……それから少しあとの、体育館。

 休憩時間にわたしが、スマホで『第十一話』を読んでいると。

春香(はるか)陽子(ようこ)先輩、部長がお呼びです」
 一年生の『その子』が、わたしのフルネームを律儀に呼んだ。


「えっ? わたし?」
 てっきり前回で本編が終わりなのかと思っていたら。
 まさか……わたしの出番があったなんて……。

「……どこにも『最終話』とは、書いてなかったですよ」
 一年生は、そういうと。
「それに今回の副題は、『わたしの恋なら、終わらせた』ですけれど……」
「えっ?」
「前話では誰も『終わらせた』人が、いませんでした」
 そこまでいうってことは……もしかしてあなたも、読んでいるの?


「……いずれにせよ、部長があちらでお呼びです」
「あ、ありがとう……」
 視線の先は、体育館の二階。
 観客席の一番端でこちらに手を振る部長に、右手を合図してから。
 わたしは『その子』に。

「あ、そういえばね」
「はい」
「わたしのことは『陽子ちゃん』って呼んでくれていいからね」
 そう提案してみたのだけれど。

 わたしと同じくらいの背の『その子』は、一瞬動きをとめてから。
「『放送部式』だと、そうなんですよね……」
「えっ?」
「すみません、失礼します」
 そういって、走っていってしまった。



「ごめんね〜、休憩中なのに」
「別にいいよ、どうしたの?」
 クラスメイトの部長は、わたしを見ると。

「さっきはごめん」
 今度は真面目な顔で、急にわたしに謝りだす。
「えっと……なにかあったっけ?」
「いや、ほら。わざわざきてもらった放送部の三人だよ」
「ああ……」

 そういえば。
 口実はなんでもいいから、放送部員の誰かと話しがしたいと頼まれて。
 わたしがケーキでも食べにこないかと、誘ったっけ?

 でも、この子が『ごめん、やっぱりいまじゃなくてもいい?』といいだして。
 結局手ぶらで帰らせた。
 三人はケーキがないって、怒るかと思ったけれど。
「別にいいよ、用事っぽいものが欲しかったし」
「気にしてな・い・よ!」
「まぁ……そんな感じだったんで。次はケーキくださいね」
 そんな感じで、あっさりと帰っていった。

 あの子たちの真意は……よくわからないけれど。
 放送室から、なんだかあえて『離れる理由』が欲しかったみたいなので……。 
「放送部員だから、気にしてないでしょ」
 わたしは部長の子に、そう答えることにした。


「ところで、なにか伝えたいことがあったんじゃないの?」
 気にするとすれば、そちらのほうだろう。

 ただ、やっぱりそれは……いまではないらしい。
「陽子……ごめん。もう少しだけ待っててもらえる?」
 その目は決して、からかっているのではなく。
「そんなに長くは、かからないと思うから……」
 下のコートにいる、『ほかの誰か』を指していているようで。
 ならば待つしか、ないだろうと。

 ……わたしは部長の子に、理解したとうなずいた。



「あとね、陽子……」
 席を立とうとしたわたしを、彼女が戸惑いがちに呼びとめる。
 どうやら、別の話しがあるらしい。

「あのさ……陽子」
「もしいいにくいなら、無理しないでいいよ」
「いや……実は……」 
 それから彼女は、一度深呼吸をしてからわたしを見ると。


「わたしの恋なら、終わらせた」


 ……はっきりと、そういった。


「対抗試合で全勝したら……わたしね、『長岡(ながおか)先輩に』告白する気だったんだ」
「えっ?」
「好き、だったんだよね……」
「そ、そうなの?」

 そんなこと、まったく知らなかった。
 だからあんなに真剣に練習していたのか。
 とはいえ……。

「だってわたし約束したし。ハードル上げないとって決めてたから」
 誰との約束なのかは、聞かないけれど。
 どうして……そこまで?

「だって……陽子がきたからだよ」 
 や、やっぱりそうなんだ……。
「陽子、『終わらせてきた』からさ。それに、長岡先輩って陽子が好きだから」
「ごめんね。わ、わたしの……」
「……『せい』じゃないよ。だからハードル上げただけ」
「そんな……」
「気にしないで。おかげで結構、スッキリした」

 部長は『なんか、照れるよね』といってから、静かな声で。


「……わたしの恋なら、終わらせた」


 ……もう一度、わたしもよく知っているセリフを繰り返した。



「よしっ! じゃ練習しよっ!」
「ちょ、ちょっと待って」
「なんで?」
「だって……」
 いきなり告げられても……まだ頭の整理が追いつかないよ。

 すると彼女が両手で、わたしの両肩をガッシリとつかむ。
「ねぇ陽子? 本気でバレー部頑張ってくれるよね?」
「うん、それは約束する」
「よし、なら平気! わたし、バレーに残りの青春捧げるから」
「えっ?」
「だから陽子は恋も部活も、わたしの分まで頑張りな」
「えっ……」
「あ、サボるとしごくから! あと、お願いがある……」


 ……『放送部式』に一年生には『ちゃんづけ』で呼ばせろと。


「ちょっと、そういうのって部長がやってよ! だいたい関係なくない?」
「変化が欲しいんだよ。新入りなんだから。新しい風、吹きこんでよ」
「なんで? 面倒なことって、部長がやるんだよ!」
「いや、それは放送部『だけ』でしょ? そこは真似しないから」

 ちょっとなんなの、この強引な感じ?
「いいでしょ、わたし部長だから」
 あぁ……どの部活にも。
 『面倒くさい子』って、いるらしい……。





 ……練習再開の前に、陽子ちゃんが二階から。

「みんないい? これからは『ちゃんづけ』! 『先輩呼び』は禁止です!」
 よくわからないけれど、一年生のわたしたちにそう叫んでいた。


鶴岡(つるおか)夏緑(なつみ)さん、どうかしたの?」
 ボールかごを移動させながら、同級生の『その子』が聞いてくる。
「ううん、なんか観客席のふたりが盛り上がってるなぁって」
「……きっと『共通点』があるからじゃない?」
「えっ、どんな?」

 一年生の『その子』はわたしを見ると。
 対抗戦前には見たことのない、やわらかな表情になって。
「わたしからは、いえないかなぁ〜」

 ……少し楽しそうな声を、聞かせてくれた。


「ね、ねぇ。市野(いちの)さん?」
 きっといまが、仲良くなれるチャンスのはず。
千雪(ちゆき)って……呼んだらダメ?」
 どうかお願い……いいよって返事して!


 彼女は一度、カゴの中のボールをじっと見つめると。
「それもまたまた、『放送部式』だよね」
 そうつぶやいてから……わたしに笑顔を向けてくれた。


「いいけど……ただし『夏緑』。わたしの相談乗ってくれるかな?」
「もちろん!」
 わたしも笑顔で答えて。
 やっと市野千雪と、友達になれた。
 これでまた、バレー部での楽しみが増えたと。


 ……そう思ったのだけれど。



 えっと、ウナ君。いや海原(うなはら)(すばる)君。
 あと、放送部のみなさん。
 事前に少し、お伝えしておきますけれど……。


 この先の展開って、決して。


 ……わたしのせいでは、ないですからね!





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