのはおかしいけどな。動画を少し見たが家事は勝浬がやっていたんだろう? 普段家事をしていない親が突然冷凍庫を開けるなと言って素直に従ったっていうんだ。オマケに昼間に死体を解体した浴室にも全く気付かないと来た。そもそも望木の腕を切断して食ったっていうんだ。普段料理をしない父親が肉だけ調理して何も感じなかったなんて人としては不自然だ」
それは僕も持っていた違和感だった。
勝ちゃんは父親の犯行に一切気付いていなかったと言うのだ。犯行現場になった我が家の異変も、父親の不自然な挙動も気にしていなかったということになる。そんなのは完璧な都筑勝浬としてはおかしい。
「叔父さんは勝ちゃんが怪しいって思うの?」
「いや。家宅捜索するときに話は聞いたが、特段おかしい言動はなかったな。父親が犯人だってわかって落ち着かない雰囲気はあったが、その程度だ。冷凍庫の件とかも『久しぶりに父さんが料理を手伝ってくれて嬉しいって思った』ってお利口さんな回答だ。人肉を食わされたのも『全くわからなかった』ってな。嘘ついてる感じはなかったな」
「勝ちゃんだからわからないけどね」
「は?」
「『ヒナちゃんねる。』見たならわかるでしょ。演技がうまいんだ、勝ちゃんは」
つまり、彼の証言など僕からしたら当てにならないということだ。
むしろ、最悪なことに話を聞けば聞くほど勝ちゃんが怪しいのではと思ってしまう。実はお父さんと共犯だったと言われても不思議ではない。
気付かない方がおかしい。僕は都筑勝浬の才能をよく知っている。それに、父親の挙動不審な言動を能天気に納得できるような器ではない。
知っていて嘘をついているという方が納得できる。
勝ちゃんは犯人をわかっていて、黙っていたのではないだろうか。
「ちなみに日奈さんには話し聞けたの?」
「残念ながら宮古日奈は見つからない。家にも帰ってないみたいだ」
「それって、大丈夫なのかな」
「本来なら日奈からも話を聞きたいもんだったけどな。なにせ市田と嶋田とトラブルを抱えていたんだ。日奈の方がよっぽど動機がありそうだ」
トラブル?
はじめての情報に首を傾げる。叔父さんはそんな僕を見て話しすぎたなと頭をかいた。
「そこで話やめないよね?」
「はいはい、話すって……。朱梨に性的暴行をしていた写真を巡って市田と嶋田から金をゆすられていたみたいだ。ばら撒かれたくなかったら金を出せってな。そのことを『ヒナちゃんねる。』に相談していたみたいだ。で、その相談込みで都筑に会いたいって連絡をしていたが断られていたってことだ」
日奈さんは市田と嶋田に朱梨ちゃんのことで脅されていた。
亡くなったとはいえ大事な娘だ。そんな娘の痛々しい写真なんてばら撒かれたくないに決まっている。警察に相談したらいいのに、そこまで考えが至らなかったのか日奈さんは都筑和正が関わっていると思われる『ヒナちゃんねる。』に相談したというこだ。
「それを聞いて勝ちゃんのお父さんが市田先生たちを殺したってことなら動機はあるんじゃないの?」
さっきまでの話だと確かに都筑和正には殺人の動機がないと思ったが、日奈さんを助けたいと思って行った可能性はなくはないと思う。でも、叔父さんはそれには納得できなさそうである。
「あの男はそこまで娘を想ってないと思うぞ」
「何で?」
「息子の話になると饒舌になるんだ。時々『ヒナちゃん』なんて呼ぶ。他の話のときはパッとしない。朱梨の話は大して関心がないんだ。わかりやすい男だ。息子が特別大事なのはよくわかる。しかも残念ながら健全な親子ではない。歪んだ愛情だ。そして、日奈の話になると途端に歯切れが悪くなる」
そりゃあ、不倫相手の顔をさせて名前も間違えるくらいなら『勝浬』への想いよりも『ヒナちゃん』への想いが強いのだろう。そして、それだけ宮古日奈せの想いも強いのだろう。
……勝ちゃん、自演で「息子が大事」なんて日奈さんに送ったんじゃないか?
叔父さんは何故か納得しかねているが、僕は都筑和正が宮古日奈のために犯行に及んだのだと感じた。それだけ和正にとって日奈は大きい存在だろう。朱梨ちゃんのためではなく、あくまで日奈のためだったのだ。そして、それを知っていて勝ちゃんは黙っていた。
……いや、勝ちゃんが黙っていることの方が不自然だ。
父親にも、宮古日奈にも恨みがあるはずだ。父親が捕まって「ザマァミロ」なんて言っていたが本心だと思う。
なら、何故通報しなかった?
頭が混乱してきて、僕は頭を抱えることになった。「終わったことだ。そんなに悩むなよ」と叔父さんが頭上から言っているが知ったことではない。
まだ何かあるってことだろ……勝ちゃん。
家に帰ると案の定叔父さんが自分の家の如くソファで寛いでいた。普段はしっかり七三に分けられた髪の毛もクシャクシャになっていて、完全にラフな格好だ。
僕は床に腰を下ろして「あの事件のことだけどさ」と声を掛ける。すると叔父さんはハァと露骨に大きなため息を吐いた。
「もう解決したんだって。まだ気になるのか?」
「だって……真犯人じゃなかったら犯人が野放しってことでしょ?」
「自首をしてきたんだ。犯人で決まりだ」
叔父さんは一段落ついた事件を掘り返されるのが面白くないのか欠伸をする。僕はそれでも引き下がれなくて何故かあの日の勝ちゃんのように床で正座をしながら叔父さんに問いかける。
「ずっと連絡を取ってなかった不倫相手の為に人殺しなんてするのかな?」
「その不倫相手の宮古日奈のためもあっただろうが、娘の朱梨のために殺したんだと言っているんだ」
「自分には息子が残っているのに?」
「その息子も朱梨のことを慕っていたらしい。家族全員朱梨をそれだけ大事に思っていた。そしてそんな朱梨を踏みにじったのが被害者の市田と嶋田、それから望木くんだったか」
市田と嶋田は朱梨ちゃんの生前に性的な暴行を行ったらしい。それから望木くんはいじめをしていたらしいのだ。
だから殺した?
「何で今なんだろう」
「だからそれは日奈から連絡が来たからだって」
「日奈さんはどうして今更連絡を?」
「そりゃあ、お前も好きなアレを見たんだと……『ヒナちゃんねる。』だったか?」
宮古日奈は『ヒナちゃんねる。』ができて約1年で自分によく似たチャンネルを見つけたということか。確かに自分に似たチャンネルがあれば気になって知り合いに連絡はするかもしれない。それが都筑和正だったということか。
「勝ちゃ……息子……都筑勝浬には話聞いたの? 一応、そのきっかけになった『ヒナちゃんねる。』の当事者なんだけど」
「もちろん聞いたさ。その『ヒナちゃんねる。』は父親に言われてやり始めたってな。で、一応アリバイも聞いた。市田と望木の事件のあった深夜は家で寝てたって言うからアリバイはなかったが、嶋田のときは喫茶ひだまりに行っていたらしい」
「あれ? バイトの時間に犯行に及んだって……ニュースで」
「父親が勘違いしてたんだと。実際はバイトはなくて『ヒナ』の女装をしてひだまりに行っていたらしい。確かに監視カメラには女装した勝浬らしき人物は映っていた」
つまり、それは都筑勝浬なのかわからないということではないか?
さっき喫茶ひだまりで会った知らない『誰か』。あの人が仮にその時間に喫茶ひだまりに来ていたのなら、『ヒナちゃん』の姿をしていたのが勝ちゃんとは限らない。
……そうだ、さっきひだまりで僕から逃げた人は勝ちゃんではない。勝ちゃんなら逃げずに話しかけてくるはずだ。それができなかったのは……勝ちゃんではないことがバレてしまうからではないか?
勝ちゃんの演じる『ヒナちゃん』に焦がれた『誰か』なのか、それともあの人が正真正銘本物の『宮古日奈』だったのか。おそらく答えは前者だろう。日奈さんだった場合、当然僕の顔なんか知らないはずだからそもそも逃げる意味がないのだ。
わざわざ逃げたということは、顔見知りだ。『ヒナちゃん』を知っていて……『僕がヒナちゃんのファン』だと知っている誰かだということだろう。
背丈は170センチ前後だろうか。この背丈だが、誠に遺憾なことに今まで関わった人物の殆どが170センチ前後だった。たとえば、ヒナちゃんに顔立ちが似ているクラスメイトの加山さんなんかは150センチ台だと思われるから除外されるのだけど、事件に関連する東保育所の卒園生である力も勝ちゃんも、望木くんも藤地くんも殆ど背丈が同じである。女性ではあるけど白鳥さんも背丈がほぼ同じなのだ。なので背丈は全く参考にはならないのである。
望木くんは病院にいるから除外されるとして、藤地くんか白鳥さんなら『ヒナちゃんねる。』のファンだし変装をしても納得はできる。動機は全くわからないけど、『ヒナちゃん』を装っているのを僕にバレたくなくて逃げたというのなら頷ける。
そして、この話だと困ることがある。
もし、藤地くんや白鳥さんがさっき逃げた『ヒナちゃん』だったとして、それが日常的に行われていることなら、『ヒナちゃん』の姿をしていたと証言する勝ちゃんのアリバイは意味がなくなるのだ。
「叔父さんは、勝ちゃんのお父さんの自白で納得したの?」
「俺が納得するかどうかじゃない。都筑の証言で怪しいところは殆どない。自首もしている。殆ど犯人で間違いないだろう」
「殆どって、何?」
「……はぁ」
叔父さんは溜息を吐くとタバコを吸う。フゥと吐き出された白い煙は吸っていない僕の肺まで白くさせるようで思わず噎せ返った。
「友ちゃんの言う通りだよ。動機が弱い。連続殺人をするにしてはそこまで宮古日奈や朱梨に固執していたとは思えない。日奈とは確かにパソコンでやり取りをしていたが、日奈の『やり直そう』って言葉に『もう一緒にはいれない』ってこたえてるんだ」
「え?」
日奈からの連絡がキッカケで罪を犯すからそう答えたと言うのだろうか。でも叔父さんの眉間のシワが深くなるのを見るとどうやらそういうことではないらしい。
「『息子が誰よりも大切だから、息子の人生を狂わせたくない』って答えてるんだ」
「……嘘も方便ってやつかも。日奈さんを巻き込みたくなかったとか」
「日奈からは何度も会いたいって連絡が来ているが全部勝浬を理由に断ってるんだ」
あまりにも腑に落ちない動機に、叔父さんも同じ気持ちなようで渋い顔をしている。「オマケにな」と情報というか愚痴を言うように叔父さんは饒舌になった。
「日奈との連絡は『ヒナちゃんねる。』のアカウントでやってるんだ。都筑が管理していたって言うが、勝浬にだってできなくはない」
「それって……」
「勝浬が日奈と連絡を取っていた可能性もある。当然、勝浬からしたら父親の不倫相手が連絡を寄越して来たとなれば面白くないんだからな。ただ、勝浬にとって朱梨は姉弟とはいえ、保育所が同じだっただけの友だち感覚だろう。彼が真犯人だとしても動機としては弱い」
「……でも『ヒナちゃんねる。』をわざわざ配信してるの変だよ。不倫相手の顔だよ?」
「それが……都筑の趣味らしい。都筑が息子にやったらいいって言ったんだ。可愛い我が子を世間に見せしめたかったんだと」
「……」
可愛い息子。本当にそうなの?
その顔は不倫相手の顔だろ。本当に『勝浬』を可愛い我が子だと思ってそんなことを言っているの?
聞けば聞くほど、都筑家の歪な関係に辟易した。不倫相手の顔をさせる父親と、その期待に応じる息子だなんて何てひどい話なのだろう。
だが、それだけではなくて話を聞いているとどうも都筑和正が殺人を犯した理由がしっくりこないのだ。都筑和正からしたら今の生活に不満なんてなかったのではないだろうか。それとも、宮古日奈が会いにでも来て話をしたとでも言うのだろうか。
「息子が大事だから」は、都筑和正の言葉なのだろうか。それとも、勝ちゃんの虚しい自演なのだろうか。
「動機以外変なところないから犯人は決定ってこと?」
「……不自然ではある。だが、間違いはない」
「どういうこと?」
「証言に間違いはない。市田を車に拉致したっていうのも本当で都筑の車から市田の毛髪が発見された。自宅の風呂場にも僅かに嶋田の痕跡が残っていた。望木の事件で使われたチェンソーも都筑の証言通りの車庫から発見されてる」
「じゃあ、決まりじゃん」
「ああ。家に痕跡があっても同居人は全く気付かなかったのはおかしいけどな。動画を少し見たが家事は勝浬がやっていたんだろう? 普段家事をしていない親が突然冷凍庫を開けるなと言って素直に従ったっていうんだ。オマケに昼間に死体を解体した浴室にも全く気付かないと来た。そもそも望木の腕を切断して食ったっていうんだ。普段料理をしない父親が肉だけ調理して何も感じなかったなんて人としては不自然だ」
それは僕も持っていた違和感だった。
勝ちゃんは父親の犯行に一切気付いていなかったと言うのだ。犯行現場になった我が家の異変も、父親の不自然な挙動も気にしていなかったということになる。そんなのは完璧な都筑勝浬としてはおかしい。
「叔父さんは勝ちゃんが怪しいって思うの?」
「いや。家宅捜索するときに話は聞いたが、特段おかしい言動はなかったな。父親が犯人だってわかって落ち着かない雰囲気はあったが、その程度だ。冷凍庫の件とかも『久しぶりに父さんが料理を手伝ってくれて嬉しいって思った』ってお利口さんな回答だ。人肉を食わされたのも『全くわからなかった』ってな。嘘ついてる感じはなかったな」
「勝ちゃんだからわからないけどね」
「は?」
「『ヒナちゃんねる。』見たならわかるでしょ。演技がうまいんだ、勝ちゃんは」
つまり、彼の証言など僕からしたら当てにならないということだ。
むしろ、最悪なことに話を聞けば聞くほど勝ちゃんが怪しいのではと思ってしまう。実はお父さんと共犯だったと言われても不思議ではない。
気付かない方がおかしい。僕は都筑勝浬の才能をよく知っている。それに、父親の挙動不審な言動を能天気に納得できるような器ではない。
知っていて嘘をついているという方が納得できる。
勝ちゃんは犯人をわかっていて、黙っていたのではないだろうか。
「ちなみに日奈さんには話し聞けたの?」
「残念ながら宮古日奈は見つからない。家にも帰ってないみたいだ」
「それって、大丈夫なのかな」
「本来なら日奈からも話を聞きたいもんだったけどな。なにせ市田と嶋田とトラブルを抱えていたんだ。日奈の方がよっぽど動機がありそうだ」
トラブル?
はじめての情報に首を傾げる。叔父さんはそんな僕を見て話しすぎたなと頭をかいた。
「そこで話やめないよね?」
「はいはい、話すって……。朱梨に性的暴行をしていた写真を巡って市田と嶋田から金をゆすられていたみたいだ。ばら撒かれたくなかったら金を出せってな。そのことを『ヒナちゃんねる。』に相談していたみたいだ。で、その相談込みで都筑に会いたいって連絡をしていたが断られていたってことだ」
日奈さんは市田と嶋田に朱梨ちゃんのことで脅されていた。
亡くなったとはいえ大事な娘だ。そんな娘の痛々しい写真なんてばら撒かれたくないに決まっている。警察に相談したらいいのに、そこまで考えが至らなかったのか日奈さんは都筑和正が関わっていると思われる『ヒナちゃんねる。』に相談したというこだ。
「それを聞いて勝ちゃんのお父さんが市田先生たちを殺したってことなら動機はあるんじゃないの?」
さっきまでの話だと確かに都筑和正には殺人の動機がないと思ったが、日奈さんを助けたいと思って行った可能性はなくはないと思う。でも、叔父さんはそれには納得できなさそうである。
「あの男はそこまで娘を想ってないと思うぞ」
「何で?」
「息子の話になると饒舌になるんだ。時々『ヒナちゃん』なんて呼ぶ。他の話のときはパッとしない。朱梨の話は大して関心がないんだ。わかりやすい男だ。息子が特別大事なのはよくわかる。しかも残念ながら健全な親子ではない。歪んだ愛情だ。そして、日奈の話になると途端に歯切れが悪くなる」
そりゃあ、不倫相手の顔をさせて名前も間違えるくらいなら『勝浬』への想いよりも『ヒナちゃん』への想いが強いのだろう。そして、それだけ宮古日奈せの想いも強いのだろう。
……勝ちゃん、自演で「息子が大事」なんて日奈さんに送ったんじゃないか?
叔父さんは何故か納得しかねているが、僕は都筑和正が宮古日奈のために犯行に及んだのだと感じた。それだけ和正にとって日奈は大きい存在だろう。朱梨ちゃんのためではなく、あくまで日奈のためだったのだ。そして、それを知っていて勝ちゃんは黙っていた。
……いや、勝ちゃんが黙っていることの方が不自然だ。
父親にも、宮古日奈にも恨みがあるはずだ。父親が捕まって「ザマァミロ」なんて言っていたが本心だと思う。
なら、何故通報しなかった?
頭が混乱してきて、僕は頭を抱えることになった。「終わったことだ。そんなに悩むなよ」と叔父さんが頭上から言っているが知ったことではない。
まだ何かあるってことだろ……勝ちゃん。
