眠れる俺の王子様

 レクリエーション旅行を控えた一年生の話題はそのことばかりだ。目的として掲げられていた親睦も深められそうで何よりである。
 そんなことを考えつつ、生徒会の書類を作成していたある日のこと。予定よりも手間取ってしまった俺は、他の生徒会の面々を先に帰らせて、一人作業に没頭していた。気づけば辺りは薄暗くなってきている。
「流石にまずいな」
 書類はできあがってはいなかったのだが、これ以上は家に持ち帰るべきと判断した。手早く帰り支度をして、誰もいない廊下を早足で歩く。照明が落とされた廊下は、少し不気味な印象だった。
 ふと、どこかから、変な音が聴こえる。しゃかしゃかというその音は、紛れもなくイヤフォンかヘッドフォンからの音漏れだ。
「まさか、こんな時間まで……!?」
 俺は急いで近くの教室に飛び込む。言わずもがな、ネムとミツルの教室である。目を凝らして辺りを見回すと――……いた。窓の下の壁にもたれて、座り込む形でネムがすうすうと寝息を立てている。
『緊張が解けると寝ちゃうんだって』
『恋しちゃったんだってよ』
 ミツルの声が俺の頭の中によみがえった。ネムが寝られないのは、きっと校内に恋した相手がいるからなのだろう。そのくらい、俺にだってわかる。
 起こさないようにとゆっくりネムに近づき、隣に腰を下ろしてタブレットを開いた。どうせ大柄なネムを運んだりはできないのだし、もう少しだけ眠らせてやりたい。恋煩いをしている王子様を、少しくらい休ませてあげたって罰は当たらないだろう。
 しかし、俺はここで重大なミスをしてしまった。
 ミツルからネムの話を聞いて以来、なぜか寝つきが悪く、夜中に目を覚ますことが多かった俺は完全に寝不足だったのだ。そして、隣にいるネムが、あまりにも気持ちよさそうに眠っているものだから――……。
「……ん」
 起きないとと思っているのに、眠りに落ちた俺の意識はなかなか浮上してくれなかった。
 遠くの方で、また音楽が聴こえた気がした。