……人生、なにが起こるかわからない。
いや、まだわたし高校一年生だし。
それに作品に登場してから、まだちょっとだけしか経ってないのだけれど。
……でも。この波に乗ろうと、決断した。
「……な、夏緑?」
「なんですか、陽子ちゃん?」
「……えっ? 鶴岡さん?」
「どうしたの、ウナ君?」
わたしは、精一杯の感謝と笑顔を添えて。
この場にいるみんなに向かって、高らかに。
……女子バレー部に転部させてくださいと、お願いした。
「やる気は、十分です」
「よし! 勝つために練習しよう!」
わたしの、突然の宣言を。
陽子ちゃんは一瞬にして、受けとめてくれた。
「みんな、わがままを許して!」
「ウナ君、御恩は忘れません!」
なんか、わたしたちって。息がピッタリじゃない?
「ちょっと、あなたたち……」
「月子、親友は変わらない!」
かっこいい陽子ちゃんの言葉を、ここは真似しよう。
「ちょ、ちょっとふたりとも……」
「由衣は、放送部から抜けられないっ!」
あれ……?
ちょっと、真似するの失敗したかも?
これまでの憂いは、一気に消えたの。
わたしの生活が、一気に変わったんだよ!
……ねぇウナ君?
これって、誰のおかげか知ってるかな?
……おまけにね。
長いあいだずっとわたしを覆っていた、呪縛が解けたとき。
ウナ君が、余分なこと。
いってくれちゃったから……。
あのとき、涙があふれたわたしは。
思わずウナ君に飛び込みそうになってしまった。
でもね、代わりに。
月子ちゃんが、ギュッとわたしを抱きしめてくれた。
ちょっと意地悪な考えだけれど。
もしかして、あれはわたしの『進路妨害』じゃないかって思ったな。
だって月子ちゃんってば……。
最初は、ちょっとだけぎこちなかったけれど。
そのあとは、絶対わたしを離さない。
ウナ君には近づかせないんだって。
そんな意志を、感じちゃったから……。
それにね、このままだと。
わたしの中でも『なにか』がはじまりそうで。
そこから、もっと進んだとき。
……恋するだけでは、終われない。
そうなったら、さぁ大変!
だからわたしは。
一気に先回りして、陽子ちゃんの波に乗ってみる。
だからね……。
ちょっと格好つけて、いわせてもらうね。
……わたしの恋なら、終わらせた。
別に、次のアテなんて。
これっぽっちもないけれど。
『海原昴は、渡さない』
そんなこといっている、放送部のみんなの渦に飲み込まれるのではなくて。
わたしは……外から。
ワクワクして、眺めておくことにするねっ!
……わたしのせいで、ふたりが放送部を辞めてしまうの?
固い握手をしている陽子ちゃんと夏緑と、バレー部長がいて。
その姿を、アイツが無言で見つめている。
「由衣、決まったことよ。抗わないで」
その強い口調とは裏腹に。
わたしの肩に乗せられた月子ちゃんの手は。
やさしくて、見かけによらずあたたかい。
「しかたないね」
「いかせてあ・げ・る・か!」
玲香ちゃんと、姫妃ちゃんが。
わたしたちに肩を、当ててくる。
「ちょっと、近いわよ」
「もう月子、由衣が残れてうれしいくせに〜」
「ほんと、素直じゃないねぇ〜」
ふたりが、そう茶化したとき。
……月子ちゃんは、わたしの予想に反して。
「いなくなられたら、困るじゃない……」
そんなことを、つぶやいた。
意識せずに、涙が流れ出す。
「……泣くところかな?」
「泣くところだよっ!」
「そうね、たまには……」
静かに、わたしたちが涙を流すと。
バレー部の三人が、そこに混ざってきて。
ただひとり、アイツだけは。
……カエデの木のそばで、空を見上げていた。
……放送室の窓辺では。
先に戻った、佳織先生と響子先生。
そして勉強中だったわたしが。
並んでみんなを、眺めている。
「響子、寂しくなるわね……」
「でも佳織、応援しないとね……」
仲良しのふたりは最初。
顧問っぽいことをいっていたのだけれど。
「まぁ美也は、ライバル減ってよかったね!」
佳織先生がまたいきなり、とんでもないことをいいだして。
「こら! わざといわないのっ!」
響子先生は、叱るフリをして笑っている。
「いちいちふたりに、反応するのもなぁ……」
「えっ?」
「受験生いじめて、なにが楽しいんですかねぇ……」
「ウソっ!」
ただこのふたりは、たまに妙に純情だから。
「ごめん! 傷ついたよね……」
「パン食べよっ! 好きなだけあげるからごめんね……」
今度はなんだか、妙に慌てている。
「わたし……どちらの輪にも、入れないんですよ」
教師でもないし、来年はもう高校生ではいられない。
ひとりぼっちだと思うと、寂しくなる。
「学年の差って、残酷だよね……」
佳織先生が、わたしの頭を撫でながら慰めてくれようとするけれど……。
社会に出たら、あんまり関係ないよ!
あ、でもその前は大学生か……じゃぁちょっと。
いや、結構関係あるっけ……。
ううん、意外と平気じゃない?
「……もう! ただ混乱してるだけですか?」
色々な意味で、先生はわたしの『先輩』のはずなのに、
これで本当に頼りに、なるんだかどうだか……。
「応援してるよ! 受験も恋も!」
あぁ、でも。
その笑顔だけは本物だ……。
やっぱりわたしにとって、佳織先生って偉大な存在なんだ。
「わたしも、美也の受験を応援してる!」
そして響子先生って、ある意味では更に上をいく。
「響子先生の応援には、『恋』が入ってませんけどね」
「えっ……そうかな……?」
いや、わかってますけど。
そこ、否定しないんですか?
「まぁ『美也推し』なのは、わたしだけだからさぁ〜」
佳織先生が親友のピンチ、いや、真実をサラリといって。
「別に美也の邪魔とかまでは、しないけどね……」
響子先生は、『わたし以外』の誰かを推していると認めてしまう。
ほんとふたりって。
教師としては……規格外だ。
「美也はさ、きっと特別なんだよ」
未来に、その意味がわかったのだけれど。
このときのわたしは、まだ理解不足で。その代わりに。
「……譲りませんから、わたし」
部員のみんなには、直接いえないことを。
あえてここで、口にしてみた。
「いいねぇ!」
「強いよね、美也は」
なんだか、わたしたち。ちょっと調子に乗っている。
でもそれが、楽しくて。
「恋するだけでは、終われないんで……」
恥ずかしげもなく、そういって。
わざとらしく髪をながすと。
わたしは。
『向こう』でひとりぼっちの、海原昴に向かって。
……大好きだよと、ほほえんだ。

