……『豪華な』お昼休みが終わる頃、玲香(れいか)ちゃんのスマホが揺れ出した。

響子(きょうこ)先生? はい……わかりました」
「どうかしたの?」
「あのね、(すばる)君。午後の説明会、どこかの塾向けのでしょ?」
 そういえば、『クリスマス特訓』のあとで移動とあった気が……。
「それが延びているから、到着が一時間くらい遅れるって」
 受験生も……大変だよなぁ。


「え、陽子(ようこ)? なにどうし・た・の?」
 今度は波野(なみの)先輩のスマホが鳴るけれど……トラブルとかじゃないよな?
「もし暇ならバレー部に、ケーキ食べにこないかだ・っ・て!」
 えっ? まだなにか食べる気なんですか?

「いきます!」
 高嶺(たかね)が即答すると。
 玲香(れいか)ちゃんが、都木(とき)先輩と三藤(みふじ)先輩を順に見て。
「『ほかの用事』もあるし、ちょっと寄ろうかな」
 そう答えたあとで。

「昴君はどうする?」
 なぜかまた都木先輩と三藤先輩を見ながら、聞いてくる。
「女子バレー部なので……やめとこっかな」

「ま、懸命だね」
 玲香ちゃんは、僕の返事には満足したようで。
「『わたしたちは』食べにいこっ!」
 そういって、『また』都木先輩と三藤先輩に視線を向けてから。
 あとのふたりとおしゃべりをしながら歩き出した。


 一瞬、放送室が静けさに包まれる。
 それから、とても小さくため息をついた三藤先輩が。
「きょうの洗い物当番……随分と失礼よね」
 そういってから、みんなの湯呑みを集めはじめる。

「あ、先輩は休憩していてください」
 交代しようと思って声をかけると
 先輩はチラリとこちらを見て、今度はため息のようなものを飲み込むと。

海原(うなはら)くんは……美也(みや)ちゃんを送ってあげなさい」
「へ?」
「クリスマスなのでしょ、それくらいしてあげたらどうかしら?」
 じっと僕を見てから、再び湯呑みを集めだす。


「いいから、わたしは気にしません」
 三藤先輩はそう告げると。
 背を向けて、洗い物の入ったカゴを持ち上げる。

「あ、あの……」
 やっぱり洗ってきますと、言葉をかけようとした僕のブレザーの裾が。
 控えめにちょこんと引っ張られて。
 振り返ると、都木先輩が。

 珍しいことに少しだけ上目づかいに僕を見ていて。

「……お願いします」


 ……とても小さな声で、そういった。





 ……わたしがいつもより、ずっとゆっくり歩いていることに。

 海原君は、すぐに気がついた。

「あの……都木先輩。急がないと講習、まにあいませんよ?」
「えっと、次のは正直……出なくても問題ない、かな?」
「……えっ?」

 わたしの返事に、海原君は少しだけ首を傾けてから。
「先輩でも……サボったりするんですね」
 いかにも意外だという声を、わたしに向けてくる。

 確かに……サボっているといわれると。
 なんだかいけないことを、しているみたい。
 でも、内容的にほぼ理解できているのは事実だし。 
 それより、ゆっくり歩いているその理由について。

 ……どうしてなのか、考えてくれないの?


「まぁ、講習ですもんね……」
 わかったような、わからないような返事だけれど。
 教室にいけとまでは、いわないでくれるらしい。

 サボりといわれて、同じ言葉を返したくなったわたしは。
「でもわたし。一年生のときは海原君より、真面目に授業出てたけどな〜」
 話しを彼に向けてみると。

「い、いえ。僕もちゃんと出ていますよ」
「でもたまにサボってない?」
「そ、それはだって……」

「『放送部』だからだね」
「『放送部』だからですよ」

 たまたまわたしたちの声が、重なって。
 思わずふたりの視線も、重なった。



「あ……」
 照れ隠しに、急いで落とした視線の先が。
 海原君のブレザーの腰ポケットの、小麦粉の(あと)へと向かう。
「あれ? きょうもクッキー焼いたの?」
 話題を変える、いいチャンスだ。

 彼もわたしの視線に気がついて。
「あぁこれは……朝から藤峰(ふじみね)先生の不始末を手伝わされたんです」
 また不思議な説明を、はじめだす。


 どうやら佳織(かおり)先生が、通販で数量を『また一桁』間違えて注文したらしく。
 玄関ホールに山積みのままだった小麦粉袋を発見して。
「うちはパン屋じゃないのよ! 説明会の日でしょ、早く移動して!」
 寺上(てらうえ)校長が慌てて運ぶように指示したらしい。

高尾(たかお)先生は、司会の準備で動けないから。結局玲香ちゃんと僕が手伝いました」
「それで、その小麦粉はどうするの?」
「藤峰先生が、この際パンを焼くんだとうるさくて……」
 でも玲香が、学校のオーブンで大量に焼くのは無理だとなだめたあとで。
 三学期の調理実習で、『蒸しパン』を作ることにしたらしい。

「そっかぁ。じゃ、先生は助かったね」
「いえ、そこは校長からのペナルティっていうことで」
 使い切るまでは、精算しないからと。
 しばらくは佳織先生の『自腹』になるらしく。
 先生が、『これじゃ年を越せない』とかうるさくて。 
「ほんと、嘆たいのは。こっちですよね……」
 海原君が大げさに、ため息をついてからわたしを見る。

「それにしても玲香って、ほんと色々知ってるよね」
「あ、いえ。今回は玲香ちゃんじゃなくて」
「まさか、海原君のアイデアなの?」

 彼と話すのは、いつも楽しい。
 でも、自分から聞いておいてなんだけれど。

 ……いつも女子の話しが、多いんだよねぇ。


「とおりがかったダンス部の子が、一日料理教室で習ったって」
「えっ?」
「男子でも作りやすいからオススメだと。レシピもくれることになりました」
「ふ〜ん」

「えっ? どうかしましたか?」
「別に〜。なんでもない」
 わたしはそういうと、サッと海原君のブレザーの裾をつかむと。

「クリスマスなのに『女子のお世話ばかり』、ご苦労さま」
 そういって少しだけ強めに。
 落ちていない小麦粉を落とそうと、あえてパタパタとやってみる。


「あ、ありがとうございます……」

 きちんと嫌味が伝わったかどうかは、極めて怪しいけれど。
 ただその表情が、『世話をされて』少し照れてくれた気がしたので。
 それだけで、そこそこ機嫌を直せてしまったわたしは。


 ……ニコリと笑って、彼を見た。