世間ではクリスマスと呼ばれる、その日。
 きょうも僕たちは、朝から説明会の『ノルマ』を淡々とこなして。

 悟りの境地に似た気持ちで、静かなお昼どきを迎えようとしている。


「遅くなって、ごめんね!」
 都木(とき)先輩が、講習の終わりが延びたといいながら。
 少し頬を赤くして放送室にやってくる。

「……それでは、いただきましょうか」
 三藤(みふじ)先輩が、完璧なタイミングで都木先輩の湯呑みを置くと。
「いただきます」
 みんなの声が、きれいにそろう。

「クリスマスなので……唐揚げを用意したのだけれど……」
 なるほど。
 三藤先輩のおかず入れが、いつもの倍のサイズだったのはこのためらしい。

「うわっ! 唐揚げというより、フライドチキン!」
 高嶺(たかね)がすかさず、狙いを定めたのだけれど。
「いただき・ま・〜・す!」
 波野(なみの)先輩の動きのほうが、更に早かった。


「まぁチキンは、月子(つきこ)が絶対持ってくると思ったからね」
 玲香(れいか)ちゃんが、軽く咳払いすると。
「開けたい人、いるかな?」
 そういいながら僕の目の前に。
 いつもと違う柄のお弁当包みを差し出してくる。

「ハイっ!」
「ダメっ!」
「開けるっ!」
 高嶺と玲香ちゃんと、波野先輩の声が交錯して。

「……失礼します」
「えっ……月子?」
 三藤先輩が手を伸ばして蓋を開けると。
 目に飛び込んできたのは……雪だるまの形をした稲荷寿司だ。

「どうかな……(すばる)君?」
 玲香ちゃんが、朝の電車が眠そうだったのは。
 もしかしてこのせいだったのか。

「ねぇ、昴君。どうかな?」
 眠たそうだね、では怒られそうで。
 かといって、いただきますでは。
 さっきいったので……しつこいと怒られるだろう。


「うん。稲荷寿司、だね」

 ……蓋を、黙って閉じられた。



「バカだよねぇ〜」
「ありえ・な・い・ね!」
 高嶺と、波野先輩に好き勝手いわれながら。
「あ、そういえばママがね! 海原(うなはら)君にって、はい!」
 先輩がローストビーフのサンドイッチだといって、食べ物を分けてくれる。


「まぁ、一応……わたしも持ってきましたけど」
 今度は高嶺が。
 コンビニで買ったというシュークリームを、みんなの前に並べていく。
「アンタにはこれ」
 何種類かあるらしい中で、僕の前に『だけ』いちごクリーム味が置かれると。
「なんか海原君、ひとりだけ違・う・ね!」
 波野先輩が目ざとくそれを指摘する。

「ふ・〜・ん」
 もしかして波野先輩は、三藤先輩と同じ抹茶味が苦手で。
 さりげなく替えてくれとアピールしているのだろうか?

「あの……よかったら替えましょうか?」
「えっ?」
 いまの声は……高嶺?
「ち、違うよ。そういうわけじゃなくてね!」

 波野先輩の視線が、高嶺の顔を見たあとで慌てて僕に告げると。
「やっぱアンタってバカだよねー」
 なぜか高嶺が、そういってプイと横を向いたけれど。

 ……いったいいまのは、なんだったんだ?


 それから……都木先輩が……。
「ご、ごめんね! さすがに作る余裕はなくてっ!」
 そういいながら、机の上に。
 トナカイの形のチョコレートを、列を作るように並べはじめる。

美也(みや)ちゃんは受験生だから気にしないで!」
 波野先輩がそういうと。
「それよりかわ・い・い・〜!」
 トナカイを手に、目をキラキラとさせている。


 なるほど、母親が今朝。
 これでも持っていけといった意味がやっとわかった。

「あの……実はですね……」
 おかずというか、食べ物の交換。
 きっとクリスマスの定番かなにかで、みんなが持ち寄って楽しむのだろう。

 若干クリスマスには渋めではあるけれど。
「いつもはうさぎの形なんですけれど」
 いまの時期だけ、饅頭が『トナカイの形』をしていたからと。
 僕は母が買ってきてくれていた和菓子を、みんなの前に差し出した。

 ……のだけれど。

「えっ……」
「トナカイなの?」
「トナカイが……ふたつ?」
「なんでそ・ろ・う・の?」
 都木先輩以外が、一斉に声をあげて。

「……はい?」
 僕は、そのリアクションの意味が。


 ……まったくわからなかった。





 ……お饅頭は、和菓子。チョコレートは洋菓子、だ・よ・ね?

 どう見ても売っているお店も違うし。
 なにより海原君が、お母さんが買ってきたっていっていたから。
 別に『ふたりで買いにいった』わけではないのだろう。
 こんなことは、ただの偶然。
 ふたりが『トナカイ』だったのは……たまたまだと考えるべき。

 でも、わたしは。
 いや、ほかのみんなも恐らく思ったはず。
 だって……クリスマスの日の『偶然』って。


 ……自分以外だと、ちょっと嫌だもん。


 だからわたしは、迷うことなく。
「かわいいから、先に食べちゃおっ!」
「えっ、姫妃(きき)?」
 美也ちゃんのトナカイを、真っ先に食べてしまう。

「なんだか、デザートがいっぱいになったね〜」
 そういう玲香は、本心ではどう思ったの?

「ふーん、トナカイがふたつかぁ〜」
 由衣(ゆい)はもしかして、正面勝負するつもり?

「……それよりわたしのチキン、そろそろ食べてもらえないかしら?」
 ちょっと訂正。
 いまは月子のほうが……正面突破を仕掛けている。


 ただ美也ちゃんは、特になにもいわなかった。

 でもわたしの目は、美也ちゃんが。
 トナカイのお饅頭を……そっと手に取ると。
 とても愛おしそうに、自分のチョコレートの『隣に並べた』のを。


 ……決して見逃しは、しなかった。