2:多喜田友佑
翌日のお昼休み、僕は力と一緒に隣のクラスへ赴いた。普段は全く足を踏み入れることのない空間に、思わず足が止まりかかったが、今回話しを聞こうと思っている望木海士くんは力の知り合いなのだからそこまで気まずくないはずだと言い聞かせてなんとかドアの外から教室を見渡す。
「ほら、あの金髪の人だよ」
「金……」
我が高校は校則がそこまで厳しくないこともあり、茶髪の子はちらほらと見かけるがさすがに金髪はそうそういない。力に指さされた彼は、キラキラ輝く金糸の髪をしており、それだけで僕の緊張は一気に膨れ上がった。
「望木くん」
「あれ? 曽田くんじゃないか」
力が声をかけると、望木くんがクルリと僕らの方へ視線を向け優雅にステップをしながら教室のドアの前に立っている僕らに近づいてきた。そして僕らの目の前に立つと男性にしては長い髪をサラッとかき上げ、僕を鋭い眼光で射る。
「誰だい? 彼は」
「僕の友だちの多喜田友佑だよ。彼が君に話があるって」
「多喜田? 知らないなぁ? あ、もしかしてボクのファンかい?」
「ファ、ファン?」
突然ファンと呼ばれて困惑していると、望木くんはフフと笑い再び髪をかき上げた。
「演劇部の王子であるボクのサインがほしくなっちゃったんだろう? 全く、同性まで虜にするなんて、ボクの魅力も罪だね」
「え、えっと……」
「友ちゃん。望木くんはこういう人なんだよ」
ナルシストとはこういう人のことを言うのかと、僕は困惑しながら少し僕より背の高い彼の瞳を見た。この見上げ具合が、何だかヒナちゃんとの距離感と同じような気がして何とも複雑な気分になる。ヒナちゃんがどんな人でも受け入れたいとは思っていたけど、中の人が完全にヒナちゃんの時と雰囲気が違ったら何て想像もしていなかったのだ。もしも彼がヒナちゃんだったとして、僕ははたして受け入れられるんだろうか。
「えっと、望木くんに聞きたいことがあって……」
「聞きたいこと? まさか連絡先かい?」
「いや、その、この子……知ってる? 同じ保育所だったはずだけど」
望木くんの怪訝そうな顔を見ないようにして、僕はスマホで既に飽きるほど見た宮古朱梨の写真を彼に見せた。
望木くんはその幼い女の子を見て眉尻をピクピクと動かす。即答せずじっとその写真を見ている瞳が僅かに揺れた。だけど、ハァと大きく溜息をついて首を横に振る。
「さぁ? 知らないなぁ」
「本当に?」
僕よりも先に力が間髪入れずに聞いた。その力の言葉にどう思ったのか、望木くんは不機嫌そうに唇を尖らす。
「本当さ。全く見当もつかないね」
「じゃ、じゃあ、宮古朱梨って名前に心当たりはない?」
「知らないねぇ。というか、ボクのファンじゃないなら時間を取らないでほしいな」
話を早く切り上げたそうに望木くんが早口で言う。その様子が何故だか不審に感じるのだが、明確に嘘をついているとは断言ができない。僕は背中を向けかけた望木くんに慌てて「待って!」と言うと今度はスマホに宮古朱梨の母親を写す。
「この、この人は? 知ってるかな?」
「何か見たことあるような……ああ、女装してるミーチューでしょ?」
「ヒナちゃんのこと知ってるの?」
怪訝そうに目を細めながら答える望木くんに僕は彼の名前を出してみた。実際、写真はヒナちゃんではなくて朱梨ちゃんのお母さんなんだけど、ヒナちゃんだと思っているのならわざわざ言わなくてもいいかもしれない。
いや、どうだ? さっき朱梨ちゃんの写真を見た時の反応……本当に知らないのかどうかわからなかった。本当は朱梨ちゃんもお母さんのことも知っていて「ヒナちゃん」だと言っているのかもしれない。
「あー、ヒナって名前だっけ? 数回見たことあるけど、ボクは嫌いだね」
「な、何で?」
「ボクの方が美しいし、化粧だってうまい! あんな変な男を好きな奴の気がしれないよ」
僕の推しになんてことを!!
なんて思ったけど、威張るように言い切る望木くんを見ていると反論するだけでかなりの労力がかかる気がして言葉が出ない。それに、僕はヒナちゃんを好きだけど当然そうじゃない人がいることだってわかっている。それでも言い方ってものが有ると思うけど……。
いや、そこじゃないぞ友佑。
化粧がうまい。そうか、演劇部だから時々化粧もするのか。
演劇部で演技がうまく、化粧もできる。もしかして望木くんって、ヒナちゃんになる素質が十分にあるんじゃないのか?
「ねぇ、曽田くん。もういいかな?」
「あ、うん。ありがとう」
望木くんは用が済んだとばかりに「じゃあね」と力に挨拶すると僕には一瞥もせずに教室の中へ戻っていった。
「友ちゃん、望木くん何か嘘ついてる感じだったね……」
望木くんが席についたのを目で追いながら、力が小声で呟くように言う。僕が感じていた違和感は力も感じていたようで、眉を寄せていた。
「朱梨ちゃんの写真見たとき……やっぱり変だったよね」
僕は次に話を聞く藤地くんの教室の方に足を進めながら確認を取る。当然、力も同じところが気になっていて小さく「うん」と頷いた。
「でも、何で隠す必要があるんだろう。朱梨さんは同じ保育所だったんだから知っていてもおかしくはないのに」
「そうなんだよ……嘘をつかないといけない理由が、望木くんにはあるってことなんだ」
そう、力の言う通り同じ保育所出身なのだから当然望木くんは僕の持っているこの写真を持っているのだ。朱梨ちゃんに会ったことがあるのは事実なのだから覚えていたってなんら不思議はない。それなのに、目を泳がせて「知らない」と言うのは奇妙だ。
「力、望木くんは化粧がうまいって自画自賛してたけど本当?」
「うん。自画自賛していいくらい凄く上手だよ。部活の女の子たちもいつも絶賛してる。それに、普段はあんな調子だけど演技したら別人のようになって上手いんだ。どんな役にも自然になりきれる。……まあ、本人が主役級の役しかやりたがらないから脇役は一切やらないんだけど」
「化粧も演技もうまいなら……可能性はあるか」
「そうだね。ヒナちゃんになりきるって決めたらきっと彼ならできると思うよ」
力の言葉に、僕の中のヒナちゃんが一瞬ぼやける。あの可愛らしい笑顔と、家事は完璧なのにちょっと抜けてるお転婆なところ……彼の大好きな部分が誰かの「演技」なのだということに、少しだけ気持ちが揺らいでしまったのだ。
いや、本当は最初からわかっている。画面の向こうは偶像でしかない。それでも実際に出会ってしまって「現実」の輝きなのだと認識させられてしまったがゆえに、本当の彼を受け入れられるかどうか今になって不安になってしまったのだ。
正直、望木くんがヒナちゃんだったとしても、僕は望木くんとは友だちにはなれないと思う。ただ、問題なのはそうだったときにヒナちゃんを推し続けられるのか……わからないことだ。
「友ちゃん、やっぱりやめる?」
足が止まりかけた僕に、力が訪ねた。
そうだ、このままヒナちゃんが誰なのか知らないままでいれば、僕はこれからも変わらずヒナちゃんを推し続けられるだろう。
でも、踏み込んだ手前後戻りはできない。
何故ヒナちゃんが朱梨ちゃんのお母さんの顔をしているのか知りたい。そして、一連の事件との関係を知りたい。
それはきっと、今の僕にとってヒナちゃんを推し続けられるかという不安よりも大きい感情だった。
「やめない。藤地くんのところに話を聞きに行こう」
「……わかった」
自分には全く利益のないこの探偵ごっこに協力してくれる力に感謝をしながら、僕らは藤地くんがいる商業科の3組に向かった。
翌日のお昼休み、僕は力と一緒に隣のクラスへ赴いた。普段は全く足を踏み入れることのない空間に、思わず足が止まりかかったが、今回話しを聞こうと思っている望木海士くんは力の知り合いなのだからそこまで気まずくないはずだと言い聞かせてなんとかドアの外から教室を見渡す。
「ほら、あの金髪の人だよ」
「金……」
我が高校は校則がそこまで厳しくないこともあり、茶髪の子はちらほらと見かけるがさすがに金髪はそうそういない。力に指さされた彼は、キラキラ輝く金糸の髪をしており、それだけで僕の緊張は一気に膨れ上がった。
「望木くん」
「あれ? 曽田くんじゃないか」
力が声をかけると、望木くんがクルリと僕らの方へ視線を向け優雅にステップをしながら教室のドアの前に立っている僕らに近づいてきた。そして僕らの目の前に立つと男性にしては長い髪をサラッとかき上げ、僕を鋭い眼光で射る。
「誰だい? 彼は」
「僕の友だちの多喜田友佑だよ。彼が君に話があるって」
「多喜田? 知らないなぁ? あ、もしかしてボクのファンかい?」
「ファ、ファン?」
突然ファンと呼ばれて困惑していると、望木くんはフフと笑い再び髪をかき上げた。
「演劇部の王子であるボクのサインがほしくなっちゃったんだろう? 全く、同性まで虜にするなんて、ボクの魅力も罪だね」
「え、えっと……」
「友ちゃん。望木くんはこういう人なんだよ」
ナルシストとはこういう人のことを言うのかと、僕は困惑しながら少し僕より背の高い彼の瞳を見た。この見上げ具合が、何だかヒナちゃんとの距離感と同じような気がして何とも複雑な気分になる。ヒナちゃんがどんな人でも受け入れたいとは思っていたけど、中の人が完全にヒナちゃんの時と雰囲気が違ったら何て想像もしていなかったのだ。もしも彼がヒナちゃんだったとして、僕ははたして受け入れられるんだろうか。
「えっと、望木くんに聞きたいことがあって……」
「聞きたいこと? まさか連絡先かい?」
「いや、その、この子……知ってる? 同じ保育所だったはずだけど」
望木くんの怪訝そうな顔を見ないようにして、僕はスマホで既に飽きるほど見た宮古朱梨の写真を彼に見せた。
望木くんはその幼い女の子を見て眉尻をピクピクと動かす。即答せずじっとその写真を見ている瞳が僅かに揺れた。だけど、ハァと大きく溜息をついて首を横に振る。
「さぁ? 知らないなぁ」
「本当に?」
僕よりも先に力が間髪入れずに聞いた。その力の言葉にどう思ったのか、望木くんは不機嫌そうに唇を尖らす。
「本当さ。全く見当もつかないね」
「じゃ、じゃあ、宮古朱梨って名前に心当たりはない?」
「知らないねぇ。というか、ボクのファンじゃないなら時間を取らないでほしいな」
話を早く切り上げたそうに望木くんが早口で言う。その様子が何故だか不審に感じるのだが、明確に嘘をついているとは断言ができない。僕は背中を向けかけた望木くんに慌てて「待って!」と言うと今度はスマホに宮古朱梨の母親を写す。
「この、この人は? 知ってるかな?」
「何か見たことあるような……ああ、女装してるミーチューでしょ?」
「ヒナちゃんのこと知ってるの?」
怪訝そうに目を細めながら答える望木くんに僕は彼の名前を出してみた。実際、写真はヒナちゃんではなくて朱梨ちゃんのお母さんなんだけど、ヒナちゃんだと思っているのならわざわざ言わなくてもいいかもしれない。
いや、どうだ? さっき朱梨ちゃんの写真を見た時の反応……本当に知らないのかどうかわからなかった。本当は朱梨ちゃんもお母さんのことも知っていて「ヒナちゃん」だと言っているのかもしれない。
「あー、ヒナって名前だっけ? 数回見たことあるけど、ボクは嫌いだね」
「な、何で?」
「ボクの方が美しいし、化粧だってうまい! あんな変な男を好きな奴の気がしれないよ」
僕の推しになんてことを!!
なんて思ったけど、威張るように言い切る望木くんを見ていると反論するだけでかなりの労力がかかる気がして言葉が出ない。それに、僕はヒナちゃんを好きだけど当然そうじゃない人がいることだってわかっている。それでも言い方ってものが有ると思うけど……。
いや、そこじゃないぞ友佑。
化粧がうまい。そうか、演劇部だから時々化粧もするのか。
演劇部で演技がうまく、化粧もできる。もしかして望木くんって、ヒナちゃんになる素質が十分にあるんじゃないのか?
「ねぇ、曽田くん。もういいかな?」
「あ、うん。ありがとう」
望木くんは用が済んだとばかりに「じゃあね」と力に挨拶すると僕には一瞥もせずに教室の中へ戻っていった。
「友ちゃん、望木くん何か嘘ついてる感じだったね……」
望木くんが席についたのを目で追いながら、力が小声で呟くように言う。僕が感じていた違和感は力も感じていたようで、眉を寄せていた。
「朱梨ちゃんの写真見たとき……やっぱり変だったよね」
僕は次に話を聞く藤地くんの教室の方に足を進めながら確認を取る。当然、力も同じところが気になっていて小さく「うん」と頷いた。
「でも、何で隠す必要があるんだろう。朱梨さんは同じ保育所だったんだから知っていてもおかしくはないのに」
「そうなんだよ……嘘をつかないといけない理由が、望木くんにはあるってことなんだ」
そう、力の言う通り同じ保育所出身なのだから当然望木くんは僕の持っているこの写真を持っているのだ。朱梨ちゃんに会ったことがあるのは事実なのだから覚えていたってなんら不思議はない。それなのに、目を泳がせて「知らない」と言うのは奇妙だ。
「力、望木くんは化粧がうまいって自画自賛してたけど本当?」
「うん。自画自賛していいくらい凄く上手だよ。部活の女の子たちもいつも絶賛してる。それに、普段はあんな調子だけど演技したら別人のようになって上手いんだ。どんな役にも自然になりきれる。……まあ、本人が主役級の役しかやりたがらないから脇役は一切やらないんだけど」
「化粧も演技もうまいなら……可能性はあるか」
「そうだね。ヒナちゃんになりきるって決めたらきっと彼ならできると思うよ」
力の言葉に、僕の中のヒナちゃんが一瞬ぼやける。あの可愛らしい笑顔と、家事は完璧なのにちょっと抜けてるお転婆なところ……彼の大好きな部分が誰かの「演技」なのだということに、少しだけ気持ちが揺らいでしまったのだ。
いや、本当は最初からわかっている。画面の向こうは偶像でしかない。それでも実際に出会ってしまって「現実」の輝きなのだと認識させられてしまったがゆえに、本当の彼を受け入れられるかどうか今になって不安になってしまったのだ。
正直、望木くんがヒナちゃんだったとしても、僕は望木くんとは友だちにはなれないと思う。ただ、問題なのはそうだったときにヒナちゃんを推し続けられるのか……わからないことだ。
「友ちゃん、やっぱりやめる?」
足が止まりかけた僕に、力が訪ねた。
そうだ、このままヒナちゃんが誰なのか知らないままでいれば、僕はこれからも変わらずヒナちゃんを推し続けられるだろう。
でも、踏み込んだ手前後戻りはできない。
何故ヒナちゃんが朱梨ちゃんのお母さんの顔をしているのか知りたい。そして、一連の事件との関係を知りたい。
それはきっと、今の僕にとってヒナちゃんを推し続けられるかという不安よりも大きい感情だった。
「やめない。藤地くんのところに話を聞きに行こう」
「……わかった」
自分には全く利益のないこの探偵ごっこに協力してくれる力に感謝をしながら、僕らは藤地くんがいる商業科の3組に向かった。
