1:多喜田友佑
推している動画配信者のヒナちゃんねるのヒナちゃんが、同じ保育所だった少女、宮古朱梨の母親に瓜二つだった。
ヒナちゃん自身に確認をすると、当然のように「知らない」と返事をもらい、彼直々に朱梨ちゃんの事件を検索してくれた。朱梨ちゃんは10年前の3月に橋から誤って落ちて事故死していまったらしい。
そして不審がる僕に、彼は「関根高校に通っている」と伝えた。それは、僕の通う高校の名前で……つまり彼は僕と同じ関根高校2年生に在籍しているということだった。
ヒナちゃんがただ朱梨ちゃんの母親に似ているだけならまだしも、最近は街で不審な事件が起きている。僕や朱梨ちゃんが卒園した有白東保育所の元保育士である市田敏郎が焼死体として発見され、更には同じく東保育所の元ドライバーであった嶋田聖人が首を切断されて保育所前に頭を置かれていた。
こんな偶然があるわけがない。
僕は幼馴染の曽田力と都筑勝浬に協力を求め、ヒナちゃんを探ることにした。ヒナちゃんが犯人ではないことを信じながら。彼が犯罪に巻き込まれないことを願いながら。
「なぁんで今日もテメェらと帰らんと行けねぇんだ」
「まあまあ、勝ちゃん。近くで事件が起きたんだから仕方ないよ」
事件のせいでバイトと部活を制限された幼馴染たちが隣でギャーギャーと騒いでいる。いや、騒いでいるのは勝ちゃんだけで、力は彼を宥めている。僕の記憶では力が勝ちゃんに憧れていていつも背中を追いかけていたのだが、何故か勝ちゃんは力には弱いところがあって短気で声を荒げても力に宥められて歯を食いしばりグヌヌと怒りを抑えることが多い。
僕らがヒナちゃんを探ると決めてから1日が経った。当然僕らはただの高校生なので探偵のようにすぐに探りを入れることは難しい。何から手をつけていいのかもわからず、授業中もどうしようかと悩んでいるだけで時間がすぎてしまっていた。
「それで、友ちゃん。何から始める?」
「あ、うーん……」
力に話を振られ、僕は思わず苦笑いで頭をかいた。その様子に僕が何も思いついていないのを察した勝ちゃんが苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
「何も考えてねぇのに動画配信者の正体探そうとしてたんかよ」
「し、仕方ないだろ! はじめての経験なんだし……」
「とりあえずヒナちゃんが本当に関根高校の2年生だとしても、更に候補を絞り込まないといけないよね」
力の言う通り、ヒナちゃんが本当のことを言っているとしても我が関根高校の2学年は3クラスある。僕らの所属する普通科が1クラス20人が2クラスと、商業科が1クラスで15人いるのだ。計55人の中から本当の顔もわからないヒナちゃんを探さないといけない。
「ンなの事件に関係あるならまずは東保育所の卒園生探せばいいだろ。俺らを抜かせば3人しかいねぇんだし」
「え、そうなの!?」
勝ちゃんの助言に、僕は思わず大声で反応してしまう。僕の声を聞くと普段は僕よりも大声を出している勝ちゃんは口をひん曲げて「うぜぇ!」と怒鳴った。全く自分のことは棚に上げてなんて奴なんだ。
僕まで苦い顔をしてしまったが、そんな僕らのやり取りなんて慣れっこな力はニコリと笑って頷いた。
「やっぱり勝ちゃんに協力頼んで正解だったね、友ちゃん」
「う、うん。3人しかいないってわかってるってことは誰なのかも知ってる……ってことなんだよね?」
「そりゃあ、テメェの残念な頭と違ってしっかり記憶に残ってるわ」
いちいち一言が多いんだってば!
言い返しそうになった言葉を喉の奥でグッと抑え、僕は勝ちゃんの僕より僅かに高い位置にある目を見る。そういえばヒナちゃんも殆ど僕らと同じ背丈だった。僕よりは少し高かったけど、靴もそれなりに厚底だった気がするから実際に僕より高いかどうかはわからない。
「……で、誰なの?」
「2組の白鳥青空と、望木海士。それから3組の藤地陸人」
かつては同じ保育所で過ごしていた人たちなのだろうが、名前を聞いても誰もしっくり来なかった。僕らは1組なのでみんな違うクラスだし、3組は商業科だから1年生の時から同じクラスになった人もいないので全くわからない。
「僕、望木くんなら知ってるよ。同じ演劇部だから」
「そうなんだ! なら話は聞きやすいかも」
「話聞きに行くのはテメェらだけでやれよ。俺は帰り道しか付き合わねぇんだからな」
「えー、ケチだなぁ」
「うるっせぇな! 俺はその動画配信者に興味なんかねぇんだよ!」
本当ならしっかり彼らを覚えている勝ちゃんと話しに行くのがいいと思うけれど、どうやらそこまでは頼むことはできないらしい。どうにか助けてはほしいけど、確かに勝ちゃんにとってヒナちゃんはただのよくいるミーチューバーなのだ。よく知らないミーチューバーにそこまで時間を割くなんてしてくれないだろう。
「じゃあさ、勝ちゃん。彼らの顔写真とかある?」
「ンなモンねぇよ!」
「前に友ちゃんが見せてくれた卒園式の写真でどの人が教えほしいな。白鳥さんと藤地さん」
そう言うと力はスマホを取り出して僕と勝ちゃんに以前僕が彼らのメッセージアプリのグループで載せた卒園式の写真を出した。僕にとっては殆ど誰なのかわからないその子たちは、何度見たところで名前なんか出てこなかった。
勝ちゃんはその写真を見て鬱陶しそうに目を細めたが、やがてすぐにショートヘアの女の子を指さした。
「コイツが白鳥」
そしてそのまま指を僕の隣に写っている前髪が長くて目が隠れてしまっている男の子にスライドしていく。
「コイツが藤地」
「ありがとう、勝ちゃん」
僕の代わりに力が勝ちゃんにお礼をする。勝ちゃんは変わらず苦い顔をしていたが、不意に僕を馬鹿にするようにハッと鼻で笑った。
「これでその動画配信者に嘘つかれてたらザマァねぇな」
「ヒナちゃんは嘘ついてないよ。信じてるから」
確信はないけれど、推しのことを信じるのはファンとして当然だろう。
僕がハッキリと答えると、勝ちゃんは口をひん曲げてつまらなそうにポケットに手を突っ込んだ。
「馬鹿馬鹿しい」
呟くように吐き捨てると、いつの間にか着いていた僕の家を一瞥もせずに通り過ぎていく。その様子に力が肩を落とすが、僕は勝ちゃんに何も言えなかった。
馬鹿馬鹿しいのは、その通りなのかもしれない。ヒナちゃんが僕の高校をどうにかして知って、嘘をついたのかもしれない。そもそも本当に高校2年生かもわからないのだ。
それでも信じたいのは僕の願望で、彼が画面越しの明るくていつも元気を分け与えてくれる存在のままなんだと思いたいのだろう。事件に関係ないことも、宮古朱梨との関係が何か嫌なものではないことも、証明したいのは彼を信じきりたいという願いに過ぎない。現時点では信じきれないからこそ、自分で謎を突き止めて納得して彼を推し続けたいのだ。
「友ちゃん、ヒナちゃんが男だってことは白鳥さんは除外されるから、望木くんと藤地くんの二人を調べてみよう」
「そうだね。とりあえず明日は望木くんに話を聞こう」
「うん」
じゃあね、と手を振る力に手を振り返し、僕は走って勝ちゃんを追う力の背中を見送る。
55人から一気に2人に絞ったんだ。明日から何かいいヒントがあればいいな。
僕は小さくなる幼馴染の背中を見つめながら大きく息を吐いた。
推している動画配信者のヒナちゃんねるのヒナちゃんが、同じ保育所だった少女、宮古朱梨の母親に瓜二つだった。
ヒナちゃん自身に確認をすると、当然のように「知らない」と返事をもらい、彼直々に朱梨ちゃんの事件を検索してくれた。朱梨ちゃんは10年前の3月に橋から誤って落ちて事故死していまったらしい。
そして不審がる僕に、彼は「関根高校に通っている」と伝えた。それは、僕の通う高校の名前で……つまり彼は僕と同じ関根高校2年生に在籍しているということだった。
ヒナちゃんがただ朱梨ちゃんの母親に似ているだけならまだしも、最近は街で不審な事件が起きている。僕や朱梨ちゃんが卒園した有白東保育所の元保育士である市田敏郎が焼死体として発見され、更には同じく東保育所の元ドライバーであった嶋田聖人が首を切断されて保育所前に頭を置かれていた。
こんな偶然があるわけがない。
僕は幼馴染の曽田力と都筑勝浬に協力を求め、ヒナちゃんを探ることにした。ヒナちゃんが犯人ではないことを信じながら。彼が犯罪に巻き込まれないことを願いながら。
「なぁんで今日もテメェらと帰らんと行けねぇんだ」
「まあまあ、勝ちゃん。近くで事件が起きたんだから仕方ないよ」
事件のせいでバイトと部活を制限された幼馴染たちが隣でギャーギャーと騒いでいる。いや、騒いでいるのは勝ちゃんだけで、力は彼を宥めている。僕の記憶では力が勝ちゃんに憧れていていつも背中を追いかけていたのだが、何故か勝ちゃんは力には弱いところがあって短気で声を荒げても力に宥められて歯を食いしばりグヌヌと怒りを抑えることが多い。
僕らがヒナちゃんを探ると決めてから1日が経った。当然僕らはただの高校生なので探偵のようにすぐに探りを入れることは難しい。何から手をつけていいのかもわからず、授業中もどうしようかと悩んでいるだけで時間がすぎてしまっていた。
「それで、友ちゃん。何から始める?」
「あ、うーん……」
力に話を振られ、僕は思わず苦笑いで頭をかいた。その様子に僕が何も思いついていないのを察した勝ちゃんが苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべる。
「何も考えてねぇのに動画配信者の正体探そうとしてたんかよ」
「し、仕方ないだろ! はじめての経験なんだし……」
「とりあえずヒナちゃんが本当に関根高校の2年生だとしても、更に候補を絞り込まないといけないよね」
力の言う通り、ヒナちゃんが本当のことを言っているとしても我が関根高校の2学年は3クラスある。僕らの所属する普通科が1クラス20人が2クラスと、商業科が1クラスで15人いるのだ。計55人の中から本当の顔もわからないヒナちゃんを探さないといけない。
「ンなの事件に関係あるならまずは東保育所の卒園生探せばいいだろ。俺らを抜かせば3人しかいねぇんだし」
「え、そうなの!?」
勝ちゃんの助言に、僕は思わず大声で反応してしまう。僕の声を聞くと普段は僕よりも大声を出している勝ちゃんは口をひん曲げて「うぜぇ!」と怒鳴った。全く自分のことは棚に上げてなんて奴なんだ。
僕まで苦い顔をしてしまったが、そんな僕らのやり取りなんて慣れっこな力はニコリと笑って頷いた。
「やっぱり勝ちゃんに協力頼んで正解だったね、友ちゃん」
「う、うん。3人しかいないってわかってるってことは誰なのかも知ってる……ってことなんだよね?」
「そりゃあ、テメェの残念な頭と違ってしっかり記憶に残ってるわ」
いちいち一言が多いんだってば!
言い返しそうになった言葉を喉の奥でグッと抑え、僕は勝ちゃんの僕より僅かに高い位置にある目を見る。そういえばヒナちゃんも殆ど僕らと同じ背丈だった。僕よりは少し高かったけど、靴もそれなりに厚底だった気がするから実際に僕より高いかどうかはわからない。
「……で、誰なの?」
「2組の白鳥青空と、望木海士。それから3組の藤地陸人」
かつては同じ保育所で過ごしていた人たちなのだろうが、名前を聞いても誰もしっくり来なかった。僕らは1組なのでみんな違うクラスだし、3組は商業科だから1年生の時から同じクラスになった人もいないので全くわからない。
「僕、望木くんなら知ってるよ。同じ演劇部だから」
「そうなんだ! なら話は聞きやすいかも」
「話聞きに行くのはテメェらだけでやれよ。俺は帰り道しか付き合わねぇんだからな」
「えー、ケチだなぁ」
「うるっせぇな! 俺はその動画配信者に興味なんかねぇんだよ!」
本当ならしっかり彼らを覚えている勝ちゃんと話しに行くのがいいと思うけれど、どうやらそこまでは頼むことはできないらしい。どうにか助けてはほしいけど、確かに勝ちゃんにとってヒナちゃんはただのよくいるミーチューバーなのだ。よく知らないミーチューバーにそこまで時間を割くなんてしてくれないだろう。
「じゃあさ、勝ちゃん。彼らの顔写真とかある?」
「ンなモンねぇよ!」
「前に友ちゃんが見せてくれた卒園式の写真でどの人が教えほしいな。白鳥さんと藤地さん」
そう言うと力はスマホを取り出して僕と勝ちゃんに以前僕が彼らのメッセージアプリのグループで載せた卒園式の写真を出した。僕にとっては殆ど誰なのかわからないその子たちは、何度見たところで名前なんか出てこなかった。
勝ちゃんはその写真を見て鬱陶しそうに目を細めたが、やがてすぐにショートヘアの女の子を指さした。
「コイツが白鳥」
そしてそのまま指を僕の隣に写っている前髪が長くて目が隠れてしまっている男の子にスライドしていく。
「コイツが藤地」
「ありがとう、勝ちゃん」
僕の代わりに力が勝ちゃんにお礼をする。勝ちゃんは変わらず苦い顔をしていたが、不意に僕を馬鹿にするようにハッと鼻で笑った。
「これでその動画配信者に嘘つかれてたらザマァねぇな」
「ヒナちゃんは嘘ついてないよ。信じてるから」
確信はないけれど、推しのことを信じるのはファンとして当然だろう。
僕がハッキリと答えると、勝ちゃんは口をひん曲げてつまらなそうにポケットに手を突っ込んだ。
「馬鹿馬鹿しい」
呟くように吐き捨てると、いつの間にか着いていた僕の家を一瞥もせずに通り過ぎていく。その様子に力が肩を落とすが、僕は勝ちゃんに何も言えなかった。
馬鹿馬鹿しいのは、その通りなのかもしれない。ヒナちゃんが僕の高校をどうにかして知って、嘘をついたのかもしれない。そもそも本当に高校2年生かもわからないのだ。
それでも信じたいのは僕の願望で、彼が画面越しの明るくていつも元気を分け与えてくれる存在のままなんだと思いたいのだろう。事件に関係ないことも、宮古朱梨との関係が何か嫌なものではないことも、証明したいのは彼を信じきりたいという願いに過ぎない。現時点では信じきれないからこそ、自分で謎を突き止めて納得して彼を推し続けたいのだ。
「友ちゃん、ヒナちゃんが男だってことは白鳥さんは除外されるから、望木くんと藤地くんの二人を調べてみよう」
「そうだね。とりあえず明日は望木くんに話を聞こう」
「うん」
じゃあね、と手を振る力に手を振り返し、僕は走って勝ちゃんを追う力の背中を見送る。
55人から一気に2人に絞ったんだ。明日から何かいいヒントがあればいいな。
僕は小さくなる幼馴染の背中を見つめながら大きく息を吐いた。
