仄かに漂う消毒液の臭いに、まだ重たいまぶたを持ち上げる。かたわらにはスマートフォンでゲームをしているミツルの姿があった。
「んん……どこ、だ?」
「起きた? 保健室。ぶっ倒れるとかビビらせんなよなー」
スマートフォン片手にスポーツドリンクを差し出して来たミツルに、俺はきょとんと首を傾げる。
「水分、摂れってよ」
「ああ、やっぱりか」
「あと兄貴にぶつかってトドメ刺したやつ、今、メッセージ送って呼んだから」
いきなりのことに、俺はぐびぐびと飲んでいたドリンクを噴き出しかけた。あの時見たきらきら王子様は夢ではなかったのか。
――と、いうよりも、寝起きの状態の俺がいる保健室に、あんなきらきらした王子様を呼ぶな。
「なんで呼ぶ必要があるんだ?」
至極真っ当な疑問をぶつけてみると、ミツルからは同じくらい真っ当な答えが返ってきた。
「謝りたいって言ってたけど?」
「あ、ああ。そうなのか? ただぶつかっただけなのに……」
「つか、兄貴の方がお礼とか言いなよ? 運んでくれたのあいつなんだし」
「えっ。あのきらきら王子――」
俺が今世紀最大の失言をしかけた時、保健室のドアが小さくノックされて開かれる。慌てて口をつぐんだ俺を一瞬不審な目で見たミツルが、ドアへと駆け寄った。こそこそと何やら話している二人の姿は、俺からはカーテンのせいで見えない。しかし、途切れ途切れに聞こえてくる低い声は確かに王子様のものだった。
やがてカーテンの隙間からひょこっとふたつの顔が覗く。やはり、あの桜の宝石のきらきら王子様だった。俺はなぜか心許なくなって布団を肩まで引き上げてしまう。
――俺が隠れる必要性は、どこにも、微塵もないのだが。
「あの、えっと……」
王子様はぼそぼそと低くつぶやいた。優しい声だ。
「ほら兄貴はいつも通りだから!」
「でも、まだ、顔色、悪くない……?」
「大丈夫だって! なんでカタコトなんだよ!」
ミツルにばしっと背中を叩かれた王子様に、俺はお礼を言うことにする。
「運んでくれたんだって? ありがとう。すまなかった」
すると、王子様はぶんぶんと頭を左右に振った。
「や、俺がぶつかっちゃって……すみません。それで、ええと」
「ん?」
「は、は、初めまして。俺、大迫合歓って言います! 一年生で……趣味はゲームと筋トレ、ハンバーガーはチーズ必須で五個食います!」
――え、なにこれ。お見合い? 合コン? っていうか情報量すごいな。
流石の俺も同様を隠せない。ネムと名乗った王子様の隣で、ミツルが必死に笑いをこらえつつも、口を挟んでくる。
「ネム、好きな子のタイプとかも言っとけばー?」
とたんにネムの視線があちらこちらに泳ぎ始めた。言いづらいのだろうと察した俺は助け舟のつもりで釘を刺す。
「ミツル! 失礼だろ!?」
「聞いてろってば、面白いから」
「――……短い黒髪で、サラサラの……あー無理。でも、可愛い人、です」
低い声が時折裏返っているのが、俺にはとても不思議で印象的だった。
そして、相変わらず視線をさまよわせている姿が、なんだか、可愛らしいと思えたのだ。
保健室での自己紹介、そして謝辞と謝罪は、なんだかとても奇妙な夢を見ているように過ぎていった。
「んん……どこ、だ?」
「起きた? 保健室。ぶっ倒れるとかビビらせんなよなー」
スマートフォン片手にスポーツドリンクを差し出して来たミツルに、俺はきょとんと首を傾げる。
「水分、摂れってよ」
「ああ、やっぱりか」
「あと兄貴にぶつかってトドメ刺したやつ、今、メッセージ送って呼んだから」
いきなりのことに、俺はぐびぐびと飲んでいたドリンクを噴き出しかけた。あの時見たきらきら王子様は夢ではなかったのか。
――と、いうよりも、寝起きの状態の俺がいる保健室に、あんなきらきらした王子様を呼ぶな。
「なんで呼ぶ必要があるんだ?」
至極真っ当な疑問をぶつけてみると、ミツルからは同じくらい真っ当な答えが返ってきた。
「謝りたいって言ってたけど?」
「あ、ああ。そうなのか? ただぶつかっただけなのに……」
「つか、兄貴の方がお礼とか言いなよ? 運んでくれたのあいつなんだし」
「えっ。あのきらきら王子――」
俺が今世紀最大の失言をしかけた時、保健室のドアが小さくノックされて開かれる。慌てて口をつぐんだ俺を一瞬不審な目で見たミツルが、ドアへと駆け寄った。こそこそと何やら話している二人の姿は、俺からはカーテンのせいで見えない。しかし、途切れ途切れに聞こえてくる低い声は確かに王子様のものだった。
やがてカーテンの隙間からひょこっとふたつの顔が覗く。やはり、あの桜の宝石のきらきら王子様だった。俺はなぜか心許なくなって布団を肩まで引き上げてしまう。
――俺が隠れる必要性は、どこにも、微塵もないのだが。
「あの、えっと……」
王子様はぼそぼそと低くつぶやいた。優しい声だ。
「ほら兄貴はいつも通りだから!」
「でも、まだ、顔色、悪くない……?」
「大丈夫だって! なんでカタコトなんだよ!」
ミツルにばしっと背中を叩かれた王子様に、俺はお礼を言うことにする。
「運んでくれたんだって? ありがとう。すまなかった」
すると、王子様はぶんぶんと頭を左右に振った。
「や、俺がぶつかっちゃって……すみません。それで、ええと」
「ん?」
「は、は、初めまして。俺、大迫合歓って言います! 一年生で……趣味はゲームと筋トレ、ハンバーガーはチーズ必須で五個食います!」
――え、なにこれ。お見合い? 合コン? っていうか情報量すごいな。
流石の俺も同様を隠せない。ネムと名乗った王子様の隣で、ミツルが必死に笑いをこらえつつも、口を挟んでくる。
「ネム、好きな子のタイプとかも言っとけばー?」
とたんにネムの視線があちらこちらに泳ぎ始めた。言いづらいのだろうと察した俺は助け舟のつもりで釘を刺す。
「ミツル! 失礼だろ!?」
「聞いてろってば、面白いから」
「――……短い黒髪で、サラサラの……あー無理。でも、可愛い人、です」
低い声が時折裏返っているのが、俺にはとても不思議で印象的だった。
そして、相変わらず視線をさまよわせている姿が、なんだか、可愛らしいと思えたのだ。
保健室での自己紹介、そして謝辞と謝罪は、なんだかとても奇妙な夢を見ているように過ぎていった。
