……三人の姿を、僕はしっかりとこの目に焼き付けた。


 僕の先を、常に歩いてくれていた三人が。
 この機器室でそろうことは、この先ない。
 大袈裟だと笑う人はいるだろうが……それは事実だ。

 同時に、こちらに向かってきているあとの四人がそろうこともない。
 当たり前なのだけれど、本当に。
 誰かが『いなくなる』のは僕にとって。
 いや、放送部にとって初めての経験で。

 ……自分が思う以上に、心にぽっかりと穴があいていたことを理解した。


 このときの僕は、異常なほど感覚が研ぎ澄まされていて。
 四人がこちらにやってくる。
 その静かな足音さえも……完璧に把握できていた。





 ……海原(うなはら)君が、扉を開けてくれたあと。真っ先に返事したのはこのわ・た・し。

「お帰りなさい」

 そのひとことを聞いて、わたしたち四人だけじゃなくて。
 中にいた三人も、一瞬固まった。

 だって、海原君がね……。

 少し泣いていた気が、したもんね。

「うん! た・だ・い・ま!」

 わたしは、女優だ。
 波野(なみの)姫妃(きき)という女優はね、これまでたくさん。
 泣いたり笑ったりする練習をしてきたから。


 ……海原君の気持ちが、よくわかるんだ。


「ほ・ら、海原君!」
「えっ?」
「いいから早く、重た・い・の!」
 わたしはそういって。
 海原君に、一気にすべてのマイクやヘッドセットを渡していく。

 だって……そうでもして彼の両手をふさがないと。
 いまなら本気で。
 誰かが海原君を、抱きしめにいってしまいそうだったから。


 ……海原(うなはら)(すばる)は、譲らない。


 たとえ強力なライバルがいるとしても、わたしは負けない。
 だからいまのわたしは、結構ご機嫌だ。

 だって、わたし。
 さっき真っ先に、誰より一番に……。
 海原君に、お返事したから・ね・っ!





 ……陽子(ようこ)夏緑(なつみ)は、バレー部に無事『返品』した。

「練習したいんでしょ、練習?」
 姫妃が、目をキラキラさせながら。
「い・い・よ・ね、海原君?」
 昴君に前に進めと……仕切っていて。

 ……悔しいけれど、わたしもみんなも。あの強引さに、救われた。

「な・に? 玲香(れいか)?」
「ううん。姫妃って計算高いなぁって思っただけ」
「なんかそれ、結構失礼じゃない?」
 そういいながら、笑顔でわたしを見られるあなたは。
 やっぱり色々、強いよね。


「いいから玲香。一緒にスイッチ拭かない?」
 美也(みや)ちゃんは、こういうときにやっぱりおとなで。
 いつも以上に、ていねいに掃除をしながら。
 自分の心を落ち着かせているのだろう。

 逆に由衣(ゆい)は先程から、ムキになって窓を磨いている。
「だって、ジャムついてたんですよジャム!」
「そこにあなたが頭をぶつけたから、皮脂汚れも増えたわよ……」
月子(つきこ)ちゃん! そのいいかた失礼じゃないですか?」
「事実でしょ。ほら、ここと、その上と……あら、随分と多いわね……」
「うわっ。感じ悪っ!」

 この空間は、ある意味で『穏やか』で。
 確かに寂しくなったけれど、それでもまだなお。

 ……あたたかくて、心地よい。


 ふと、昴君と目が合った。
「……玲香ちゃん、なんだか楽しそうだね?」
「そう?」
「えっ、違った?」
「う〜ん、えっとねぇ……」

 楽しいは、ちょっと違うかもしれないけれど。
 ただわたしは、昴君が前を向いて進んでくれるのなら。

 ……ただそれだけで、満足なのかもしれない。



「あのね、わたし……」
 ひとしきり片付けが終わり、落ち着いたあと。
 美也ちゃんが、みんなに向かってなにか聞きたげで。
 モジモジしているのが、とってもかわいい。

「……受験は受験ですよ」
 こういうときにすぐ反応できるのは、やっぱり月子だ。

「えっ、じゃぁ?」
「別に、部長はいつまでもいて欲しそうですし。ご自由にどうぞ」
 ちょっと皮肉というか……。
 もしかして、いまのって嫌味なのかな?

 月子が、美也ちゃんに。
 別に無理に、引退したと考えなくてもよいと伝えると。
 なぜか美也ちゃんが。
「玲香、迷惑かな?」
 わたしに聞いてきたけれど……それってどういう意味ですか?

「……それも、月子に答えさせません?」
 その答えは、『なにに対して』が難しいから。
 わたしは答えることを、避けることにした。


 わたしたちの恋は、半分『保留』みたいな状況だと。
 そう思いたいわたしは。
 どうかこのままクリスマスが、無事に過ぎて。
 そのまま穏やかな新年へと向かいますようにと。

 そんなことを考えていたのだけれど……。


「そういえば! あの……『クリスマス』ですけれど……」


 ……まさかの、昴君が……いいだした。


「え・っ?」
「アンタ、なんのこと?」
「どうしたの、海原君?」
 隣で無言の月子以外は、驚いて。

「……どうかしたの、玲香?」
 ようやく月子が、さも当然かのような顔でわたしを見る。

 ま、まさか……。
 まさか『月子と』、予定でもあるの?


「……たくさん『予定』はあるわよ。手分けしながら準備が必要ね」
「えっ?」
「ただ美也ちゃんは受験生ですので、勉強してください」
「あ、そっちかぁ〜」

 放送部の仕事ではないのに、なぜか学校に用事ばかりあると。
 月子が口頭で、校長からの頼みごとをスラスラと伝えてきて。

 ただ、おかげで。
 幸か不幸かクリスマスイブも当日も。
 みんなで取り組む予定があると、改めてわかってよかった。

 だからわたしは、ある意味『余裕』のある心で。
「じゃぁみんな、しっかりやろうね!」
 そんなふうに、声をかけたのだけれど……。


「あの、すいません。『予定』はそれでいいんですけど。『個人的なこと』が……」
 昴君が再度、クリスマスについて蒸し返してきて。
 おまけに、『個人的なこと』って……なにそれ?


 さすがの姫妃も、顔が少しひきつっていて。
 わたしと目が合うと、『なにかあるの?』と聞いている。

 わかったようなわかっていないような、月子。
 とってもわかりやすくあわてている、美也ちゃん。
 わたしとのことじゃないんだけどと、不満げな由衣。

 ただ、昴君にそんな『気持ちの揺れ』などわかるわけがなくて。
 真顔で……わたしたちに。


「サンタクロースさんへのお願いって、なににしましたか?」



 ……間違いなく。そう聞いてきた。