眠れる俺の王子様

 その変わった後輩――ネム――は翌日にもまたやらかした。
 ミツルが画像処理をしてくれたお陰もあって、しおりは早々に完成を迎える。俺はデータを職員室に持って行こうと、放課後の廊下を歩いていた。まだ部活動も本格的に始まっていないので、教室にも校庭にも生徒は残っていない。
 生徒会室から職員室のあるフロアへ階段を下りていく途中、俺は踊り場で飛び上がりそうになった。
 ネムが寝ていたのだ。
 壁にもたれかかっているネムは、帰り支度をしていることから、途中で力尽きたのだとは理解できた。しかし、なにもこんな所で寝なくてもよいだろう。
「し、死ぬかと思った……」
 本当に口から心臓でも出そうになるくらいには驚いたし、この状態のネムを放置するわけにもいかない。
「ネム、ネム?」
 軽く揺すってみても、ネムは目を覚まさなかった。
「俺一人じゃ抱えられないし、どうするか」
 悔しいが三年生の俺よりも、一年生のネムの方が背が高い。さらに筋トレが好きだと言っていただけあって、ウエイトもかなりの差があった。
 ここは仕方がない。起きるまで付き添うしかないだろう。
 ――なるべく、顔は見ないでおこう。寝顔もきらきら王子様なのだ。
 そう考えた俺はネムの隣に座って、ついでに図書室に返却するために持って来ていた本を読み返すことに決めた。
「静かだな」
 ページをめくる音、ネムの規則正しい寝息、それだけが、今、俺の世界に響いている。
 そんなことを思った時。ずるりとネムの体勢が崩れて、俺の方へと傾いてきた。まさかよけるわけにもいかないので、支えるために肩を貸す。
「ネム、起きたか?」
「ん……」
 一応尋ねてみたが、深くゆっくりと繰り返される呼吸は、明らかにネムがまだ寝ていることを示していた。
 仕方なく読書の続きに戻ることにする。
「――……せんぱい」
 低い声が小さく寝言を紡いだ。俺は弾かれたようにネムを見る。
 なんだ。今の。
 なんだ。これ、動悸が、止まらない。
 顔が熱くて耳が燃えそう。
 俺は本を閉じることも忘れて、その場から走って逃げた。ネムが床に倒れた気配がしたけれど、構う余裕などない。ネムは「せんぱい」と寝言を漏らしただけで、俺を呼んだとは限らないのに――……。
「そもそもなんで、あいつはあんなに寝るんだろう? 大丈夫なのか?」
 呼吸が整うと、根本的な疑問や心配が湧いてくる。その胸のざわめきはいつまで経っても消えなかった。