……校長室で、三藤(みふじ)先輩と並んで腰掛けている。

「……そういうことで、あとは次の授業までご自由に」

 寺上(てらうえ)先生は、手元にあった飴玉を僕たちの前に並べると。
「三つくらいでいいかしら? 多いと虫歯になるわよね?」
 マスカット味がおすすめだと、教えてくれてから。
 ご機嫌に部屋から退出する。


「……どうして、こうなるの?」
 えっと、先輩。
 それは、テストの成績ですか?
 それとも、今後の予定ですか?
「トマト味とか、キャベツ味っておかしいわよ!」
 あぁ、飴玉の味ですか……。

 僕のそれは、キャロット味と。
 うげっ、なんでこれだけチキンカレー味なの?
「マスカット味以外、いただく気がしないわ……」
 三藤先輩がそうボヤキながら、僕のほうにほかの飴玉を寄せてくる。

 最近、先輩のキャラが少し変わってきた気がするけれど。
「なにか不満でも?」
「い、いえ……」

 ……口に出すのは、やめておこう。

「やっぱり、みんなへのお裾分けにしましょう」
 思い直したようで、先輩が。
 今度は飴玉を、かき集めはじめる。
「あ……」
 僕の分のマスカット味だけ、返してもらえないでしょうか……?


「そもそも、海原(うなはら)くん!」
 どうやら先輩は、忘れていたわけではないらしい。

「どうして昨日は、家にきたの!」
「……あ、あのそれは」
 校長室で話すにはどうかと思いつつ。
 説明するしかないと思った、そのとき……。



「……おぉ、ちょっと邪魔するぞ」
 今度は理事長が、現れた。

 キャベツ味の飴玉をなめながら。
 鶴岡(つるおか)宗次郎(そうじろう)が、チラリと机の上の『部外秘』の紙を見る。
「あ、それは……」
「孫が学年一位なんじゃろう? 海原君も、励みたまえ」
 順位じゃなくて、『部外秘』の存在そのものは気にならないのだろうか?

「しかし、ひどい味じゃのう……」
 理事長は、そういいながら。
「ほれ、君たちも遠慮せんでいいぞ。ワシは気にせん」
 僕たちにも飴玉を勧めてくる。

「ま、まぁせっかくですし……」
「そうね……」
 三藤先輩は、答えると自分のマスカット味を口に含んでから。
「はい、海原くん……」
 な、なんで僕のマスカット味じゃなくて。
 ここでチキンカレー味をすすめてくるんだ……。

「海原君、どうかしたか?」
「い、いえ……」
「相談したいことがあるから、聞くあいだにでもなめておきたまえ」
 いや、遠慮しているのは味のほうででしてって、ウエッ……。
 よく見れば、包装の裏側に。
 追加で『ザンビア風・スパイシー』って、書いてあるじゃないか……。
 ダメだ、入手経路はおろか。
 味の予備知識もまったく想像がつかないぞ……。


夏緑(なつみ)のことじゃ。そんな難しい顔で聞かんでもいい。ややこしい話しじゃがな」
 なんだか、平常心でも面倒な感じの話題を。
「実はな……」
 理事長がガンガン語りだす。


「……あの。随分と、プライベートなお話しでは?」

 ……ひとしきり話しを聞いたあとで。

 三藤先輩が、そんな感想を述べると。
「そうか? 聞くところでは放送部では」
 理事長が、チラリと僕を見てから。
「もっと個人的なことまで、部長がカレンダーに書き込んどるらしいじゃないか」
 これまた恐ろしいことを、掘り返してくる。

 三藤先輩が、一瞬固まったあとで。
「あの……内容についてお孫さんは?」
「まぁ、詳しくは教えてくれんかったが。部長が『変態趣味』だというとった」
「そう、ですね……」
 先輩……ひ、否定してくれなんですか?
 そこ、僕の名誉がっ!

「まぁ、海原君のことじゃ。万人には理解できんことがあるんじゃろう」
「そう、ですか……」
 三藤先輩の、表情が。
 好意的に誤解されているわよ、あとで大変よと告げるけれど。
 いま、真実を知ったら理事長。

 ……倒れたりしませんか?



 理事長も、機嫌よく校長室から退出してから。
「あぁ……」
 僕は思わず、ため息をついてしまって。

「無事に、年を越せるのかしら……」
 三藤先輩も、一限目から疲れましたみたいな顔をしている。
「あの、よかったら……」

 あのとき、きっと。
 僕たちの判断力は、ニワトリ並で。
 結局理事長の前で、口に入れていなかった『それ』を。
 僕は先輩に、差し出して。
「ありがとう、海原くん……」
 先輩は『それ』を、口にした。

「ひとつひとつ、整理していきましょうか。まずみんなに……」
 ……ん?
 ……あれ?
 三藤先輩の、返事がないけれど?

 あ、ああっ……!


 隣で、目を白黒させている先輩と。
 その手元には、『ザンビア風・スパイシー・チキンカレー味』の袋が……。

「ど、どうぞっ!」
 即座に、校長室のゴミ箱を先輩に上納したのだけれど。
 十六か十七歳の、お澄ましの女子高生にとって。
 そんなところに飴玉を吐き出すなんて、とてもできないらしく。

 おまけに、声を出して断ろうとした際に。
 間違えて飴を噛んでしまったようで。
 飴玉が割れると同時に、中心にあったエキスみたいなものが出たらしく。
 先輩が、再度目を白黒させると。
 言葉にならない、うめき声のようなものをあげながら。校長室から飛び出した。


 窓からは、口を押さえて中央廊下を疾走する。
 三藤(みふじ)月子(つきこ)の姿が、しっかりと見えている。

 談笑していた寺上校長と鶴岡理事長のあいだを、先輩が走り抜けると。
 ふたりが驚いた顔で、校長室にいる僕を見るけれど。

 ……な、なにも!
 ……変なことは、してませんよ!



 ……結局、先輩はそのまま校長室には戻ってこなくて。
(すばる)君、いったいなにしたの?」
 代わりに玲香(れいか)ちゃんが、休み時間になって校長室にやってきた。

「あら、あなたもいかが?」
「ものによっては、食べられなくもないぞ」
 事情を聞いて笑い転げていた、校長と理事長が飴玉を差し出すと。
「あの子、もう二十分は歯磨きし続けてますよ……」
 玲香ちゃんは、そう答えてから。
 奇妙な味の飴玉の数々を、しげしげと眺めていた。



 昼休み、やや四角い目をした三藤先輩が。
「飲み切ってもらえるかしら」
 そういって、熱々のお茶を僕の目の前にドンと置く。

「あ、熱いのは僕は……」
「じゃぁスパイシーなものなら、ど・う・か・な?」
「えっ……?」
 三藤先輩の、うしろから。
 待っていましたといわんばかりの顔で。
 波野(なみの)先輩が例の飴玉を手に、迫ってくる。

「ど、どうしてその飴が……」
「この部活に、秘密なんてない・か・ら!」
「ねぇ海原君。マレーシア風・スパイシー・スイート・ドリアン味なんてどう?」
 春香(はるか)先輩が、笑顔で。
 えげつない味のしそうなものを口に入れろと迫ってくる。

「なんだか、大変だね……」
 都木(とき)先輩が、一応助け舟っぽくいってくれても。
「そうね。ぜひ、味を教えてもらえないかしら?」
 三藤先輩が、容赦ない。

 ただ、ここで珍しいことに……。
「いまはダメです」
「えっ?」
 いまのは。まさかの、高嶺(たかね)か?

「……だって、クサイと。お弁当、おいしく食べられなくなります」
 そういえば、さっきから。
 珍しくアイツが騒ぎにひとり、混ざっていなくて。
「どうしたの、由衣(ゆい)?」
 同じように思った玲香ちゃんが質問しても。

「忙しいんで、早く食べましょう」
 アイツはそれ以上の理由を、口にしなかった。



「さっきは。あ、ありがとな……」
「……別に」
 昼休みが無事に終わり、一年生の廊下に差しかかったところで。
 隣の高嶺に、お礼を伝えたのだけれど。

 その不機嫌な表情にも関わらず、僕は……。



 ……まだまだ、問題が増えている。


 そんな単純なことに。


 ……またしても、気づけなかった。