……みんなが、相談して決めてくれたことだと知った僕は。

 その気持ちが、なんというか。


 ……月並みな表現ではあるが、うれしかった。


 放送室で目立って『大きな変化』が、あったわけではない。
 ただ、『席替え』をしただけだ。

「あしたからも毎朝、くじ引きで決めるからね!」
 高嶺(たかね)が、やけに自慢げで。
「ま、月子(つきこ)が最大の難所だったけれど合意した」
 波野(なみの)先輩が、サラリと舞台裏を伝えてくれて。
「それだけだけど、気分転換になるよね?」
 玲香(れいか)ちゃんの指摘は、もっともだ。

「わたしは……まぁ受験生だから。固定席だけどね」
 都木(とき)先輩は、そういうと。
 追加で運び入れたらしい、専用の机の隣でほほえんでいる。

「……どうかしら、海原(うなはら)くん?」
 三藤(みふじ)先輩が、一番遠い席から僕に質問してきて。
「みなさんの気持ちが、よく伝わりました。ありがとうございます」
 僕はそう答えて、みんなに頭を下げた。


 ただの席替えだと、思うかもしれない。
 でも、少しだけ気分を変えて。
 あとは、いままでどおりに過ごしていく。

 僕たちらしい進みかたで。
 あたたかい選択だと。
 僕の中ではとても……しっくりとくる『変化』だった。





 ……はっきりと、口に出すかどうかの違いで。

 とっくにみんな、海原君が好きなのだと。

 随分前からわかっていたことを。
 きょうわたしは、改めて理解した。
 海原君がやってくる前のわたしたちは。


 ……実は結構、もめたのだ。


美也(みや)ちゃん、どういうことですか?」

「え、でも玲香。さっきの姫妃(きき)の案より、ましだと思わない?」
「美也ちゃん、ひ・ど・い・っ!」
「でも美也ちゃん、勝手に進めないでください!」
「いや、由衣(ゆい)こそ話し聞きなよ!」
「もう……美也ちゃんも少しは譲らないと」
「月子こそ、わたしを責める前にできることあるんじゃない?」

 なにを話し合ったかは、わたしたちのだけの秘密だけれど。

 ひとりひとり、アプローチの方法は違っていて。
 ただひとつ。
 弱っている海原君のために、なにができるのかと。
 みんなが真剣に、考えた。


 ひとしきりもめたあとで、わかったことがある。
 きっとわたしたちがひとつになれば、絶対に海原君を幸せにできるだろう。
 逆にいえば、すべてをひとりで揃えないと。
 自分『だけ』のものにはできないのだと思うと。

 ……彼は結構、わがままな人だという気がしてきた。


 そう思うと陽子(ようこ)の存在って、意外と大きなものだった。
 まぁ夏緑のそれは……未知数だけど。
 それでも、短期間で海原君の心に刺さるものがあったはずだ。

「ねぇ、もしかして(すばる)君ってさぁ……」
「『失恋』、したんじゃないの?」
 玲香と、姫妃も気づいたらしい。

「たまにはそれも、いいんじゃないですか?」
 由衣の意見に、わたしも賛成だ。

 なにかと振り回される、『この気持ち』を。
 海原君自身が味わってみるのは、悪いことじゃないと。
 そんなことで、盛り上がった。


「……ただ結局。席替えからはじめるのよね」
 とはいえ、月子だけは相変わらず独自路線で。
 わたしたちにしては珍しい。ちょっとした『恋バナ』には直接乗らず。
 不満そうな顔で、あえて混ざってくる。

 しかもその視線の先が。
 席替えのときに月子に向かって、彼の隣を固定した覚えなんてないと。
 はっきりと口にした『あの子』のほうをわざわざ向いていて。
 わたしにはなんだか、その姿が。

 ……なんとも愛くるしく、思えてしまった。


「美也ちゃん、年上ぶるとあとで痛い目にあいますよ」
 おぉ、こわっ。
 でも、そういってからほほえむ月子ってなんだか。

 ……前よりもっともっと、きれいになったよね。





 ……春香(はるか)先輩と鶴岡(つるおか)さんに、僕が『失恋』した?

 実は放送室が、にぎやかすぎて。
 扉をノックしようとした少し前に、聞こえてしまったのだ。

 だから一度部屋から離れて。
 それからしばらくして、戻ったのだけれど……。

「どうしたの、海原君?」
 一番近くに座る波野先輩が、声をかけてくる。
「あ、いえ。書類がちょっと気になって……」
 我ながら、下手ないいわけをしてしまったところ。
「まったく。姫妃の揃えた順番が違うのよ」
「もう月子! 端から出てこない・の・っ!」
「そうだよ月子、担当奪わないの!」
「でもこれ、確かにバラバラすぎるかも……」
「ちょ、ちょっと玲香も由衣も『参戦』しないでっ!」

 あぁ……都木先輩まで巻き込んでしまった……。


 ただ、そのとき。
 換気のために開けてある、窓の向こうに見えるカエデの枝が。

 ……穏やかに揺れて、あることを僕に教えてくれた。



「ちょ、ちょっといってきます!」

 僕にしては、珍しく。
 みんなの返事を聞かずに、放送室を急いで出ると。
 階段をおりて、渡り廊下に出て。
 その先も僕ひとりで、進んでいく。


 向かった先の『その人』も。
 僕が『単品』で会いにきたのが、珍しかったようだけれど。
 理由をいうと、快諾してくれた。

「なんか海原君なのに、気がきくときとかあるんだね!」 
 僕の妙な評価が、あちこちに浸透しているのは複雑ではあるけれど。
「よろしく願いします!」
 おかげで方向性が間違っていないと、教えてもらえた気がして。

 僕の『失恋』というか、寂しさとか喪失感の受け入れかた。
 もっといえば、ひとつの『終わらせかた』として。

 春香先輩と鶴岡さんがいない放送室を。


 ……受け入れる準備は、整った。