5:曽田力
小学3年生の頃だっただろうか。それまで仲良く競り合っていた勝ちゃんと友ちゃんが突然仲違いをした。
たった一回のドッチボールで、彼らの友情は簡単に終わったらしい。普段勝ち越す勝ちゃんの顎あたりに、友ちゃんの投げたボールが当たった。
顔だからセーフなはずだけど、友ちゃんはボールを当てられたことが嬉しかったようで「しょーりの負け!」と叫んだ。そして誰かが「しょうりなのに負けた!」と重ねた。
その時の泣き出しそうな勝ちゃんの顔は、何だかあまりに弱々しくて……彼らしくなかった。
「勝ちゃん、あのさ……友ちゃんのこと嫌いになったの?」
勝ちゃんはそれから友ちゃんが普段通りに声をかけると威嚇するようになった。だから、僕は友ちゃんがいない時に勝ちゃんに声をかけた。ドッチボールがなければ3人で帰路に立っていたのに、あれ以降勝ちゃんは一人で帰ることが多かった。
勝ちゃんはその日返されたテストをクシャクシャに握りながら僕を睨む。
「アイツ、馬鹿にしやがったんだ。人の名前を。それに、顎だった。セーフだった。先生は何もわかってない」
「友ちゃんが謝ったら仲良しに戻る?」
「無理だろ! 無理! アイツは弱い俺を馬鹿にしたんだ! そんなん許せるわけねぇだろ!!」
「でも、」
「俺っ! 俺はちゃんとできるはずなんだ!! ちゃんと全部言われた通りにできるんだ!!」
泣き出しそうなくらい悲痛な声を出す彼に、僕はなんて言っていいのかわからなくなっていた。彼の手元のクシャクシャになったテストを見ると珍しく「98」の文字が見える。何でもできる。自分は凄い。そうやって自我を保とうとしている彼は、自分の弱さも失敗も許せないのだろう。
「……帰る!」
「あ、待って!」
自分で許せない98点のテストを強引にポケットに突っ込むと、勝ちゃんが走り出す。僕も慌てて彼の後ろを走る。
当然、勝ちゃんの方が足が速くて僕は彼に追いつこうと必死に腕を振るけどすぐにハァハァと息が上がってしまった。
どんどん距離がついてしまったが、突然勝ちゃんが橋の上で足を止めた。そのおかげで僕は何とか彼に追いつき一緒に並ぶことができた。
勝ちゃんは何もないところをじっと見つめて黙り込んでいる。
「どうしたの?」
「……供花」
「えっと、何それ」
「死んだ人に供える花……」
「ないよ」
「うん……昨日はあったのに」
勝ちゃんはぼんやりと橋の下を眺めながら、目を細めた。
僕はよくわからないままにとりあえず両手を合わせる。亡くなった人にはお参りをしないといけないはずだと思ったのだ。目を瞑って知らない誰かに「ゆっくり休んでね」と心の中で声をかける。
「え、勝浬……」
「あ」
「?」
立ち尽くしている僕たちに、知らない子が声を掛けてきた。男の子は勝ちゃんを見ると顔を引き攣らせた。手にはたんぽぽが握られてちる。
彼は勝ちゃんがいることに何と思ったのかたんぽぽをその場に投げ捨てると元来た道を走って行った。僕は彼を知っている気がしたがなかなか名前が出なくて思わず首を捻る。
「誰? あの子」
「あんな奴知らない」
勝ちゃんは静かに言うと、ようやく歩き始めた。
「あ、待ってよー!」
僕は慌てて勝ちゃんを追いかける。あの男の子が誰なのかなんてすぐにとうでもよくなり、僕は勝ちゃんの機嫌が良くなる方法ばかりを考えていた。
……あの日、勝ちゃんが気にしていたのは朱梨さんの事故だったのだろう。
じゃあ、あのたんぽぽを持ってきた彼もまた、勝ちゃんと同じように朱梨さんを覚えていたのではないだろうか。
朱梨さんにあのたんぽぽを供えようとしていたのかもしれない。
顔を思い出せない彼は……望木海士か、藤地陸人だったのではないだろうか。
ヒナちゃんねると、朱梨さんと関わる人物……彼らはやっぱり何か重要なことを隠しているのだろうと思う。
望木くんは朱梨さんの写真で動揺した。
藤地くんは朱梨さんのお母さんの写真で動揺した。
元々は友ちゃんがはじめた調査だったけど、僕も彼らの隠していることが知りたい。
そうしたら、朱梨さんが死んだことの何かを知れるはずだ。
小学3年生の頃だっただろうか。それまで仲良く競り合っていた勝ちゃんと友ちゃんが突然仲違いをした。
たった一回のドッチボールで、彼らの友情は簡単に終わったらしい。普段勝ち越す勝ちゃんの顎あたりに、友ちゃんの投げたボールが当たった。
顔だからセーフなはずだけど、友ちゃんはボールを当てられたことが嬉しかったようで「しょーりの負け!」と叫んだ。そして誰かが「しょうりなのに負けた!」と重ねた。
その時の泣き出しそうな勝ちゃんの顔は、何だかあまりに弱々しくて……彼らしくなかった。
「勝ちゃん、あのさ……友ちゃんのこと嫌いになったの?」
勝ちゃんはそれから友ちゃんが普段通りに声をかけると威嚇するようになった。だから、僕は友ちゃんがいない時に勝ちゃんに声をかけた。ドッチボールがなければ3人で帰路に立っていたのに、あれ以降勝ちゃんは一人で帰ることが多かった。
勝ちゃんはその日返されたテストをクシャクシャに握りながら僕を睨む。
「アイツ、馬鹿にしやがったんだ。人の名前を。それに、顎だった。セーフだった。先生は何もわかってない」
「友ちゃんが謝ったら仲良しに戻る?」
「無理だろ! 無理! アイツは弱い俺を馬鹿にしたんだ! そんなん許せるわけねぇだろ!!」
「でも、」
「俺っ! 俺はちゃんとできるはずなんだ!! ちゃんと全部言われた通りにできるんだ!!」
泣き出しそうなくらい悲痛な声を出す彼に、僕はなんて言っていいのかわからなくなっていた。彼の手元のクシャクシャになったテストを見ると珍しく「98」の文字が見える。何でもできる。自分は凄い。そうやって自我を保とうとしている彼は、自分の弱さも失敗も許せないのだろう。
「……帰る!」
「あ、待って!」
自分で許せない98点のテストを強引にポケットに突っ込むと、勝ちゃんが走り出す。僕も慌てて彼の後ろを走る。
当然、勝ちゃんの方が足が速くて僕は彼に追いつこうと必死に腕を振るけどすぐにハァハァと息が上がってしまった。
どんどん距離がついてしまったが、突然勝ちゃんが橋の上で足を止めた。そのおかげで僕は何とか彼に追いつき一緒に並ぶことができた。
勝ちゃんは何もないところをじっと見つめて黙り込んでいる。
「どうしたの?」
「……供花」
「えっと、何それ」
「死んだ人に供える花……」
「ないよ」
「うん……昨日はあったのに」
勝ちゃんはぼんやりと橋の下を眺めながら、目を細めた。
僕はよくわからないままにとりあえず両手を合わせる。亡くなった人にはお参りをしないといけないはずだと思ったのだ。目を瞑って知らない誰かに「ゆっくり休んでね」と心の中で声をかける。
「え、勝浬……」
「あ」
「?」
立ち尽くしている僕たちに、知らない子が声を掛けてきた。男の子は勝ちゃんを見ると顔を引き攣らせた。手にはたんぽぽが握られてちる。
彼は勝ちゃんがいることに何と思ったのかたんぽぽをその場に投げ捨てると元来た道を走って行った。僕は彼を知っている気がしたがなかなか名前が出なくて思わず首を捻る。
「誰? あの子」
「あんな奴知らない」
勝ちゃんは静かに言うと、ようやく歩き始めた。
「あ、待ってよー!」
僕は慌てて勝ちゃんを追いかける。あの男の子が誰なのかなんてすぐにとうでもよくなり、僕は勝ちゃんの機嫌が良くなる方法ばかりを考えていた。
……あの日、勝ちゃんが気にしていたのは朱梨さんの事故だったのだろう。
じゃあ、あのたんぽぽを持ってきた彼もまた、勝ちゃんと同じように朱梨さんを覚えていたのではないだろうか。
朱梨さんにあのたんぽぽを供えようとしていたのかもしれない。
顔を思い出せない彼は……望木海士か、藤地陸人だったのではないだろうか。
ヒナちゃんねると、朱梨さんと関わる人物……彼らはやっぱり何か重要なことを隠しているのだろうと思う。
望木くんは朱梨さんの写真で動揺した。
藤地くんは朱梨さんのお母さんの写真で動揺した。
元々は友ちゃんがはじめた調査だったけど、僕も彼らの隠していることが知りたい。
そうしたら、朱梨さんが死んだことの何かを知れるはずだ。
