……クリスマス・イブと呼ばれるその日。

 女子バレーボール部の対抗試合は、大いに盛り上がっているそうだ。

 伝聞なのは、放送部員は朝のうちに体育館のマイクなどの設営を終えると。
 あとは総出で『別のほう』に対応しているからで。
 貴重な昼休憩に、体育館まで観にいく余裕もないくらい。
 
 ……僕たちは、疲れ果てている。


 高校入試説明会、個別相談会そして校内見学会。
「前作の最後でも経験したでしょ! みんななら乗り切れるっ!」
 そういえば、ひとつ前の作品でも。
 いきなり附属中学校の説明会に駆り出されて。
 小学生相手に、似たようなことをさせられた。

「今度は中学生たちだし、相手にとって不足はないね!」
 藤峰(ふじみね)先生が、わけのわからない理屈を述べながら。
 なぜだか朝から張り切っている一方で。

「まぁ予定より、回数が増えちゃったよね……」
 意外なことに高尾(たかお)先生は。
 ちょっとだけ、罪悪感があるらしい。


 僕たちの『任務』は、いつのまにか『倍』に増えていた。
佳織(かおり)先生。二日間で四回って、いいませんでしたか?」
「結果的に、四回を二日間だね!」
「ダメだ……なんとも思ってない……」
 玲香(れいか)ちゃんが大げさにため息をつくのも無理はない。

 いわゆるインターネット受付の際に、設定する『枠』を間違えたらしく。
 参加受け入れ人数が倍になっていて。
 結果、八回も説明会をおこなうことになってしまった。
「それだけ人気があるのよって、校長は喜んでいたわよね……」
 三藤(みふじ)先輩は、すでにバテ気味で。

「まだあと六回も残ってるんでしょ……クリスマスだよ?」
 残りの回数を思って、波野(なみの)先輩がなかばヤケになっている。


「おっ! そろってバテてるね〜!」
 ニコニコ顔の春香(はるか)先輩が、いきなり放送室にやってくる。
「クッキー大好評だよ! やるよね『わたしたち』!」

 どうやら、放送部特製。華やかなパッケージと、味も形も抜群のクッキーが。
 対戦相手校の女子のみなさんの、度肝を抜いたようで。
 わざわざ僕たちに報告にきてくれたらしい。

「色々、頑張った甲斐があってよかったです……」
 休みたい感じの先輩たちに変わって、僕が代表してそう答えると。
 春香先輩が腰に手を当ててから、得意げな顔で。
「まぁ『丘の上バレー部特製』だからね!」
 高らかに、なにか勘違いした感じのことを宣言する。

「あれ? どうかした、海原(うなはら)君?」
 空耳だと思いたかったけれど、そんなことはないらしく。
「ちょっと……陽子(ようこ)?」
「ん? どうした月子(つきこ)?」
「あなたそれ……本気でいっているの?」
 三藤先輩の目に、怒りの炎が燃えはじめて。

 このままでは友情が崩壊する、そんな歴史的瞬間の目撃者にはなりたくない。
 そう思った僕は、玲香ちゃんに助けを求めようとしたのだけど。
「あのさぁ……」
 あぁ、玲香ちゃんの目も……座ってしまっている。

「手柄横取りとか、サ・イ・ア・ク!」
 波野先輩、怒らないで!
「ま、まぁまぁ……ちょっと陽子も冗談いい過ぎだよ?」
 講習のお昼休憩を兼ねてきてくれているのに。
 都木(とき)先輩が心休まるまもないくらい慌てて、とめようとしたそのとき。


「陽子ちゃん……」
 もうひとり、怒りに震えるモンスター。
 いや、高嶺(たかね)が。
 椅子からゆっくりと、立ち上がる。

 ま、まずい。
 クリスマスイブとか呼ばれるその日にも関わらず。
 このままでは放送室に、血の雨が降り注ぐ。
 僕が慌てて、割に合わないけれどあいだに入ろうとしたところ……。


「喜んでもらえてよかったです!」
「えっ?」
 あ、あの高嶺が……。
 ニコニコ、してる?

「誰かの役に立てるって最高ですよね! これぞ『丘の上』の誇りです!」
 お昼の弁当に、笑い茸でも入っていたのだろうか……。
 完全に、仏の笑顔みたいなアイツが。
 ニタニタしながら、みんなを見る。
 いったいどうした?
 なにかつらいことでもあったのか?

「じゃ、先に歯磨きいってきま〜す!」
 陽気なアイツは、そういうと。
 鼻歌を歌いながら部室を出る。

「ねぇ、由衣(ゆい)どうしちゃったの?」
「どこかに頭でも打ったのかしら?」
「それとも……ついに壊れちゃったのか・な?」
 誰にも、その理由がわからないまま。

 ただ、そのお陰というか。このドサクサに紛れて。
「じゃ! 午後もお互い頑張ろっ!」
 春香先輩は元気な声で、そういうと。
「へへっ、ちょっとふざけ過ぎたかな?」
 都木先輩と僕にそうつぶやいてから。

 ……その隙に、体育館へと戻っていった。





 ……午後最初の校内見学会を終えても、わたしはご機嫌だ。

 みんなは驚いてるようだけど、たまにはそれも心地よい。
 だってね、わたし。

 
 ……きょう『高嶺先輩』って、何度も呼んでもらえたから。


 このあいだ、みんなが励ましてくれたのもうれしかった。
 そして改めて、気がついた。
 みんなは、わたしの『先輩』で。
 きょうここにきている中学生たちは、来春……わたしの『後輩』になる。

 ……すっごく当たり前のことなのに、高校にきて忘れていた。

 午前中の最初の回で、全然知らない中学の子たちがわたしを。
『先輩』と呼んでくれて。
 ついでに、名前を教えたら。
『高嶺先輩』だって……!

 この先、先輩と同級生しかいない生活が変わっていく。
 そう思った、わたしはこのとき。

 ……単純に、ワクワクしていた。


「あの……『放送部の先輩』でいらっしゃいますよね?」
 だから、わたしは。
「はい!」
 わたしに声をかけてきた次の子にも、明るく答えて。

「あ……うん! そうだよ!」
 なんの疑問も持たずに、『聞かれたこと』にも返事をすると。

 それからまた、別の子の相手に向かっていった。





 ……こうして、クリスマス・イブと呼ばれる日はなんとなく過ぎていった。

 よくわからない部活をして。
 いつものみんなと過ごして。
 帰りの放送室で、余分に残しておいたクッキーを分け合って。
 ついでに家に持ち帰ったそれを、僕はダイニングテーブルに置いておく。


「あら? ……誰かからの、いただきもの?」
「もらったんじゃなくて。放送部で焼いたやつだけど?」
 そう答えた僕を、母親はチラリと見ると。

「まぁ、まだ『イブ』ですものね」
 そういってから、遠慮なくいただきますと両手を合わせる。
 一枚口にしてから、また一枚。
 ついでに、父に一枚を渡すと。

 母はその表情で、十分に満足な味だと僕に告げてから。
 最後に、誰に聞かせるわけでもなく。


「それにしても、随分と『複雑な』味よね……」


 ……そうつぶやいたように、僕には聞こえた。