眠れる俺の王子様

 昼休みで賑わう校舎の中、一年生の教室へと向かう俺の手には、例のごとく弁当の包みがあった。またも忘れて行ったミツルの元へと届けるはめになったのである。教室を覗き込むと案の定、ミツルの隣の席ではネムが寝ていた。目を覚ましたりしなければいいのだがと思いつつ、忍び足でミツルの机に弁当を置く。
「お、兄貴サンキュー!」
「シッ! 静かにしてろ! このバカ!」
 普段は礼など言いもしないミツルが、なぜか大声でそんな言葉を吐くものだから、思い切り怒鳴ってしまった。これではネムも起きてしまうに違いない。恐る恐るネムを振り返ると、まだ机に体を預けたままではあるが、にこにこと微笑んで俺たちを見つめていた。
「サトリ先輩。おはよ」
「……少しは眠れたのか?」
「うん。大丈夫」
 そうは言っても明らかにネムの顔色はよくない。少し風に当たった方がいいだろう。目が覚めるかもしれないし、外なら静かで昼休みは寝られるかもしれない。
「三人で屋上へ行って食べないか?」
 俺は考え抜いた末、ミツルも巻き込む形で、ネムに提案してみた。
「サトリ先輩とごはん?」
「そ、そうだ。屋上なら静かだし、眠れるだろ?」
 こげ茶の瞳をぱちくりとさせたネムが、勢いよく席を立ったのと同時に、ミツルがのんびりとした口調で「あー、俺パス」と、弁当を持って背を向ける。
「は? おい、ミツル!」
「今日はちょっと用事。兄貴とネムで行ってきな」
 ――なんでこうなった?
 屋上の打ちっぱなしのコンクリートの上、転がるネムに見られながら、弁当を食べる俺。当然周りに生徒などおらず、二人きりだった。時折、視線が合うとネムはにっこりと笑っていたが、やはり眠たいのかどこかぼんやりとしている。
「起こしてやるから、眠っててもいいんだぞ?」
 遠慮して眠れていないのではないかと思い、俺がそう言うと、ネムは少しためらった後に小さくつぶやいた。
「……でも、もったいないから」
「なんだって?」
「なんでもないよ。天気、いいね」
「あったかいな」
 ――本日はお日柄もよくって、お見合いか!
 俺は自分の会話スキルを恨みに恨んだ。ついでにネムの会話スキルも恨んだ。
 いったい何を話せばよいのだろう。俺はゲームはあまりしないし、筋トレなんてもっとしない。逆にネムは読書なんてしないだろう。
「サトリ先輩」
「どうした?」
 ネムは、一度深く息を吸い込んで、とても大切なことを話すように俺を見つめた。
「あのね。俺、入学式の時から、あることで眠れなくなっちゃって……」
 入学式から眠れない? そんなに前から?
 屋上に吹く春の風の音に、ネムの呼吸が混ざった。
 今、この空の下には、俺とネムしかいないような気さえする。
「いったい何があっ――……」
 問いただそうとして絞り出した俺の声は、無情にも午後の授業開始を告げるチャイムに、かき消されてしまった。