眠れる俺の王子様

 その夜、食卓には俺とミツルの好物の豚肉の生姜焼きが並んだ。定番料理の生姜焼きだが、俺の家では隠し味にマヨネーズが使われていて、箸が進む一品である。炊き立ての白米にのせるとたまらない。
 今、まさにそうして食べつくすようにかき込んでいるミツルの向かいで、俺はふと放課後の出来事を思い出した。
 きらきら王子様のネムの寝言。たったひと言「せんぱい」と呼んでいた。けれど低い声は、とても大切そうにその単語を発したのだ。
 ――いやいや、そうじゃない。
 またもや動悸に襲われそうになった俺は、慌てて思考の外側にその光景を追い出して、ネムがなぜあれほど寝てしまうのかを考え始めた。
「ゲーム好きとか言ってたし……あれでも勉強してるとか……まさか、アルバイトはないだろ」
 心に留めておくだけのつもりが、俺は全部口からだだ漏らしてしまう。聞いていたらしいミツルが、ぶぼっと変な音を立てて、むせ返った。
「兄貴、まさかとは思うけどさ」
「な、なんだ?」
「今のって、ネムのこと?」
 言いながらもまだ咳をしているミツルが、ごくごくとお茶を飲んで、俺をじっと見つめる。俺はネムがどうしてあんなに寝ているのかを考えただけで、何も悪いことなどしていないのだが、いたたまれない気持ちになってきた。
 ――なんで、俺が恥ずかしくなるんだ。
「なあ、兄貴ってば」
「い、いや。その……俺は、ただ」
「ただ? 何?」
 ミツルは威勢よく食べていた手を緩め、ゆっくりと豚肉を口に放り込み、再び俺へ視線を向ける。
「ネムって……」
「やーっぱり、ネムじゃん!」
 そうして俺を見たままにやっと笑った。こいつは弟のくせにこういうところが本当に生意気だ。そんな風に思っている俺をきれいに無視して、ミツルは言葉を重ねた。
「で、どした? ネムのこと、気になんの?」
「そんなことはない!」
 俺はミツルが言い終わらない内にかぶせるように叫ぶ。まだ途中だった夕食を放り出し、自分の部屋まで駆け戻った。
 ――だって、こんなのは、恥ずかしい。
 自分が自分じゃないみたいだ。
 ベッドにもぐりこんで頭から布団をかぶって、俺はただ熱くなった頬をどうしてよいのかわからず、泣きそうな気持ちを持て余していた。
 ぎゅっと目を閉じると、入学式の日に見た青空と桜に彩られた景色が浮かんでくる。そして同時に、そのきれいな風景の中、桜の花びらを散らしたきらきらの王子様――ネム――の姿が、何度も何度も思い出される。
 とくとくと、脈が速くなっていくのが、不思議でならなかった。