「いや〜、助かったよ放送部っ!」

 頭にバンダナを巻いて、ジャージを着たその人は。
海原(うなはら)君、ほんとありがとう!」
 そういうと僕に一直線に進んできて。
「感謝してるよっ!」
 お礼がわりとばかりに、肩をバシリと叩いてくる。

「ちょっと、なんなのいきなり?」
 玲香(れいか)ちゃんが、代わりに聞いているけれど。
「まぁ、少しくらい大目に見てよね!」
 その人はちっとも、気にしていない。

 先の、学園祭。
 長岡(ながおか)(じん)先輩がまとめてくれていた体育祭実行員会で。
 会計を担当していた、女子バレー部の新部長。
 放送部の多くの先輩たちと同じ、二年一組のその人は。
 僕たちをぐるりと見回すと。

「みんな、ありがとう!」
 また、うれしそうに僕の肩を狙ってくるけれど。

 ……なんなんですか、そのハイテンションは?


「海原君、サーブの練習台とかになる約束でもしたの?」
 春香(はるか)先輩が、不思議そうな顔で僕に聞くけれど。
 もちろん、心当たりはない。

「じゃぁ、なんのハ・ナ・シ?」
 波野(なみの)先輩、それに隣で不審な目で僕を見ている三藤(みふじ)先輩も。
 僕じゃなくて……バレー部長に聞いてもらえませんか?

 ……と、思ったら。

「え? 聞いてないの?」
 バレー部長まで、僕に聞いてくるなんて……。
 えっと……心当たりって……。


「あ! 思い出しました!」
 そういえばこのあいだ……色々と寺上(てらうえ)校長に、まとめて頼まれた気がする。
「対抗試合、あるんでしたっけ?」
「そう!」
 あぁ。設営だかなんだか、頼まれたんだった……。

「そういえば、『別の予定』と一緒にあったわね……」
 三藤先輩も思い出したらしい。
 そうだった、僕たちは。
 放送部の『本業以外』が、忙しいんだった……。

「そんなときにすまない。でもありがとう!」
 素直に喜んでくれているのは、いいけれど。
「いやぁ。不戦敗とかを避けられたし、ほんと感謝!」

 なんだか、ポイントが違う気がするんだよな……。


「……ねぇ、ウナ君?」
 鶴岡(つるおか)さんが、僕にあっちを見ろと目で伝えてくる。

 あぁ、おしゃべりに夢中の先生たちのこと?
 まぁ、あのふたりは僕らの仕事が増えようと。
 一向に気にしないと思うけど?

「じゃ、なくてね……」
 その視線の先は、もう少し近くて。
 そういえば、いつになく静かなのが近くにいる……けれど?





 ……みんなの視線が、ゆっくりとわたしに集まってきて。

 すべてがそろった、その直後。

高嶺(たかね)由衣(ゆい)さん! これからずっと、バレー部でも大切にさせてもらうから!」
 部長が、わたしより先に言葉にしてしまって。

 わたしは、このとき。
「……ちょっと、前向きに考えてみるね」
 以前、『あの子』にそう答えて。
 そのままにしてしまっていたことを……心の底から後悔した。


 ……すごく、すっごく静かな沈黙が。渡り廊下を、覆い出す。


 誰かが……いや。
 わたしが、口を開くまで。
 この沈黙が続くんだと思った、そのとき。

「え、えっと……」
 自分の口で、説明しなければいけないのに。
「あ、あの。未確認情報なので……」
 アイツが、まずやわらかにそういったあとで。

「なにかの、勘違いじゃないの?」
 姫妃(きき)ちゃんが、ストレートに声にしてしまった。


「えっ……勘違い?」
 バレー部長が、同じ言葉を繰り返して。

「いや、前向きに考えるって聞いてたんだけど……?」
 そういいながら、わたしを見る。

 ま、まぁ。
 そういう解釈になっても、無理はないよね。


「あのね……それを『勘違い』というのよ」
 月子(つきこ)ちゃんの意見も、もっともだ。
 ただ……。

「もうひとり声かけてた子、もう別の部活にいっちゃったよ……」
 どうやら、幽霊部員はそれなりにいるけれど。
 実際のところは人数不足で。
 このまま不戦敗になったら、一気に廃部に向かってしまう。
 そんな危機感があるからと。
 本気でメンバーを、探していたらしい。


 ……きっと、『あの子』は。
 わたしに遠慮して、プレッシャーをかけたくなくて。
 そこまで、切羽詰まっているだなんていえなかったのだろう。

 どうしよう、わたし。
 とんでもなく甘く考えていた……。


 別に誘っていた子は、『前向きな子がいるなら』と。
 既にほかの部活で練習をはじめているらしい。

「あのね、事情はわかるけれど……」
 わたしの代わりに、バレー部長に粘ってくれている月子ちゃんの声が。
 会話を重ねるごとに、重たくなっていく。

 あぁ、わたし。
 とんでもないことを、してしまったんだ……。





 ……どんな手違いがあったのかまでは、わからないけれど。

「あの、すいません……」
 いつになく寡黙な、高嶺の顔を見て。 
 これは僕のせいでもあると、理解した。

「高嶺が、最近何度か僕に話しがあるといっていたのに……」
 それを、きちんと聞かなかったのは僕で。
 その結果招いたのがこの状況だ。

 かといって、すぐに名案があるわけでもないけれど。
 僕は高嶺に謝って、それから。
 バレー部の部長に向かって。
 どうにかするために、考える時間をもらえないかと。

 ……とにかく必死に、お願いしはじめた。





 ……『(すばる)』を好きになれた理由が、ここにあるとわかった。

「どうしたの、陽子(ようこ)?」
「ねぇ玲香……いま、わたしね……」

「……い、いや。海原君を責めたいわけじゃないんだよ」
 バレー部の子だって、わたしと同じで。
「でももし、もし勝てたら。勢いがついたり、ほかの子も変われるかなって……」

 ……『彼』にはつい正直に、色々と話してみたくなる。


「あの……もう一度。わたしからその子に、お願いにいかせてもらえないかしら?」
「月子! それならわたしも一緒に・い・く!」

 ……それになぜだか、『彼』のために手伝いたいと思ったり。


「えっと。僕が代わりに、試合に出るのは……」
「ねぇウナ君。女子バレー部だよ?」
「そっか、じゃぁバンダナ買いにいかないと! でも、お小遣いで足りるかな……」
「ねぇウナ君……ポイントはそこじゃないよ……」

 ……彼自身がありえないことを口にして、思わず周りが脱力する。


「昴君……試合は出なくていいから。部員集めの方法、考えよう?」
「う、うん。じゃぁまず、一年生の中で……」

 ……ねぇ、玲香。そしてみんな。



 だったら、お願い。

 なにかと起こる、このややこしい放送部と。
 あと……『海原昴』は。



 ……『残り』のみんなで、なんとかしてもらえるよね?



「……どうしたの、陽子?」
「あのね! みんなに、聞いてほしいことがある」



 ……わたしの恋なら、終わらせた。




 長岡先輩が過ごした、体育館へ。
 とっても遅くなったけれど。
 これからわたしは、その場所にいって。
 おんなじ空気を、吸いにいこう。

 だから、わたしはこのとき。
「あのね、みんな!」


 ……心を決めて、笑顔で宣言した。