……入学したての春、あの並木道での『出会い』から。

 僕自身の高校生活は、まだ全体の三割しか過ぎていないのに。
 放送部のおかげで、とても『濃い』時間を過ごせている。


 ……ただ初めての『別れ』が続いて、戸惑っていると。


 僕は正直な気持ちを、言葉にした。


「……わたし、ここに残ればいいのよね?」
 三藤(みふじ)先輩が小さくつぶやいてから、席に着いてくれたものの。
「その代わり、サブのサブよ」
 でも、譲れないこともあるらしい。


「ね、ねぇ海原(うなはら)くん。わたしって、『紳士協定』的にどんな立場なの?」
 遠慮がちな声の、都木(とき)先輩に聞かれた僕は。
「本人だけが引退したつもりの、三年生現役部員ですけど?」
 そう答えると同時に。
 ただ先輩の担任には一応、断りを入れてきたと添えたところ。

「そっか。じゃ、遠慮はいらないね!」
 都木先輩は一気にいつもの明るい声に戻ると。
「メカチェック、右上からいきます」
 きれいな指をまっすぐに伸ばすと。
 愛おしそうに、スイッチの確認をはじめだす。


「……よし、わかった」
 春香(はるか)先輩は、そうつぶやくと。
「『部長』、インカムチェックして」
 そう指示を出してから、思い出したように僕たちをまとめて見ると。
「そっか。ここって『部長』ばっかり、三人もいるんだよね」
 そういって、笑顔になった。


「えっと……解説しますと。ここには都木元部長、三藤前部長、あと僕も……」
「どうでもいいからアンタ! 準備しなよ!」
 インカムの向こうから、高嶺(たかね)が叫んでくる。
「そうだよ、海原君はこの先も部長だから……」
 玲香(れいか)ちゃんが、いいかけたところで。
「よ・ろ・し・く・ね・ー!」
 波野(なみの)先輩が、言葉を被せてくる。

「あれ、それで鶴岡(つるおか)さんは?」
「ウナ君、ここ!」
「あのさぁ〜、もう始めていい?」
「えっ……」
 僕が、慌てて窓からステージのほうを確認すると。
 本日の司会・藤峰(ふじみね)先生が、演台のうしろにしゃがみこんで。
 鶴岡さんとふたりで、僕たちの会話を『盗聴』している。


「つぼみ先生と理事長が、海原君が『覚醒』したって喜んでてね〜」
「えっ?」
 もうひとりの司会・高尾(たかお)先生はどこにいるんだ?
「校長とふたりで、インカム振っているわよ」
「えっ……」
 確かに司会台のそばにいるけれど……もうひとりは?

「インカムで聞いてみろといわれたが。その甲斐があったなぁ」
 げっ……!
 理事長の鶴岡(つるおか)宗次郎(そうじろう)が、機器室にっ?
「おぉ、『紳士協定』に反するかの?」
「い、いえ。お立場的には……」

「いいや、ここはな……」
 理事長は、そこでいったん言葉をとめてから。
「放送部のもんじゃよ」 
 そういって、笑顔になって。
「次は隅っこの座席で。寺上(てらうえ)先生の話しでも聞いてみるかのー」
 軽く右手を挙げて、消えていった。


 藤峰先生が、ステージ中央でなぜか拡声器をふたつも持って。
「はい、お偉い先生たちが講堂に入りますよ。終業式モードに変身!」
 会場の生徒たちに、号令をかけている。


「……ウナ君、えっと。『先生たちの』都合で、三分遅れでスタートお願いします」
 鶴岡さんが、スケジュールの更新を告げると。
「どこかの誰かさんの、話しが長かったなんて、い・わ・な・い・よ・ー!」
 な、波野先輩……?
「『(すばる)君の都合』じゃないってことに、してもらえたねっ!」
 玲香(れいか)ちゃんが、ニコリとしてから。
 ステージ脇で、合図をくれる。
 あぁ、思いっきり迷惑をかけてしまった……。


「そんなの、いつも迷惑かけられてばっかりだから気にしないの!」
「えっ?」
 振り向くと、春香先輩が。
 余裕たっぷりに、親指を立てている。

「そうね、たまにはいいわよ。海原くん……」
 三藤先輩が、僕を見守るような目をしながらそういうと。
「散々振り回されているから、海原君はそれでいい!」
 都木先輩が、背中を向けていてもわかる明るい声で。
「だからこのあとは……まかせといて」
 準備は完璧だと、教えてくれる。



  ……あぁ、やっぱりこの部活は最高だ。



 そう思った僕が、はじめましょうと心で答えて。


 カチ、カチ、カチ……。
 みんなの心がそろった三カウントを、数え終えたその瞬間。


 この上なく、完璧な音量で。
 司会の先生たちの声が講堂の中に。

 ……やわらかく、包み込むように広がっていった。





 ……美也(みや)ちゃんと、月子(つきこ)。そして海原昴の視線を感じながら。

 終業式はなんの機器トラブルもなく、無事に終わった。

陽子(ようこ)、お疲れ」
 引退した『はず』の美也ちゃんが、真っ先にわたしに握手を求めてくる。

「海原くんがいったでしょ。陽子と違って美也ちゃんは、『まだ』部員のままよ」
 当然のごとく、わたしの心の中を読んだのだろう。
 相変わらずひとこともふたことも多い月子が、サラリというと。
 珍しくわたしたちの手の上に、そっと両手をのせてくる。


「……陽子、いままでありがとう」
 藤色の瞳が、まっすぐにわたしを見つめてきて。
「そうだね……ありがとう」
 笑顔の美也ちゃんと、もう一度目があって。

 そこでわたしは、はじめて自分の両目から。


 ……涙があふれていたことに、気がついた。





 ……同じ頃、舞台袖で。

 わたしは由衣(ゆい)がグイグイ当ててくるハンカチを、涙で濡らしていた。


夏緑(なつみ)、お疲れ」
「あとは、まかせと・い・て!」
 玲香ちゃんと姫妃(きき)ちゃんは、由衣にわたしを預けると。
 ふたりでせっせと、ステージの片付けをしてくれている。

 由衣の押す力のせいで、目がちょっと痛いけれど。
 時折聞こえる鼻をすするような音が。
 泣いているのは、わたしだけじゃないと教えてくれる。


 放送部で……いや、そもそもこの学校で。
 自分の気持ちがこんなにも揺さぶられるとは、思ってもいなかった。

 一気に近づいたみんなから、離れる選択をした。
 そんな自分の判断を……少し疑ったこともあったけれど。
 わたしのすぐ隣で、色々と踏ん張っている由衣の存在を感じて。

 ……やはりこの決断は間違っていなかったと、わたしは思った。




 それから四人で、講堂の機器室への階段をのぼっていく。
 中のようすがわからないので。
 できるだけ静かにいった……はずなのに。
 それでも、あの『彼』にはわかってしまうのだろう。

 完璧なタイミング、扉が開く。
 きっと『お帰りなさい』と迎えてくれるのは、ウナ君で。
 わたしは頑張って、『ただいま』と笑顔で返事をする。

 そこまで、ちゃんと頭の中でシミュレーションしていたはずなのに……。
 ウナ君の姿を見て、わたしは。


 ……思わずその場で、固まってしまった。