純愛ラブコメに挑戦!(9作)

 俺には同居人がいる。クラスメイトのアイドルと言われる可愛らしい娘で高校二年生。名を井口彩音(いぐちあやね)という。

 彼女のおかげで美女に対する抗体ができ、緊張ガンギマリになってどもるという陰キャとか根暗とかにありがちな習性が軽減され、普通に平均値な男子になることが出来た。

 それまでは女子とは普通には話せなかったんだ。

 今日も彼女は廊下側の一番後ろの席で俺の方を向いてニコっと微笑んでくれている。
 俺の席は窓側の列の最後尾だ。

 だいたい授業中、彼女を観ようとチラリ見すると、彼女はなぜか俺の視線に気がついて顔を向けて微笑み返す。幸せを感じる瞬間で、俺は恥ずかしげもなく何回も繰り返してしまう。

 自宅に帰ると彼女は少し薄い白い部屋着に着替えて俺の部屋の隅で座り、俺が寝るまで一緒に居てくれる。

 困ったことに彼女の部屋着は白く薄いのに加えて透けている感じがする。
 すなわちブラとかショーツとかのラインが見えてしまう。

 俺はなるべく視線を外して彼女の顔を見るが、その時でも彼女は視線を俺に合わせて軽く微笑む。その笑顔は上品で優しそうで、全体的に可愛くポッチャリ感もある。

 いわゆる幼児体型というか、丸っぽいので男心を直撃する。頭を撫でてみたい、触ってみたい、抱きしめたい。

 思春期には甚だしく毒である。

 なぜ同居しているのか?

 理由はあるのだが、まぁ、よくある親の再婚での義妹というやつと解釈している。
 住んでいる自宅なのだが、高校近くの大変老朽化した古いアパートで、なぜか両親は同居していない。時々、姉が母親の作った料理などを差し入れてくれるのだが、基本、コンビニ飯をレジ袋に入れて姉がドアノブに引っかけて置くという適当なルーティーンで、育ち盛りの高校男児と言っても別に不幸でも深刻でもない。彼女がいるからね。

 実家からアパートが少し離れているとはいえ徒歩圏なので、夏なら姉が歩いて来る。
 暑い暑いとシャワーを貸してくれと言ってくるものの、俺は姉と交代して狭い部屋を出ていく。

 彩音は部屋に残っているので女の子同士なら無問題、たとえ姉とはいえ女の子、男がいると嫌がるだろうという優しい配慮である。ちなみに姉とは三歳違いだ。彩音とは仲良くしている模様(実際には仲良くしている場面を見たことがないが)。

 姉と彩音が仲良くしているというのが推測なのは、二人が一緒に居ても会話をにこやかにするというのではなく無言が多いからである。喧嘩をすることもないので問題視していなかっただけであった。

 俺の一人暮らしに彩音がついてきたのは驚いたというより、いつの間にか居ついてたといった感じで俺自身の記憶もあいまいであった。

 彼女に気に入られていたのか。

 俺は女の子に惚れられたという経験はほぼない。声を掛けられたりスキン湿布があっても惚れないようにしている。勘違いは恥ずかしいからね。

 ところで姉もまぁまぁスラっとした美人なのだが、彩音は美少女そのもので丸みがあり、どちらかというと可愛い系の妹タイプ。

 同年代のクラスメイトではあるが数か月俺が早生まれな為に兄となり妹となった。



 彩音に見惚れていたなんて。

 彩音について正直に言うと、俺の好みストレートど真ん中である。

 大人しく優しそうで目が合えば微笑みを返してくれ、その顔がとても可愛く感じてドキドキが止まらなくなる。うっすら下着が透ける白い服から妄想できる体形は女性らしさの典型的な凸凹と柔らかそうな丸みが窺える。そんなものを毎日見ることが出来るので、俺も自制しなくてはならない。

 決して彩音に失礼にならないよう紳士な行動を心がけていた。

 ◇

 野外学習の時。

 俺は登山(ハイキング)の途中で滑って転んでしまい足をくじいてしまった。

 平気なふりをして過ごしていたものの、班の調理の際に足を引きずっていたのを他の班だった彩音が見つけ「大丈夫?」と声を掛けてくれた。

 嬉しかった。それまで誰も気づいてくれなかったから。

 やせ我慢をしていたとはいえ班のメンバーではなく、他班の彩音が気付いてくれたことに(いた)く感激して恋心を加速したのは言うまでもない。

 彩音は湿布を出して足に貼ってくれ包帯で外れないように巻いてくれた。

 切り株に座って彩音が甲斐甲斐しく「もう痛くないからね~、もう大丈夫~」と声に出しながら自分の子供をあやすかの如く俺を扱ったのも甚く新鮮だった。

「はい、包帯巻き終わったよ」

 俺はそういう彩音の顔を見ることが出来ないほど照れていた。

「あ、ありがとう」

「どういたしまして。でも気をつけないとダメだよ」

「ああ……」

「また転んだら教えてくれないとダメだからね」

「ッ……」

 自分でもますます彼女が好きになっているのが自覚出来た。
 彩音を好きで好きで堪らない。
 困るほど好き過ぎる。

 時は過ぎ、キャンプファイヤーの夜。

 一緒に楽しもうと彩音を探すも見つけることが出来なかった。どこ行った?

 嫌な予感がした。

 キャンプファイヤーの最終日の夜と言えば告白大会。

 どこの学校でもそうだろう。

 想い人を呼び出して告白成功後にキャンプファイヤーに一緒に参加すれば一生を過ごせるとか結婚できるとか、様々なバージョンがあるものの、大概がチャンスとして告白に利用される。まさか彩音は誰かに呼び出されて告白されているのではなかろうか? 心配だった。

 確か姉も野外学習の最終日に告白されて付き合ったのだったな。今彼と。
 ファーストキスもその時だったと自慢された。

 ま、まさか彩音も今キスされているんじゃないか? 俺以外の男と!

 結局その日じゅうに彩音を見つけることが出来ず、キャンプファイヤーの終了と共に男女各自の部屋に解散となった。

「彩音……。戻ってこなかったな」

 高確率で男子と二人きりでどこかで過ごしただろうと想像できた。

 悔しかった。

 彩音に告白しようと密かに思っていたのに。

 ◇

 自宅に戻ってきた。

 彩音はいつものように部屋の隅で座っているが、顔に精気がなく暗い。
 あのキャンプファイヤーの夜、どこに行っていたのか聞いても教えてくれない。
 無言のままだった。

 まさかと思うが、男子の告白を受けて恋人同士になったのじゃないだろうか?

 そう考えると義兄とはいえ俺と同居しているのは彼氏に悪い筈だ。彩音の気持ちも分からないでもない。

 しかし、教えて貰えないのでは引越しの話も出来ないし、根気よく待つしかない、と俺は考えを巡らせていた。

 彼氏……、誰なのか?
 胸が痛い、苦しい。感情が抑えられない。


 ピンポーン


 姉がコンビニ袋を提げて部屋まで来た。弁当二人前だ。

「そろそろダイエットしなよ」

 姉・彼女は俺に向かって呟いた。

「弁当ありがとう。母さんにも宜しくな。もちろん父さんにも」

「ふふ、父さんはついでなのね」

 姉は優しく俺に少しは節制したりしなさいよ、と言いながら顔をじっと見つめてきた。

「ねぇ、顔暗いけど何かあったの?」

「あ、いや」

 少し考えて、深く思慮せずに言葉をつづけた。

「実はさ、彩音に彼氏が出来たかもしれん」

「えっ?」

「彩音に恋人が出来たかもしれないんだ。部屋で一緒に住んでいたら彼氏に誤解されるだろうから、どうしようか考えてる」

「えっ? えっ?」

 姉が珍しくうろたえていた。

 それから俺はキャンプファイヤーの時に彩音が居なくなったとか、以前、姉も同じ状況で告白されただろキスしたんだよね? とか、彩音に恋人が出来たであろう推測の根拠を話し始めた。

「……」

 姉が益々うろたえていた。

 義兄の俺と同居するぐらいだから、きっと彩音は告白を断ったのだろうと姉は言うと思ったのだが、どうも反応が予想と違う。

 ◇

 医師「統合失調症ですね」

 俺は脳神経外科で頭のCTスキャンをし、脳神経内科で脳の老廃物を取り除く睡眠薬で治療を進め、結果、改善が芳しくなく精神科に回されてきた。

 医師が言うには、井口彩音という娘は昨年のキャンプファイヤー時に、クラスメイトの男子から告白の呼び出しを受け、待ち合わせ場所に向かう際に道に迷って崖から足を踏み外して亡くなっているとのことだった。

 俺の義妹にもなっていないとのこと。

「先生、そんなことはありません! 彩音と僕は一緒に住んでいるのに!」

 医師と姉と俺は議論した。その結果、俺には色々な記憶の欠損が見られたという。


・俺は彩音が他のクラスメイトと話す場面を観ていない事。

 そういえば彩音が俺の捻挫した足にシップを貼り包帯で巻いてくれたのを、俺はいつ外したのか記憶がなかった。教室でも俺と席が離れていたので会話をすることもなく、いつも目を合わせて微笑み合うだけだったこと。


・彩音が姉と会話するところを観ていない事。

 いつも俺は部屋の外に出ていたし、仲が悪いのでは? とも危惧していたこともあったなと思い出す。また部屋に彩音がいるなどの会話をしたことがなかったとはたと気づく。


・姉は彩音が亡くなっていることを知っている(当時から認識している)

 姉曰く、彩音が亡くなったのは学校でも衝撃的な事件であり新聞ニュースにも出て、学校自体の考えとして野外活動も教育委員会の指針だからこなすだけであり、可能ならば場所替えや中止を検討していた事。


・姉は俺が彩音という子に惚れていることを恋バナで知っていただけなこと
(義理姉妹にはなっていない)

 俺としては義妹の彩音が俺の妄想だったとのことでショックを受け、かなり消沈してしまった。


・二人分の弁当は俺が全部食べていた事

 二人分の弁当はてっきり彩音と俺の分だと思っていたのに、これまた意気消沈したポイントであった。天使の様な笑顔を持った彩音が、石井彩音というのが正式なフルネームであって、俺の名字の井口は全く関係が無かったこと。今更ではあるが、自己嫌悪に入って憂鬱が加速してしまう。


 医師や看護師、姉たちの痛い視線を潜り抜けて俺は帰路に就く。

 ◇

 自宅に戻ると、彩音が体育座りをして俯き加減で悲しそうな顔をしていた。

(この彩音が俺の作り出した幻というのだろうか? にわかに信じられん)

 彼女は俺の帰宅を認識すると顔を向けて微笑んだ。

 無理をしていそうな笑顔だ。

 こんな可愛い娘が既に死んでいるだなんて……。

 いや、心霊現象じゃない、俺が作り出した幻だなんて! 会話だって出来るし。



 別にいいじゃないか……。

 俺はそう思った。




 彼は細かいことを気にする人間ではなくなっていた。
 別方向で発揮した医学の勝利であった。




 井口彩音は存在していなかった……






【後書き】

個人的な診断としては、レビー小体認知症(小人や小さいおじさんを見る系)に近い統合失調症といった感じでしょうか。