「ちょっとアンタ、あっち座ってよ!」

 ……高嶺(たかね)由衣(ゆい)が、非常に不満げな顔で僕にいう。

「いや、だってすぐ戻ってくるだろ……」
「それまで、向こうに座ってればいいじゃん!」


 ローカル線の乗り換え駅。
 帰りの列車が、信号トラブルで発車できずにいて。
 あとのふたりは、待ち時間にトイレにいっている。

 この先も同じ列車に乗る四人は、いつものように。
 ふたりがけの『転換式クロスシート』の向きを変えると。
 みんなで向かい合えるボックス席を作っている。

 女性陣が座る位置には、それぞれのこだわりがあるので。
 僕は余った一席、要するに高嶺の隣に座っているだけ……なのに。
 アイツはそれが、なぜだか落ち着かないらしい。


「だいたいクリスマスなのに、遅れるってなに!」
「信号機にクリスマスも正月もないだろう……」
「あと、女子がトイレいってるとか。やたらと読者に強調しないでよ!」
 いや、そんな大声でいうお前のほうが。
 よっぽどデリカシーに欠けていないか?

「……なんかいった?」
 べ、別になにもありません……。


「それにさ、シリーズ五作目でやっとわたしが登場とか。作者なに考えてんの?」
 それはきっと……この『あとがき』の話しだよな?

「い、いやきっと。作者なりに考えてたんじゃ……」
「でもアンタ、二回目の登場でしょ。不公平じゃん」
 たぶん僕、主人公的な位置付けなので。
 少しくらい出番が多いのって……ダメ、なのか?


「もういい! 恒例の次回作タイトル。早く発表して!」
 えっ? いきなり話題変えるの?
 それよりお前、メモとか持ってないのか?

「え? もしかしてアンタ。知らないの?」
「う、うん……」
「はぁ? だったら早く、サンタさんにもらってきなよ」
 いや、まだ夜じゃないし。
 あと予備の靴下とかも……持ってこなかった。

「なぁ。さ、先に……読者のみなさんに感謝しておかない?」
「そんなの、さっきからしてるんですけどぉ!」

 この展開のどこに、高嶺からの感謝が落ちているんだ?
「ほら、笑ってくれたらそれでいいからさ……」
「なに、そのいいかた?」
「笑顔、お願いできませんか……?」





 ……いきなり笑顔とかいわれても。わたしそんな器用じゃないんですけど!

 だいたい、なんでアンタのために笑わないとダメなわけ?

 でも、海原(うなはら)(すばる)
 そういえば、わたしたち一瞬だけど。

 クリスマスの日に……ふたりきりでいるんだね……。


「そう! その笑顔!」
「えっ?」
 いま、わたし笑った? まさか! 気のせいだよね?

「ど、読者のみなさん向けだから!」

 じゃぁあの……よかったら想像してみてください。
 『黙っていたらむちゃくちゃかわいい』と評判の、わたしのスマイル。

「五作目だよ、五作目!」
 そうか、みなさんに読んでいただけたから。
 わたしはこうして、まだコイツと過ごせる日々を送れているんだ。

「だとしたら、ちょっとはありがたいよねぇ〜」
「よし! その笑顔っ!」
 なんだか、アイツが変なテンションだけど。
 まぁほめてくれているのなら。


 ……少しくらい、やさしくしてあげてもいいかもね。


 ふと、列車の窓に顔を向けると。
 あれ?
 窓枠に、メモがはさまれている。

 なにこれ?
 えっと……。
 うわっ、これ次回作のタイトルじゃん!



『恋するだけでは、終われない / 卒業したって、終われない』



 どうしよう……。
 この『卒業』って、もしかして……。

「どうかしたのか?」
「な、なんでもない! 海原こっち向くな!」

 いま、こんなの見せたら絶対アイツ。

 ……『わたし以外の誰か』について、考えるだろうと。


 わたしはメモを、急いでポケットにしまう。
「いま、なにか隠したか?」
「してないから!」

 あぁ、なんでコイツ。普段は超・鈍感のクセに。
 こういうときだけ、気がつくかなぁ……。


 でも、ちょっとまった。
 あの作者のことだ。
 ひょっとして『卒業』っていっても。
 ほかの意味とか、あるかもしれない……。

「でもやっぱ、ないかなぁ……」
「ん? なにがだ?」
「うるさいから! アンタは黙ってて!」


 テンションを狂わされたわたしに、アイツはしつこくて。
「すまん、口を開いていいか?」
「もうしゃべってるけど、なによ?」
「いや……雪が降ってきた」
「えっ?」

 ホントだ。外に、雪が舞っている。

「……ホワイト・クリスマスだな」
 ちょっと! 変態みたいなセリフいわないで!


「ねぇ……このまま、積もるかな?」
「いや、無理だろう」
 あぁ、コイツには風情がない。
 ロマンがない。
 あと……やっぱりなにもない。

 ただ、それでもコイツが近くにいると。
 わたしは……。



「……ホワイト・クリスマスだね」

 そう返した、わたしの心は。
 なぜだか少し、あたたかくて。
 あとたぶん。



 ……結構かわいく、笑えていたはずだ。




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シリーズ・五作目。
『恋するだけでは、終われない / わたしの恋なら、終わらせた』

最後までご愛読いただきまして、本当にありがとうございました。

彼らが過ごす日々は、『卒業』へと進みます。
毎度の別作品で恐縮ではありますが。
よろしければ、引き続きこの先も。

彼ら『丘の上』の放送部員たちが過ごす日々を。
読者のみなさまに、お楽しみいただければ幸いです。



次回作

『恋するだけでは、終われない / 卒業したって、終われない』
 つくばね なごり
 
 一週間だけお時間を頂戴しまして。 
 12月6日(土曜日)より、連載を開始させていただきます。

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