別れは、突然訪れた。
 報われる想いなんて、この世には存在しない。
 だからもう、二度と告白なんてしないんだ……。

 なんの感傷もなく、淡々と。
 事実だけを伝える『その声』が。
 まさかのイントロだけで、物語を終えようとしている。

「……この恋なんて、きっともうかなわない」
「お願い、もうやめようよ!」
 それ以上は口にするなと、別の声が引き留めるけれど。
「最後まで、いわせてください」
 心を決めた『その声』は。
 途中でやめることを、よしとはしない。


「……ねぇ、いったいどういうこと?」
「シリーズ五作目の第一話で、突然打ち切りにする気かしら?」
「嘘でしょ? そんな作者なんて……いくらなんでも、ありえない!」

 いくら嘆いても、しかたがない。
 なぜならこれが、『みんな』の願いなのだから……。


「ねぇ……わたしたちで、やり直せないの?」
 春香(はるか)陽子(ようこ)が、それはないよ……という顔で僕を見る。
「アンタさぁ! これでいいって思ってるわけ!」
 高嶺(たかね)由衣(ゆい)が、敵意を丸出しにして吠えてくる。

 いや、でもですね。
 これって、僕たちで決めたことなんですけど……。


「……海原(うなはら)(すばる)くん」
 普段と違って、僕のフルネームを副部長の三藤(みふじ)月子(つきこ)が呼ぶと。
 静かに首を左右に振るその姿が。
 暗に、僕の味方をしないと告げていて。



 ……僕はついに、孤独になったことを理解した。



「部長として、サイテーだよねー」
「さすがに、見損なったかなー」
 藤峰(ふじみね)佳織(かおり)高尾(たかお)響子(きょうこ)の顧問&副顧問コンビまで。
 あえてキツイ言葉で、僕を責めてくる。

 ……だが。
 だが、僕は思うのだ。

 先生たちは、顔が半笑いで。
 ……おもしろがって、わざといってません?


「あの〜?」
 ひとり違うテンションの『その声』は。
 放送部の不思議ちゃんこと、鶴岡(つるおか)夏緑(なつみ)のもので。
「続きあるんで、いいですか?」
 まったく空気を読まず、そう聞いてから。

「大嫌いだ、バカヤロウ!」

 最後のひとつを大声で読みあげると。
「なんか、これが一番まともじゃないですか? ウケるんですけど!」
 そういってひとりで、ケタケタ笑いだした。




 ……ことの発端は、数日前にさかのぼる。

「海原君、十二月になるわよ!」
「はい。ストーブが壊れているので、寒いです」
 放送室に、校長の寺上(てらうえ)つぼみが突然現れて。

「玄関ホールに、クリスマスツリーを飾ります!」
 僕の訴えなんて、聞く気ゼロのまま宣言すると。
「つきましては『標語』の募集、お願いね!」
 仕事を全部僕たちに押し付けて、消えていった。


 学校の『便利屋』としての地位が定着しつつある、僕たち放送部員は。
 元放送部顧問でもあるあの校長と。
「いいねぇ、ツリーとか」
「ほんと、華やかになるからいいわね」
 当時の部員で、現在は顧問&副顧問となった目の前のふたりに対して。
 あらゆる無茶振りには、逆らうだけ無駄だと学びつつある。

「もうさ、さっさと終えて。ストーブ買ってもらわない?」
 そんな投げやりな赤根(あかね)玲香(れいか)の提案が、名案にしか思えなくて。
 僕たちはいわゆるICT端末なるものを利用し、その日のうちに募集をかけると。
 人気投票にかけるための、『最終五候補』を選ぶことにした。


「……なんか急だった割に、意外と集まった・よ・ね!」
 余分な情報ではあるが、将来の夢は女優になること。
 ただ直近の願いは、ストーブのある未来を手に入れること。
 そう公言してはばからない、波野(なみの)姫妃(きき)の明るい声のとおり。

 珍しく今回こそは『楽勝案件』だと。
 僕たちはそう、考えていたはずなのに……。



 ……アナウンス係の鶴岡さんが、再度クリスマスの『標語候補』を読みあげる。

   別れは、突然訪れた。
   報われる想いなんて、この世には存在しない。
   だからもう、二度と告白なんてしないんだ。
   この恋なんて、きっともうかなわない
   大嫌いだ、バカヤロウ!

「以上、全部で五つで〜す!」
 なぜここで、そんな楽しそうな声になるの?
 不思議ちゃんはこれらの候補について、なにも感じないのだろうか?


「……なんかこの学校、暗い子多くない?」
 受験に向けてめくっていた、英単語帳の手をとめると。
 都木(とき)美也(みや)が、みんなを代表して感想を述べてから僕を見る。

「ま、まぁさすがに……なにかクリスマスに、恨みでもあるんですかね……?」
 あ、まずい……いまのは、失言だ。
 すかさず、放送室の長机の反対側でおとながふたり。
 まるで獲物を見つけたような目で、僕を見る。

「じゃ、テキトーに変えてみなよ!」
 モラル感ゼロの顧問と。
「まぁ今回は、いいんじゃない?」
 僕に責任を取らせればよいと考える、副顧問が。
 あがってきた標語をボツにしろと、僕に告げてくる。

「でも、公募したんですよ? それって、不正になりませんか?」
「だから?」
 藤峰先生が、意味がわからないという顔をするけれど。

 いや、そこは……。
 どんなに不満でも、ズルしちゃダメだよ!
 そうやって生徒に示すところでは……?


「あら……ひどいわねぇ……」
「えっ?」
「さすが『ワースト・ファイブ』だけあるわねぇ……」
「……へっ?」
 突然現れた寺上校長が、鶴岡さんが持っていた紙切れに目をやると。
「それで、『ベスト・ファイブ』はどれなの?」
 ごく当たり前のように、僕に聞く。

「えっ?」
「え?」
「あっ!」

 しまった!
 鶴岡さんは、最近放送部にきたばかりで。
 なにより彼女は、この中の誰より『不思議ちゃん』だということを。
 僕は完全に、忘れていた……。


「だってウナ君、『最終』五候補っていったよね?」
「も、もしかして……」
「だからわざわざ『最後』の五つ、選んだんだけど?」
「えっ?」
 あの……『最終』って、普通は『上から』五つ選ぶんじゃないの?

「わたしも、変だと思ったけどね〜。でもほらここ『放送部だから』!」
 あぁ……出てしまった、そのセリフ。
 ときに魔法で、ときに呪縛で。
 基本的に、どうにでも扱えてしまうそのセリフ。

 ……『放送部だから』という、最強のフレーズのせいで。
 どうやら不思議ちゃんは、放送部ならやりかねないと。
 リストのラスト。わざわざ『下から』五つを、選んだということか……。


 でも、待て。
 ……ということは!

「じゃぁ、まだ標語のリスト。残ってるよね!」

 よかった! 救われた。
 でもそう思ったのは、一瞬で……。

「え? もう『処分』したよ?」
 不思議ちゃんが、僕の希望をあっさりと打ち砕く。
「だって、『この五つから選ぶ』って。ウナ君いってたでしょ?」
「う、うそっ……」
「ほんと、だけど?」





 ……目の前で、部長がガックリと肩を落としている。
 夏緑が、不思議ちゃんなのは事実だけれど。
 実はあの子は、切れ者だ。


「……あの。このリスト、『取扱注意』なのでおまかせします」
「えっ……?」
「念のため、データーは消しました」

 なぜ、わたしなのか。
 あの子には、聞いていないし。
 あの子もわたしに、いわなかったけれど。


 ……『取扱注意』なのは、よく理解できた。


 メリークリスマス!
 クリスマスだもん、恋をしよう。
 俺の気持ちよ、届け!
 ぼっちだって、年は越せる。
 聖なるその日を、ひとりにさせないで。

「処分はしたけど、ちゃんと覚えてるよ〜!」
 夏緑が、わたしが見たとおりの。
 リストの上位五つを、スラスラと口にする。

「こ、これでまともに投票ができる……」
 みんながほっと一安心した、そのとき。
 あの子は一瞬、わたしだけを見て小さくほほえんだ。

 ……そう。

 あの子は相当、切れ者だ。



 わたしが受け取った、全標語の載った紙のリストは。
 今頃はもう焼却炉の中で、灰になっているだろう。

 その標語について。いつかはみんなと、共有するとしても。
 刺激的すぎるその言葉の存在は。
 当面のあいだ夏緑とわたしと、『犯人』だけが知っている。


 それでは、その標語を考えた『誰か』に告げよう。

 ……わたしは、いったい誰だかわかる?


 いや、あなたの『標語』について。
 もっと大切なことを告げるから、ぜひ聞いて。


    『海原昴は、渡さない』


 そう考えるのは、あなたの自由だけれど。
 ただ、わたしもあなたに。


 ……譲るつもりなんて、少しもない。





 ……結局、僕たちは。標語をひとつに、選ばなかった。

 ツリーがあるなら、それでいい。
 この先どんなクリスマスにするのかは。
 人それぞれで、いいと思ったからだ。

「ちょっと変じゃない?」
「ま、わたしたちらしくていいんじゃない?」
「管理する仕事が、増えましたけど……」
「でも、毎日増えていくのって楽・し・い!」

 玄関ホールの、クリスマスツリーに五つの標語をぶら下げて。
 隣には、飾り付けた机を並べて置いて。
 カラフルな紙とペンを、たっぷり用意した。


「……なんか、七夕みたいじゃない?」
「確かに短冊だけど……クリスマスツリーだから違うんじゃない?」
「まぁいいでしょ、せっかくだから書いていこっか?」

 生徒たちの、そんなやり取りが繰り広げられて。
 この先、次々とみんなの願いを吊るすことになる。
 そんなクリスマスツリーがこの日、玄関ホールにデビューした。



「一枚、写真撮ってもいいかしら?」
 寺上校長の声に、みんなが一斉に集まった写真は笑顔しかない。
 だだ、それが僕たちにとって。
 放送部の『このメンバー』で、最後の一枚になることなど。


 ……このときはまだ、考えてもいなかった。