1:多喜田友佑



 炎天下の公園の下、僕らはいつも泥と汗にまみれて遊んだ。

 保育所からの友人である勝ちゃんと力と一緒に、ヒーローごっこから鬼ごっこ、公園遊具遊び……日が沈んでカラスが鳴くまで際限なく走り回っていた。

 勝ちゃんは名前に負けず勝ち気な少年で僕と力を色んな所へ連れ回していた。勉強も運動も、その他諸々全てのことに負けん気を発揮していて、自分が世界の中心とでも言いたげな笑顔を浮かべながら堂々としていた。とは言っても僕も当時は負けん気が強かったから僕にとって彼はいいライバルといったところだ。クラスの授業でも何かと張り合っては、毎回彼に負けていた。

 力は勝ちゃんとは反対に穏やかな少年で、クラスで力を持っている勝ちゃんに憧れているようだった。いつもメガネの奥の目をキラキラと光らせて勝ちゃんの後ろをついて歩いた。勝ちゃんのことは尊敬しているようだったけど、僕に対しては対等な友だちといったところで、勝ちゃん抜きでも一緒に彼の好きなゲームをやるなどして遊んだ。

 その頃はそんな日々が楽しくて、これが一生続くものだと思っていた。幼い頃は未来への不安なんて一切なくて、時間というものは不変的に続くものだと漠然と信じていたのだ。

 そんな日々に終わりが訪れたのは突然だった。

 小学3年生の頃だったと思う。体育の授業でドッヂボールをしたときだ。僕ははじめて勝ちゃんにボールを当てることができたのだ。

 ちょうどその時、ドッヂボール終了の合図が出た。勝ちゃんは外野に行ってやり返そうと思っていたのを止められたのだから、ポカンと口を開け目を丸くした。

 「ショーリの負け!」

 いつも負けっぱなしだった僕は、あまりの嬉しさに無意識に声を張り上げていた。

 それが、よくなかったのだろう。

 「『しょうり』なのに負けたー!」

 誰かが僕の言葉を茶化すように復唱する。そして何人かがクスクスと彼を笑った。その瞬間に勝ちゃんこと『しょうり』は真ん丸にしていた目を潤ませながら、どんどんと目尻を吊り上げた。

 「うるせー!!」

 よほど悔しかったのだろう。勝ちゃんはそう言うとフンとそっぽ向いた。

 そんな今になっては小さな出来事が、小学生の僕たちには大きな出来事だった。

 それ以降、勝ちゃんは僕と遊ばなくなった。別に、僕以外にも友だちはいるし彼は僕がいなくても困らなかったのだろう。僕が声を掛けるとキッと睨み、今まで良きライバルであったはずが、完全に敵対心を抱かれる結果となった。

 じゃあ勝ちゃんが僕にいつも勝っていた時はどうだったのだろうと思い返すが、思えば彼は嬉しそうに笑うものの決して「友佑の負け」とは言わなかった。それから彼は名前が「しょうり」であり、名前をからかわれたのも大層気に食わなかったのだろう。

 僕もそれからは無理に彼を誘うことはやめて力と遊ぶことが増えた。力は変わらず勝ちゃんのことを凄いと言ってはいたが、対等な友だちとしては僕を選んでおり、自然と勝ちゃんと遊ぶことをやめていた。勝ちゃんと力の2人で遊んでいるのは見たことがない。

 僕はこの一件から自分の中で誰かと張り合うことをさけはじめ、どんどん日陰の者へと変貌した。高学年になる頃には完全にクラスの隅っこで力と2人でゲームの話をして1日を過ごすようになっていた。

 勝ちゃんは変わらず負けず嫌いなままで、また僕らとは別の人たちを侍らせていた。それは勝ちゃんが意図して行っていることではないが、彼の才能と力強さに惹かれる者たちは僕ら以外にもいたのだ。

 そうして小学校は終わり、中学生になった僕らは完全に友だちと呼べる存在ではなくなった。

 授業でペアとかになれば仕方なしと言うように目を釣り上げながら会話をしてくれるが、用が済めばチッと舌打ちをして離れていく。僕は、そんな勝ちゃんに呆れのような気持ちすら沸いてきていた。

 すっかり遠い存在になった僕たちは互いに目に入れば仕方なく話すだけの関係のまま高校まで同じ所へ進学し、さらには小学校から今の高校2年生に至るまでずっと同じクラスだった。そして僕らは殆ど毎回出席番号が前後になる。現在だってそうだ。そのために日直などペアになることが多くて、辟易していた。そんな僕らを見て力は笑いながら「腐れ縁だねえ」と他人事のように笑うのだ。力もクラスはよく離れるが高校まで同じ所へ進学し、現在は同じクラスになれた。

 僕はすっかり力と2人で話すことが日常になり、かつて勝ちゃんと張り合っていた頃が嘘のように日陰でひっそりと生きている。部活にも入らなかった僕は完全にクラスの空気となり、穏やかだけど刺激のない生活を繰り返していた。

 

 いや、刺激はある。

 僕は高校入学して1ヶ月したときからハマっている人がいた。いわゆる「推し」である。僕の日々は推し活に彩られていた。

 「いよいよ来週、1周年記念なんだよ!」

 「ああ、もう1年経ったんだね」

 お母さんが作ってくれたお弁当を今日も曽田力と一緒に力の席で食べる。新学期が始まった頃は僕の机で食べていたが、ある日僕の前の席である勝ちゃんに「勝手に椅子使うなや」と怒られたのを機に力の席で食べるようになった。

授業中、ずっと力に話したかったことを伝えると、力は「またか」と言いたげに眉を八の字にしつつ笑った。

 「ヒナちゃんねる1周年記念! しかも登録数が10万に到達したんだ!!」

 「10万人いったんだ。よかったね、友ちゃん」

 「やっぱり歌ってみたがよかったんだよ! 上手だったなぁ」

 大好きなスパゲッティを頬張りながら、僕は今ハマっている推しのミーチューバー、「ヒナちゃんねる」ことヒナちゃんを思い返しては笑みを抑えられずにいた。

 ヒナちゃんねるは去年のゴールデンウィーク中に今流行っている動画サイト、ミーチューブに爆誕したチャンネルだった。明るい陽だまりのような髪にクリクリと大きな青い瞳をした少女……のような男の娘だった。

 はじめてサムネイルを見たときは完全に女の子だと思い視聴したのだが、声は中性的でボディは隠れるようなオーバーサイズのものを着ていた。はじめて見た配信ではゲームを実況していて、僕も好きなゲームであったことと彼女もとい彼の外見に一目惚れした僕は、そのまま勢いでチャンネル登録をした。その時にチャンネルの説明欄を見てハッキリと『男です。女装しています』と書いてあったのだ。

 一目惚れした相手が同性だということに戸惑いはあったが、それでも画面の中の人だと思うと簡単に受け入れられた。それから僕は彼の配信や動画を熱心に見続けている。民度もそれほど悪くはなく、コメント欄も優しいコメントが多い。何よりヒナちゃん本人が穏やかな雰囲気を出していて、同じような人を惹きつけているのだと思う。

 そんなヒナちゃんねるは、今年4月に遂に登録者数が10万を突破した。有名ミーチューバーとかに比べれば大した数字ではないかもしれないけど、古参の身からしてこんなにも彼が愛されていることが嬉しくて仕方がない。

 「そういえば、歌ってみた上げてたって言ってたけど、声が男なのはいいの?」

 「それが僕、ヒナちゃんなら何でも受け入れられるんだよね。それに、いかにも男声って言う感じじゃないし。何だろ、性別なんてないんだろーなって感じだよ!」

 「そうなんだ、恋は盲目っていうもんね」

 「力、辛辣だなぁ」

 力にもヒナちゃんねるを観てもらったことがあるが、彼は「男だしなぁ」と言ってハマってくれなかった。でも、好きなゲームシリーズの配信は一緒に楽しんでくれていて「ゲーム実況のときだけ見ようかな」と見てくれている。

 「恋は盲目っていうけどさ……現実では女の子好きだよ、僕」

 「あ、そうだよね。加山さんね」

 「やめてよ!」

 力がおちょくるように笑うので、僕は思わず大きな声を出した。幸い、昼休み中でみんなが騒いでいるため僕の声は雑音にかき消され、誰も僕らを注目することはなかった。

 加山さんは、現在片思いをしているクラスメイトだ。加山さんとは話したことはないけど、2年生になってはじめて見たときに容姿がヒナちゃんに似ていて、一目惚れしてしまったのだ。髪や瞳の色の違いはあれど、顔立ちは殆ど本人と言っても過言ではない。ヒナちゃんが『男です』と明記していなければ僕は彼女をヒナちゃんと勘違いしただろう。

 「本当友ちゃんって面食いだよね」

 「うるさいなぁ、仕方ないだろ、可愛いものは可愛いんだから」

 「来月は話せるといいね」

 「まあ……うん」

 僕が曖昧に頷くと、力は笑って「そういえば」とゲームの話に切り替えた。僕は彼が話題を変えたことに心底安堵しながら、一緒にゲームの話をして盛り上がった。