眠れる俺の王子様

 高校生活とは残酷で、翌日からは午後までみっちり授業が組まれている。昼休みにはどの学年の生徒も、くたくたになっていた。
 生徒たちが購買へ行ったり、弁当を広げたりする中、俺は一年生の教室があるフロアへと向かう。片手には弁当の包みがひとつ。ミツルのバカには本当に呆れた。
「遅刻の次は弁当忘れるとか、鉄板すぎだろ」
 ミツルはなんと初日にもかかわらず弁当を玄関に置き去りにして登校したのだ。必然的に後から自宅を出た俺がデリバリーしてやらなくてはならなくなる。
 俺は三年生で生徒会長ということもあり、なるべく目立たないようにこっそりミツルの教室へと入った。幸いにも皆出身中学などの話に夢中になっていて気づかれることはない。そのままミツルの席まで行っても、本人はおらず、すぐ隣の席でネムが寝息を立てているだけだった。
「新入生のくせに、堂々と居眠りとは……」
 呟きに反して俺の心中は穏やかではない。
 ――寝顔まできらきらしてるとか、反則だろう。
 なるべくネムを視界に入れないように、ミツルの机に静かに弁当箱を置いた。その瞬間。
「……先輩?」
 ネムが起き出して、俺を見上げていた。寝起き特有のとろんとした表情でネムのこげ茶の瞳が俺を見つめている。
「わ、悪い。起こしたな……」
 俺の言葉にネムは小さく首を振って否定を示した。
「だって、先輩に会えたの、嬉しいし」
「なになにー? 俺に内緒で青春かー? 兄貴も隅に置けねーな!」
 どかどかと足音を立てて戻ってきたミツルが、俺たちを見比べてにやにやと笑っている。
「お前の弁当を届けただけだろ!?」
「そのわりには仲良くしてたじゃん。よきかなよきかな」
 ミツルはそんな風に言うと、弁当をがっつき始めた。見事な食べっぷりを眺めていたネムが、三年生のフロアへ戻ろうとした俺を「ねえ」と呼び止める。
「どうかしたか?」
「あのね、サトリ先輩って、呼んでいい?」
「別に、構わないが」
 ネムが軽く目を見開いた後、柔らかな微笑みをたたえた。そのふわりと開く桜の花のような笑みに、一瞬息が詰まってしまう。
 ――やっぱり不思議なやつだと思う。
 教室に戻る足は、自然と速くなってしまった。