4:多喜田友佑



 勝ちゃんのお父さん、都筑和正が逮捕されて一週間が経った。犯人が捕まったということで学校は無事に再開し、随分と例年から開始が遅れた文化祭の準備が始まった。

 勝ちゃんはというと……。

 「お父さんのことでコメントを……」

 「ハッ、捕まってザマーミロってんだクソジジイ!!」

 たまに来るマスコミに対してこの態度である。高校までわざわざ押しかけてくるマスコミもマスコミだが、言葉を選ばずにお父さんを蹴落とす発言をしては親指を下に向けて煽るような態度を取るので校門まで先生が慌てて駆けつけている。

 「か、彼は父親が逮捕されて混乱してるんです! それ以上の取材はご遠慮……」

 「俺はンなことで混乱するほどヤワじゃねぇーよ!」

 「都筑、いいからお前は教室に行け!!」

 学校が再開してからずっとこの調子である。僕は力と勝ちゃんが騒いでいるのを遠巻きに見ていることしかできない。

 

 都筑和正は、自首をした。息子に警察が話を聞きに来たと聞いて隠しきれないと思ったらしい。

 最初の被害者である市田敏郎は、喫茶店から尾行をしてコンビニから出たところを車に拉致した。それから山奥で首を絞めて殺害し、燃やしたらしい。

 また、2人目の被害者である嶋田聖人はSNSから彼の情報を見つけ出し、DMで誘い込んで息子がバイトしている時間帯に自宅で殺害した。そのまま自宅の風呂場で死体を解体し、頭部以外を川に捨てた。息子に冷蔵庫を触らないように言って頭部を冷凍庫に保管して夜中に保育所の正面限界に置いた。

 3人目の被害者である望木海士もまたSNSから情報を見つけ出して嶋田と同じ手口で呼び出した。自宅で腕を切断し、川に彼を捨てた。また切断した腕は調理をして息子と一緒に食べたと言う。食べきれなかった分は生ごみとして捨てたようだ。

 自宅で押収されたパソコンからは和正から嶋田と望木くんに連絡した形跡が残っていた。

 動機は、宮古朱梨だ。朱梨ちゃんの生前に市田や嶋田は朱梨ちゃんに性的な暴行を図ったらしい。それについて謝罪を求めたが全く相手にしてくれなかった。それで殺害を計画したのだという。望木くんに関しても朱梨ちゃんをいじめていたと息子から聞いていたから許せなかったのだという。今になって殺害を計画したのは、久しぶりに宮古日奈と連絡を取り、日奈さんがまだ朱梨さんのことを悔やんでいることを聞いたからだと言う。

 残虐な事件はこうして僕の関係のないところで幕を下ろした。幸いというか『ヒナちゃんねる。』は事件とは無関係だったのだ。



 「しっかしマスコミもしつけーな。大丈夫か、都筑?」

 「あぁ? 大したことねぇよ。どうせ今だけだろーが。後1週間もしたら事件のことだって忘れるだろ」

 僕の後ろの席で勝ちゃんと男鹿くんが話している。してはいけないと思ってもすっかり情報を探るのが癖になってしまったのか、自然と盗み聞きをしてしまう。

 「確かに、ニュースってすぐ変わるもんな。でも、家にも来たりすんだろ?」

 「家に来んのはいいけどバイト先にも来るんはウゼェんだよな。しばらく休めって言われたし。こっちは父親いなくなって金を工面しねぇとなんねぇのに」

 「もし困ったことあればウチ来いよ。ウチの両親は全然いいって言ってくれてるし」

 「落ち着いたらゲームしに行くわ」

 「……おう、無理すんなよ」

 男鹿くんはそう言うとチャイムが鳴るからと席に戻っていく。勝ちゃんは溜息をつくと、おもむろに僕の椅子を思いっきり蹴ってきた。

 突然の衝撃にびっくりして振り返ると、勝ちゃんは明らかに不機嫌そうに眉間のシワを深くしながら僕を蔑むように見る。

 「まだ何かあんのかよ」

 「え?」

 「ヒトの話、聞いてたろーが」

 「いや……何もないけど……」

 「ハッ、俺が犯人じゃなくて拍子抜けか? 残念だったなァ」

 「そんなことない! 信じてるって言ったじゃないか!」

 その気持ちは本気なんだ。

 勝ちゃんは必死に弁解しようとする僕にフンと鼻を鳴らす。そして、つまらなそうにポケットからスマホを取り出した。

 「……お前の大好きだったヒナちゃんねるはしばらくお休みだぞ」

 「え?」

 「パソコン押収されたんだ。SNSはとにかく、動画は撮れねぇ」

 ブブと僕のスマホが鳴る。常にヒナちゃん関連のことは通知をオンにしていたから、まさにSNSの彼の投稿を知らせるものだった。しばらく動画はお休みです、と簡潔に書かれた文章は、たった今目の前で勝ちゃんが打ったものだろうか。

 「……勝ちゃんは動画続けるの?」

 「あ? そりゃあ今はやめる理由がねぇからな。親父がいない分編集とかはメンドイが、できねぇわけじゃねぇーし。それに、」

 「それに?」

 「応援してくれるんでしょ? 友佑クン」

 ドキリ。

 ヒナちゃんから勝ちゃんの声が出ても驚かなかったのに、唐突に勝ちゃんからヒナちゃんの声が出ると僕の心臓はおかしいくらいバクバクとなった。そんな僕を見て満足したのか勝ちゃんは意地悪そうに笑うと、僕の椅子を強く蹴り「ほら前向け」と言う。タイミングよくそこでチャイムが鳴った。

 前方の黒板を眺めながら、僕は自分が何故納得できていないのか考える。

 都筑和正は自首をしたんだ。だから、真犯人なのだろう。あれから和正の言った通りの場所に血痕の跡とか見つかったと報道があったし、嘘を吐いているわけではないのだ。

 でも、本当に自分の娘のために犯行に及んだ?

 不倫相手の娘だ。育てたわけでもない。はたして、そんな娘に、彼は愛情を抱いていたというのだろうか? 殺人を犯すほどの動機があったのだろうか?

 それに日奈さんと連絡を取った? 今更すぎないか?

 その連絡は日奈さんが『ヒナちゃんねる。』を見たからではないのか?

 まさか、それを仕組むためにずっと『ヒナちゃんねる。』を運営していたんじゃ……。

 勝ちゃんに聞きたいことはまだある。まだ、納得できないことはある。でも、そこに踏み込んでいいのかわからない。終わった事件を、わざわざ掘り起こす必要があるのかもわからない。

 でも授業中も頭の中は事件のことでいっぱいだった。

 切断した望木くんの腕は息子と食べた。あの日の動画は、カレーだ。いつもは1から工程を撮る勝ちゃんが、肉を調理する工程をカットし、いつもより大きく肉がゴロリと入っていたカレーだった。

 料理は多分勝ちゃんが普段している。ヒナちゃんねるで何度も料理動画はアップされているし、自分の当番だと話していた。なら、その日だけ「冷蔵庫を開けるな」なんてお父さんが言う事自体勝ちゃんからしたら不自然ではないだろうか。

 そもそも、死体を解体した風呂場……臭いとか気にならなかったのだろうか。

 勝ちゃんは、お父さんの犯行を知っていたのではないだろうか。

 憶測だけが頭を巡る。どうせ本人に聞いたところで「知らねぇ」とか何か言われて終わる話なのに、自分の中では勝手なストーリーが出来上がっていく。

 そういえば……。

 「勝ちゃん」

 「あ?」

 昼休みに差し掛かった時に、僕は彼が席を立つ前に声を掛けた。勝ちゃんはトイレかどこかに行こうとしていたようで腰が椅子から上がりかけていた。中途半端な姿勢から、彼はストンと席に座り直した。

 「ひだまりに一緒に行った男って誰?」

 「はァ? 男? 誰のことだよ」

 「え?」

 「俺はお前以外の男とひだまりに行ったことねぇよ」

 「は?」

 「用はそれだけかよ」

 「ちょ、ま」

 「便所行くのに待たねぇと行けねぇんか」

 「……いや、ごめん」

 勝ちゃんは溜息を吐くと乱暴に頭をかきながら今度こそ席を立った。僕は彼の意外な返事に頭を抱えてしまう。

 「友ちゃん?」

 「あ、力……勝ちゃん、男の人とひだまりに行ってないって」

 「え?」

 そう、僕は力と一緒に喫茶ひだまりに行って聞き込みをしたんだ。そしたらヒナちゃんと男が最近来たと店員さんが教えてくれた。

 店員さんが嘘を吐くとは思えない。なら、嘘を吐いているのは勝ちゃんだろう。でも、何でそこで嘘をつく必要があるのだろうか……。

 「いや、友ちゃん。男とは行ってないのかも……」

 「どういうこと?」

 「……男の方が、勝ちゃんだったんじゃない?」

 「え?」

 それってつまり……そこにいたのは『ヒナちゃん』ではなくて『日奈さん』だったということ?

 でも、それなら確かに男とはひだまりに行ってないことになる。店員さんがヒナちゃんと日奈さんを間違ってもおかしくはない。それほど2人は瓜二つなのだ。

 「それならどうして勝ちゃん、日奈さんと……」

 「……やっぱり朱梨さんの話、聞きたかったんじゃないのかな」

 「事故の、話……」

 卒園式の数日後、橋から転落死した朱梨ちゃん。側には日奈さんだけがいて「少し目を放した間に」起きた事故なはずだ。

 その話をわざわざ聞くのだとしたら……勝ちゃんはそう思っていないのではないのだろうか。

 たとえば、日奈さんが故意に起こした事件だったと疑っているのかもしれない。

 「力、僕、今日もひだまりに行ってみる。もしかしたら日奈さんに会えるかも……」

 「うん。僕も付き合うよ」

 「ありがとう」

 世間では終わった事件だ。でも、僕の中ではまだ終わっていない。

 何故『ヒナちゃんねる。』が開設されたのか。勝ちゃんが僕に何を知ってほしいのか……それを知るまで、僕は追いかけ続けるのだ。