眠れる俺の王子様

 一年生は入学後、レクリエーション旅行へ出かけるのが恒例だった。親睦を深めることを目的としているその旅行だが、生徒会にとっては少し厄介でもある。
「会長……絵が、その、前衛的というか……」
「絵が下手なのはわかってる! 少し待ってろ」
 旅の日程などを記したしおり作りが回ってきた生徒会では、せっかくだからイラストを描いて添えようという案が出た。くじ引きで絵を描く係に当たってしまった俺は仕方なく何点かイラストを出してみたものの、苦手分野は誰にでもある。先程のやり取りになってしまったので、俺は画像処理のうまいミツルに協力を仰ごうと一年生のフロアへと急いだ。
 ところが、ミツルがいるはずの教室に行っても、席に姿がない。
「どこ行ったんだ……あいつ」
 ぼやいた俺の目には、当然のようにミツルの隣の席のネムが映った。ネムはまたもや机の上に上半身を預けて寝ている様子である。ネムにミツルの行方を尋ねてみようかと近づいてみるが、規則正しい寝息に起こすのがためらわれた。
「どうするかな」
 小声で俺が呟いた瞬間、ネムががばりと身を起こす。
「うわ」
「サトリ先輩……!」
「あ、すまない。起こしたか?」
「ううん。丁度起きたところ。ミツルに会いに来たの?」
「ああ、ちょっと用事があって」
 にっこりと笑ったネムは、頬杖をついて俺を見上げ、あとは他愛のない話をするだけだった。昨日はゲームをしていたのに上手くセーブができなかったのだとか、新しい筋トレ動画を見つけたのだとか。とにかく嬉しそうに話すので、なんだかこちらも楽しくなってしまう。
 そこへミツルが戻ってきた。
「トイレ混んでたー……って、よかったじゃん」
「トイレの混雑がどうしてよかったんだ?」
 俺の頭の中で疑問符がいくつも弾けた。なぜトイレが混んでいることがよかったのだろうか。我が弟ながら、まったくもって理解不能だ。
「サトリ先輩、ミツルに用事があったんでしょ?」
 きらきら王子様は気遣いまでできてしまうらしい。ため息が出そうになった。
「あ、そうだ。これ、画像処理とか加工とか、なんとかしてくれないか?」
 しおりのイラストのデータを見せたとたん、ミツルが盛大に噴き出す。
「兄貴、相変わらずの新進気鋭の画伯だなー!」
「サトリ先輩が描いたの? 可愛いね。これ、俺にちょうだい。データ送って! いい?」
 同じくイラストを覗き込んだネムは、なぜかイラストを気に入ってくれて、そんな風に言ってくれた。ミツルはそのネムの言葉よりも早く、ネムのスマートフォンにデータを送信している。
 そのせいなのか、ミツルは普段なら面倒くさいと言って、引き受けてくれない画像処理をやってくれるらしい。
 俺は結局、最後まで、何が何だかわからなかった。やっぱりネムは変わったやつだ。