歳の差婚の作家夫婦が行方不明となった。夏祭り中の出来事だった。警察の捜索は難航し彼らは何処に消えたのか? 後に人々は噂し合った。それは、こんな話から始まった。



 異世界王国では不祥事が頻繁に起こっていた。

 中でも最悪なのが婦女子の誘拐事件。
 男性は恋人や妻、つまり結婚しようとする恋人が直前に、最愛なる奥さんが急に居なくなり仕事のやる気は喪失、国力が徐々に下がっていた。

 国王陛下の命令により、我ら勇者パーティがその原因究明、対策に乗り出していた。
 異世界転移をしてから、いよいよ佳境である。

 神官
「疑惑の『森の隠れ家』というカフェがありました。何らかの犯罪の窓口かも知れません。行ってみようと思いますが……如何でしょうか?」

 ヨシタカ
「神官のような女の子だと少し危険だな。俺とミキオ、サトシの三人で行ってみるよ」

 サトシ
「そうだね、女性陣はゆっくりしていてよ」

 ミキオ
「たまには男同士で騒ぐとするか」

 神官
「承知しました。変なところへ遊びに行かないで下さいね」

 ・・・・・・・・・・

【カフェ】

 ミキオ
「来たな……普通の喫茶店みたいな感じだ。照明が少し薄暗いぐらいか」

 サトシ
「油断せずに乗り込もう。地下に拷問部屋とかあるかも」

 ヨシタカ
「……特に店自体は悪そうには見えないがなぁ」

 ヨシタカ達三人はカフェへ入った。カランカランと入口扉の鐘が鳴り、白いシャツに黒のベスト、黒いふわっとしたスカートの可愛らしい格好の制服ウェートレスが二人迎えに出てきた。

 二人ともとても可愛らしく真面目そうな二十歳前後、制服が特に可愛らしいデザインであり、黒髪と併せて、とても清楚に見えた。笑顔が眩しい。二人とも胸は普通の感じだが、制服の胸部の形が好いのか、柔らかそうなC~Dカップに見える。

 ウェートレス・ミカ&ユキ
「「いらっしゃいませーーっ。お客様は何名様でしょうか?」」

 サトシ
「三人です」

 ウェートレス・ミカ
「こちらのお席へどうぞ。マスター、三名様のご来店でーす」

 サトシ
「ありがとう」

 丸テーブルに椅子が四つある場所を指定され、ヨシタカたちはそれぞれ椅子に座った。テーブルの上にはメニューが乗っており、特に不自然なところはなかった。三人は足元をはじめ隠し扉、飛び道具など店内に注意し、観察しながら警戒を続ける。

 ミキオ
「これがメニューだな。サンドイッチとかパスタとか普通にあるんだ。オレはコーヒーだな」

 サトシ
「ぼくはアイスコーヒー……。はないのか。ホットで」

 ヨシタカ
「アイスコーヒーは氷の魔法で」

 ミキオ
「ヨシタカ、何にするんだ?」

 ヨシタカ
「うーんと、そうだな、ミカジューとユキジューってのがあるな。冷たいのかな?」

 サトシ
「ミカ()ジュースなら冷たいんじゃない?」

 ヨシタカ
「よし、ミカンジュースにしよう。あの、すみません、ミカジューください。あとホット二つ」

 ウェートレス・ユキ
「は、はいっ」

 急に顔を赤くしたウェートレス。少し焦っている感じがする。特に理由もなく態度が変わるというのは不自然である。ヨシタカは警戒レベルを一つ上げた。

 ウェートレス・ユキ
「マスター、ホット二つにミカジューが一つです」

 マスター
「ミカちゃん、ちょっとこっちに来て。お店の裏に」

 ウェートレス・ミカ
「は、はい……。あ、あの、マスター、わたし初めてなんです」

 そう会話をしながら店の裏口に二人が向かって出て行った。店内にいるのは一人のウェートレス・ユキだけである。この不自然極まる行動から紐解くと、次は攻撃で狙ってくる可能性が高い。ヨシタカはミキオとサトシに目配せで合図を送った。サトシが小さくうなずく。戦闘態勢に入った。

 マスターとウェートレスのミカちゃんという娘が裏口から外に消えてから、少し時間が経ったが、未だ何も起きなかった。ヨシタカたちに緊張感が走っていた。

 すると妙な声が聞こえてきた。……が、声が小さすぎてはっきりしない。

 ミキオ
「な、なんだ……?」

 サトシ
「こ、この声は……よく聞き取れないが……誘拐と関わってるのかも、緊急事態か」

 ヨシタカ
「ま、待て、静かになったぞ」

 ウェートレス・ユキ
「あ、お客様、何も問題ございませんから……」

 ヨシタカ
「何か店内で都合の悪い事でも起きたのかな?」

 ウェートレス・ユキ
「いえ、すこしだけ……」

 ヨシタカは、少し探りを入れるかのような台詞を言ってみた。それに反応して、ウェートレスは少し涙目になった。このカフェは危険な臭いがする……ミキオとサトシは顔を見合わせた。ヨシタカが攻撃魔法の発動準備をする。

 ヨシタカ
「……まだ何とも言えないが」

 するとガチャリと裏口からマスターとミカと呼ばれるウェートレスが戻ってきた。ミカは呼吸が荒れているように見える。何があったのか? まだ誰にも分からなかった。

 不思議なことにウェートレス・ミカの顔は先ほどより真っ赤であり、恥ずかしいのか下を向きっぱなしであった。

 ミキオは、このカフェが女性(さら)いの窓口として怪しいと想定を確定させ、女性誘拐前の何らかのリアクションが、これかもしれないと独断していた。

 ウェートレスは二人とも飛び抜けて奇麗で可愛いく、スタイルもよく胸も程よく柔らかそう、そして重要なのが気弱そうで真面目っぽい……という点。人攫いに狙われるならアリだろう。

 ウェートレス・ユキ
「お待たせしました、えっと、搾りたてのミカジューでございます」

 ヨシタカ
「うん? ミカンジュースの色をしていないな。まるでミルクだぞ?」

 ウェートレス・ユキ
「は、はい。ミカジューやユキジューは乳白色をしているのが通常です。あ、あの、恥ずかしいです」

 ミキオ
「何だと……。まさかミカジューとはミカンジュースの事ではなくて、しかもユキジューというのも……?」

 モジモジしながら顔を赤くしたウェートレスのユキが、応えにくそうに首を縦にして『ユキジューを注文されますと、それは私のです』と返事をする。

 ミキオ
(マジかよ……怪しい店を探しに来たら、全く方向が斜め上の怪しさとかで、正直戸惑うな)

 ウェートレス・ミカ
「み、ミカジューをお待たせして申し訳ありませんでした。はぁ、はぁ、わたし初めてでしたので、はぁ、はぁ、少し苦労してしまいまして、お恥ずかしいです。美味しく飲んで頂けると私も嬉しいです」

 ヨシタカ
「ミカジュー……というのはミカさんので、なぜか店裏で一緒に行ったマスターが絞って来るのですね?」

 ミキオ
「ユキジューは、ホイップクリームがのってる様な白いジュースではなく、ユキさんの、なのか」

 ウェートレス・ユキ
「は、はい。サッパリしつつ濃厚な味だとお客様に人気です。おひとつ如何でしょうか?」

 ミキオ
「つーことは、もしユキジューを注文したらマスターが絞るのか? ユキさんの胸を」

 ウェートレス・ユキ
「は、はい。私は小ぶりなので一日に何杯もお出し出来ませんが……」

 サトシ
「……なんて、うらやま恐ろしい店だ……」

 ウェートレス・ミカ
「そ、そ、そんなに胸じっと見ないで下さいっ! は、恥ずかしいです、メッですよ、お客様」

 ヨシタカ
(おい皆マテ、先入観は止めよう。ウェートレスの嘘かも知れんぞ。もう一回確認する必要がある)

「えっと、それじゃ俺はもう一杯、次はユキジューください」

 サトシ&ミキオ
「「!」」

 注文し終わった後、ユキさんが店の奥へ消えていった。マスターもいなくなった。
 少し時間が経って耳を澄ますと……

「ああ……い、いや……そんなに……あっ、あっ、強くしてはダメです、マスター……、あっ」

(おいおい)
(こ、これは……)
(今頃になって何だが……)

 サトシ
「このカフェ店の名前は『()の隠れ家』……ぼくたち店名、間違えて来てないかな……?」

 ヨシタカ
「ああ……そうみたいだな。気づくの遅すぎだ。本来、俺たちが行くべき店は『()の隠れ家』だったな」

 サトシ
「もう僕たち宿に帰るべきでは」

 ミキオ
「で、注文したミカジュー……、ユキジュー、これ飲んでけよ? ヨシタカ」

 ヨシタカ
「マジかよ、鬼だなミキオ……」

 こんな世界があっただなんて……ヨシタカ達は万感の思いを胸に(いだ)き、宿泊施設へ足を向けていた。彼らの足取りには力が込められてなく緩やかだった。敵の攻撃を受けるよりも遥かに衝撃を受けた心を映すかのように。

 ・・・・・・・・・・

 聖女
「あれー、大丈夫? すごく体調悪そうよ、回復魔法かけようか?」

 神官
「ど、どうされたんですか!? お三方とも」

 男三人
「いや、すまん、確かに怪しかったのだが、店の名前を間違えてしまったようで」
「何もする気が起きん。オレは部屋に戻るよ。少し独りにしてくれないかな」
「僕……、今は何も聞かないでください」

 ・・・・・・・・・・

 恐るべきカフェ『丘の隠れ家』。
 この店は次の日には霧のように隠れてしまった。

 ミキオ
「お店が無くなってるな……まるで夢の魔法のように」

 ヨシタカ
「どうして再度カフェ店『丘の隠れ家』に来てるんだよ。今日は『森の隠れ家』を調査する筈だろ?」

 ミキオ
「ヨシタカ、お前、聖女や神官にお代わりしてもらった方が良くないか? 今なら許す」

 サトシ
「待て! 人々の規範とならねばいけない勇者パーティでそんなイヤラシイ事を……」

 ヨシタカ
「だ、誰が絞る役をするんだよ!」


『森の隠れ家』の調査はすっかり忘却の彼方へ。
 不祥事発祥の地と言われる伯爵領は、ますます謎が深まるのであった。

・・・・・

 次の日
【真・森の隠れ家】

 謎のカフェ店『丘の隠れ家』の調査を終え、意気消沈していた三人の姿を見て何が起こったのか不思議に思っていた女性陣は、追及しても誰も何も喋らなかった為、まぁいいかとスルーする、という配慮を示した。誰しもプライベートな不可侵領域には遠慮なく入ってはいけないものだろう。

 そして、ようやくヨシタカたち男性陣三人は、本来の目的の場所であるカフェ『森の隠れ家』に到着した。

 三方向をガラス張りにした開放感あふれるオシャレなカフェで、外から見える店の中には太い柱が中央にあり、ガラスに沿って席が設けられているのが道を歩く人々にも分かる仕様だ。従って店内の照明も明るい。テーブルは四角形タイプであり、二人、四人掛けが多い。何の怪しさも感じない、健全な、洗練された爽やかな風情を感じるオシャレな店だった。

 ミキオ
「どちらかというと都会的なセンスの良さのある店だな。デートで使うような」

 ヨシタカ
「確かに。丘の隠れ家の方が薄暗くて怪しかったな。これは意外だ」

 サトシ
「でもウェートレスたちを観てくれ。彼女らの腰より下に小さな羽があるよ」

 ヨシタカ
「サキュバスか……」

 ミキオ
「成人したばかりの十五歳前後に見えるが、実年齢は数百年かも知れんな」

 サトシ
「サキュバスが紛れ込んでいるという事は、丘の隠れ家よりも数段困難さがあるかも知れない。気を引き締めて行こう」

「「おう」」

 カランカラン

 お店に入ると、可愛らしい二人のウェートレスが声を掛けてきた。

「「いらっしゃいませー、ようこそ森の隠れ家にっ」」

 メイド服を可愛く加工した制服姿で、男性客向けのセンスが光る。女の子たちはピンクの髪をしており、それが明るい陽気な雰囲気を感じさせる。キャピキャピした可愛らしい感じの娘たちだと表現すれば適切だろうか。

「お客様、こちらのお席へどうぞ~~」

 下手をすれば『ご主人様』呼ばわりでご案内という特殊性癖のはまるカフェに似た、相応しい感じであり、ウブなミキオやサトシでは魅了されそうだ。異世界にメイドカフェがなくて良かっただろう。もし店がメイドカフェ系であったならば、調査をほったらかしで、またもやただ単に遊びに来た状態になってしまったに違いない。

 ミキオ
「さてと、飲み物は何があるかな」
(照れるなオレ、緊張するなオレ)

 テーブルの上のメニューには、コーヒーやレモンソーダ等と共に、”サキュ・ジュー”という謎のドリンクが記載されており、否応なしに『ミカジュー』を連想してしまう面々。まさかコレが本店の味だとでもいうのだろうか? ヨシタカはゴクリと唾を飲み込み喉を鳴らした。非常に危うい精神状態だった。

 ミキオ
「こ、これは、またか……」

 ミキオがメニューを見た後で確認を促すようにサトシとヨシタカに目配せをする。

 ヨシタカ
「おいミキオ、このサキュジューって、まさか、まさかのアレかな?」

 サトシ
「僕には聞かないでくれよ」

 ミキオ
「そんなの決まってるだろ、胸を絞るやつ……あの娘たちの……だろ?」

 何という事だ、ヨシタカは非常に気まずい思いをする。
 いち早く恋愛初心者のミキオが過敏に反応しており、サキュバスはそれを観ながら楽しそうに言った。

 サキュバス・ウェートレス
「あらあら、あなた(ミキオ)のオーディーン・ソードさんが元気いっぱいね」

 ミキオ
「……うぐっ」

 ミキオはタジタジだった。

 ヨシタカ
「オーディーン・ソード……ププッ(笑)」

 ミキオ
「……おいっ! お前まで(怒)」

 サキュバス・ウェートレス
「わたしが気持ち良くしてあげますよ? ふふ。または貴方が私の(バスト)を絞ってくださるのかしら、フフフ」

 ミキオ
「こ、こんなところで手玉に取られるわけにはいかねぇ」
(ちくしょー、二連発も同じネタやりやがって)

 強がるミキオだったが相手(サキュバス)が一枚も二枚も上手だ。思春期の若者にとってサキュバス姉さまは天敵であり勝てるものではない。サキュバスは色っぽい半目でミキオの顔を覗き込むように見下げながら唇を赤い舌で舐めると、顔を寄せて小声で話しながらミキオの耳に息を吹きかける。

「純情なのね、お兄さん」

「くっ! 負けるなオレ」

「ふふふ……可愛いわ」

「うう、オレの身体が勝手に反応しやがる……」

「ねえ、あなたは魔法使いになりたいの? 普通はなりたくないよね?」

「そ、それは三十歳まで女性経験がない男性だけがなれるという幻の資格が要る魔法使いか……」

「そうよ、とびっきり凄い魔法使いだからね、でも普通はなりたくないよね?」

「お、男にとって、な、なりたくない魔法使いの筆頭だぞ」

「ふふ……、そうね、あなたが良ければ、ね」

 ここでミキオは妄想した。この先、異世界を移動したところで彼女・恋人が出来る保証はない。

 今を逃すと童貞が捨てられないのではないだろうか? もし可愛い恋人が出来ても、イザという場所で好い雰囲気になったとして『あれ? ミキオくんって下手なの?』みたいに言われたらどうする? という不安感も出てきてミキオの精神は益々迷走していく。

 寧ろコレがサキュバスの男性を落とす常套手段であり、分かりやすく言えば、お姉さんのする流れに任せなさい、ということに男たちの思考が定まっていく。

 ミキオ
「なら、お姉さん、お願いします! よろしくお任せしますっ! はぁはぁ」

 ピッキーーーン

 ここでサトシからサキュバスの洗脳を解く”覚醒の波動”が広がった。

 サトシ
(バカやってないで、ちゃんと仕事するぞ!)

 ミキオは真っ青になった。すかさずサキュバスの洗脳状態から脱出できたのだ。

 ヨシタカ
「あっぶねーー! 俺も今、とてつもなくマズい精神状態になっていたわ」

 サトシ
「君たち、精進が足らないんじゃないか? (ヘラヘラ)」

 ちゃっかり女神へのポイントを稼ぐサトシ。しかしサキュバスの腰回りを目で追っていたことは内緒だ。

 ・・・・・・・・・・

 丁度その時、外から十人ほどの女の子たちが店に入ってきた。

「「いらっしゃいませーー」」

 しかし店に入ってきた女性たちは目が移ろで焦点が定まっておらず、足取りもフラついた動作で、とても正常な状態には見えなかった。十人もいるのに会話もなく、黙々と静かに行進しているだけである。

 サキュバス・ウェートレス
「あ……」

 サトシ
「!」

 ミキオ
「こ、これは……」

 ヨシタカ
「タイミングよく遭遇したな、今度こそ、マジだ」

 彼女らは一列になって店のカウンターに入り、粛々と裏口のドアへと進んでいた。

 サキュバスたちは悲しそうな眼をして、店の裏へとふらふら歩いて行く女の子達を眺めている。

 この光景を観察して、サトシらは確信した。最早、女性をさらう出入り口の一つがこの店であることは明白、確実だと思われた。女の子たちは魅了や幻覚に惑わされているかのように、抵抗もせずにフラフラと順番に前に進んでいく。

 彼女らは、意識がないゾンビのようでもあり、領主のお屋敷まで地下を通っていき、目的地に辿り着いたら催眠が解けるのだろう。

 その光景を見ていた近くにいた一人のウェートレスが、こっそりと小声でヨシタカらに言う。

「危ないわ、お兄さんたち、ここから早く逃げて……。普通に会計を清算して、一般のお客さんの振りしてお店から出るのよ」

 どうやらサキュバスたちウェートレスは、正常な倫理観を持つ味方のようだ。ヨシタカはまずは安心感をウェートレスたちに与えたうえで行動することにした。

 ヨシタカ
「大丈夫ですよ、ご心配なく。俺たちはこれを解決するために、わざわざ来たのですから」

 にっこりと優しく微笑みながらウェートレスたちに語り掛ける。ヨシタカが、普段、妹をあやす様な、お兄ちゃんムーブの雰囲気でサキュバスたちを(なだ)める。

「マスターは魔人よ、強いわ。普通の冒険者では太刀打ちできないのよ? ここはお姉さんの意見に従って逃げて……。いざとなったら私たちが盾になるから、早く、お願い」

 サトシ
(ヨシタカ)の言う通り大丈夫ですから、お姉さんたちを守りながらいますし、僕たちに任せて下さい」

 ミキオ
「お姉さんたち、お、オレのオーディーン・ソードの切れ味を見せてやるぜ、安心しな」

 ヨシタカ
「ミキオ……、言い方ぁ」

 サキュバス
あなた(ミキオくん)は黙ってて」

 ヨシタカ
「よし行くぞ! まずは彼女らの歩みを止める」


「待ちたまえ」

 やや高めの男性声と共に、奥からマスターが出てきた。その男はしょうゆ顔のイケメン青年で、見かけが三十台前半、ほっそりとしていて背が高かった。この男がサキュバスの言っていた魔人であり、発する気が強く、容易に魔人だと分かった。

 マスター魔人
「邪魔をしてもらっては困りますな、お客様」

 サトシ
「どうみても操られた女性十人が意思を無視されて誘拐される所だろう? 邪魔させてもらうよ」

 マスター魔人
「それがどうかしましたか?」

 ミキオ
「自分の意志でないのに移住させられる女性たちを見逃せるわけないだろ? サトシに続き思いっきり邪魔させてもらうぜ、そこの変態野郎!」

 ヨシタカ
「……(サトシとミキオに体力強化の付与をかける)」

 マスター魔人
「大人しくしておけばいいものを。軟弱な人間たちよ、わたしのパワーに耐えられるかな?」

 マスター魔人は、魔のオーラを全開にして威嚇してきた。周囲のガラスコップなど、店全体がビリビリと振動した。彼が威圧してきた魔のオーラは、かなり強力であり、魔王国の幹部級と言えるほどの実力が伺えた。さすが誘拐の窓口をまとめる魔人といえよう。

 しかし、その魔のオーラをものともせず、すっと立ち上がったサトシは音もたてずマスターへ近寄り、聖剣エクスカリバーを首に当てて殺気を当てる。一瞬の動きだった。

「なっ! なにぃ、いつの間に私のペナルティエリア内に、それにこの剣は、聖剣……」

 サキュバス・ウェートレス
「ええっ! マスターが簡単に追い込まれたわ、すごいっ」

 サトシ
「死にたくなければ僕に話を聞かせてくれないか? 沈黙は許さない」

 サトシは目が()わっていた。冷静沈着な彼には珍しく感情をあらわにした怒りだった。

「まずは女性たちの催眠を解き(たま)え」

 聖剣を持つ勇者に対しては流石のマスター魔人でも従うほかなかった。素直に頷いてサトシの要求に従い、女性たちの催眠を解いて解放した。

 サキュバス・ウェートレス
「ひょっとして私たちも自由になれるの? それだと嬉しいわ」

 ・・・・・・・・・・

「魔界の王、魔王に伝えろ。こんな事し続けたら俺たちが怒るぞ、と」

「わ、わかった……、すまなかった」

 こうして勇者パーティの三人が事件を無事に解決し、異世界王国に平和が訪れた。

 めでたし、めでたし

↓ 攫われようとしていた娘たち。救われて良かったネ!


・・・・・
・・・・・

「とうとう書き上げたぜ……」

 NTR小説がヒットしてしまったおかげでNTR小説ばかり書くようになった作家(39)は苦悩していた。恋愛小説が書きたいのに、なぜか書けなくなってしまったのである。恋愛小説の場合、連載五十話目ぐらいで出てくるクライマックスがNTR小説では一、二ページ目で出て来てしまうからだ。

 ジレジレが書けない、鈍感系主人公が描写できなくなっていた。

 純愛小説に挑戦し、渾身の三作を書き上げたものの、女子大生アシスタントの早乙女恋(さおとめれん)(20)にダメ出しを喰らってしまう。前作の終わりで『もう、あなた異世界ものに戻りなさい』と言われてしまい、落ち込みつつも、

「そうだ! 異世界もので純愛物語を書けばいいんだ!」と悟りを開き、書き上げたのが当物語である。

 完成したばかりの原稿を読み終えた早乙女恋が俺の顔を見ている。

 目のハイライトは……いつものように消えていた。怖い。いつもよりずっと怖い。

 そして一言だけ発した。




「何コレ」


 彼女は茫然自失となり言葉を失ったかのように終始無言だった。
 俺は正座をして彼女の言葉を待つ。次の言葉はこんな感じだろうと推測する。

「ミカジュー、何コレ」
「ウェートレスさんの胸を絞るって、何コレ」
「これのどこに純情・恋愛の要素があるのよ、何コレ」
「テンポ悪いし、長いし、何コレ」

「ねぇ、ヘンタイさんにジョブチェンジしたの? 何ソレ」

 正直に言ってくれよ……。しかし彼女は無言のままであった。
 そろそろ正座をしつづけて足が痛くなってきた。

 夕陽が窓からさしてきた。カァーカァーとカラスの鳴き声がする。

 ……俺は正座のまま、(れん)から解放されることはなかった。

・・・・・

 後日、俺(39)は早乙女恋(20)と夏祭りにやってきた。

 夏の風物詩であり恋愛物語では必須のラブラブ・イベントである。ただ俺たちは歳の差婚であり、一旦結婚してしまうと、このようなイベントでも普通の夫婦として先輩風をふかし、カップルたちを『がんばれよ~』みたいに余裕を持って眺めてしまう。

 俺たちは夫婦。思えば恋愛物語ではゴールイン、究極のハッピーエンド、恋人同士のワンランク上の存在である。上位互換として余裕になるのも無理はない。

「はぁ~」と恋が溜息をついた。

「ごめんって、悪かったよ。あんな作品はもう書かないからさ、許してよ」

「あのさ、貴方は気づいてないかも知れないけど、女性読者は一人も残っていないからね?」

「ひ、ひとりも……嫌われちった?」

「当たり前でしょ。生理的に無理だわ。私の友達だって読んでいるのに、次会った際にどんな顔してればいいのよ……」

「ご、ごめんって」

「はぁ~、私の夫だって胸張って紹介するのが恥ずかしいわ」

 恋と俺は、手を恋人繋ぎにして共に歩いていた。

「はぁ~、もうイヤ」

「無理やりNTRを封じたから、その反動で(いびつ)なミカジューなんてものを作り上げちゃったのかなぁ」

「この変態仮面っ!」

「そんなこと言うなよ、ほら、タコ焼きとかりんご飴か買って食べよう」

「もう……バカ」

 楽しい気分でリフレッシュしようと恋を誘って夏祭りに来たは良いものの、彼女は溜息ばかりであった。

「恋、機嫌なおしてよ。綿(わた)あめもあるよ」

「だって……あなたの小説、みんなが見てるんだもん。恥ずかしすぎるわ」

「そんなに見てないって。セーフだよ、セーフ」

「はぁ~。友人知人に紹介するんじゃなかった……」

 綿あめに(かぶ)り付きながら、俺と恋は神社のある方向へ歩を進めた。
 人が少なければ階段で座れるから楽が出来る。
 座って、たこ焼きを食べながら花火を観るのが最高のシチュエーションだ。

「どうやったら女性読者を集めることが出来るんだろう。スローなラブラブ動画がネットで女性視聴者に流行っていると聞いたことはあったけど」

「あなたはエンターテインメントを勘違いしてるんじゃないかしら?」

 唐突に恋が語り始めた。

「あのね『奥さん、ガバッ、い、いけません慎吾さん』というのですら、小説では筆力が相当必要なのよ。純愛な恋愛物は最も筆力が必要だと言われてるわ」

「そうなんだ……」

「舐めて掛かったら駄作のオンパレードよ」

(しゅん……)

「そんなに落ち込まなくても……まぁいいわよ。過ぎたことは仕方がないし」

「もし協力するとしたら、そうね、『丘の隠れ家』に主人公が片想いの大切な幼馴染がバイトしてたら、どう?」

「……死ねるな」

「フフッ……。今夜は楽しも」と笑いながら恋は俺の左腕を取って身体をくっつけてきた。

「射撃の景品取りでもやる?」

「そうだな、一発、大きなぬいぐるみでもゲットしようか」

「うんっ」

 二人はにこやかに笑いながら屋台を巡っていく。幸せなオーラが包んでいた。
 時々、恋が繋いだ手をぎゅっと握る。その度に俺は幸せを感じる。
 ちなみに射撃での収穫は全くなかった。

 神社に着いた。人は少なく、花火をゆっくり観るには穴場といえよう。
「よっこいしょ」階段に座って袋からみたらしを出して、もぐもぐ……恋は幸せそうに食べ続けていた。祭りや初詣の屋台では、どうしてあんなに美味しく感じるのだろう。

「みたらしや焼きそばを食べて喉が渇いたわ。あと少し歩いて疲れちゃった」

 神社の階段で座りながら花火の開始を待っていたら、恋がそんなことを言った。

 俺は周囲に飲み物が入手できるところはないか頭を回して確認していく。自動販売機とかないかな? すると神社から少し離れたところにお洒落な喫茶店がある事に気がついた。全面ガラス張りで、店中から花火が観えるようになってる。これはラッキーじゃないか? ここから見ても中に客が多く入っていない、席が空いているのが見えた。

「レン、見てごらん、奇麗な喫茶店があるぞ。あそこ行ってみないか?」

「うん。オシャレそうなカフェだね」

 俺は恋の手を取り、自然と恋人繋ぎをして喫茶店へ向かって歩いた。時々、恋が俺の顔を覗き込んで『うふふ』と幸せそうにはにかんでいた。

 カランカラン

「「いらっしゃいませーーーっ」」

「お二人ですか、お好きな席にお座りください~」

「はい、ありがとうございます」

 俺たちは窓際の四人席を取った。外が良く見えるので花火もバッチリだろう。

「あー涼しいなぁ~」

「こんな場所を見つけるなんて、旦那として素敵よ。褒めてあげる」

「ふふ、名誉挽回、名誉回復ってところかな」

「うん、良かったね」

 するとウェートレスが注文を取りにやってきた。

「えっと、俺はアイスコーヒー」

「私はアイスレモンでお願いします」

「ご注文を繰り返します。アイスコーヒーをおひとつとアイスレモンティですね」

「「はい」」

「ありがとうございます。しばらくお待ちくださいませ」

 注文を終え、俺はレンの顔を見ながら微笑んだ。

「また来年も来ような」

「うん。最高のシチュエーションよね」

「ご飯はどうする?」

「ここで食べてもいいね。まだ私はお腹が空いていないけど」

 俺はふとテーブル横に立てかけてあるメニューを取った。
 さらりと品目に目を通していく。すると、ある項目に目が釘付けになった。




「み……、ミカジューが……ある……」

 うっすら店名が見えた。

 ……丘の隠れ家






 夏祭り以降、この夫婦の姿を見たものはいなかった。


【Fin】


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お読みいただき、誠にありがとうございました。
異世界、恋愛、サスペンス&ホラーのハイブリット小説でした。
如何でしたでしょうか?

読者「なげーよっ!」

★ミカジュー元ネタ
『勇者たちの使命感:次なる異世界』第43話 森の隠れ家
https://novema.jp/book/n1761951/44