カラオケ店で多数のクラスメイト達と一緒に居る。文化祭の打ち上げだった。

 ぼくの対角線、角の方には僕の好きな女の子・小鳥遊星奈(たかなしほしな)がいる。幼馴染で恋人だ。ただ、付き合っている事はみんなに知られていない。知られているのはご近所さんで幼馴染というところまで。

 僕と星奈の鞄にだけお揃いのキーホルダーがついている。
「いつまでも一緒だよ、このキーホルダーがついている限り!」

 これが二人だけに通じる秘密。恋人同士を隠すため教室でも特に親しく過ごしていない。

 それゆえかフリーの彼女を引っかけようとクラスで一番人気のイケメン・高瀬がしょっちゅう彼女に声を掛けるので警戒している僕。あまりにも積極的なので彼女が困ってきた。よし、助けよう。

 壁に追いやられていた彼女と、僕たちに背中を向けていたイケメンとの間に、僕は無理やり入り込む。

「ちょっとお邪魔するよ。小鳥遊さん、そろそろお母さんが心配するよ」

「あ、(たっくん)

 僕は彼女に声を掛けて先に帰ると皆に宣言した。一緒に帰るのは近所だからと説明した。納得していないイケメン陽キャ、クラスカーストの男子たちが「おい(たけし)、ちょっと待てよ」と絡んでくる。僕たちは「じゃぁ」と逃げ出した。

 彼らは諦めが悪いのか「小鳥遊さん、ちょっと待ってよ。クラスの打ち上げなんだからお母さんだって許してくれるはずだよ」等と喋りかけ説得、出口まで男子数人がぞろぞろと追いかけてきた。

 なぜだ? しつこいにもほどがある。

 店員さんに会釈して外へ出ると駆け足にして離れようと試みた。男子たちは相変わらず「もう少しだけカラオケの部屋に居てよ」とか「まだ解散してないよ」と声を掛けてくる。まぁ、確かに若干、クラス行事みたいになってしまっているカラオケなので正当な主張と感じないこともない。しかし、そこに下心があるから嫌なんだよね。

 角を周り彼らが見えなくなるころに手を繋いで小走りで細い路地を通っていると、彼女がここに入ってやり過ごしましょうとラブホテルと知らずに誘ってきた。僕もうっかり同意して入店。僕らは私服でクラスの打ち上げのカラオケに参加していたので、多分、お咎めがなかったのだろう。

 アミューズメントみたいなゲームコーナーみたいな雰囲気のお店だなぁと思ってフロントらしきところでウロウロとしていると、顔の見えない窓口に女性が来て僕らに声を掛けてきた。何号室にピコピコ電気が点滅しているからそこに入ればいいよと部屋に通された。

 なんだろうココ。グッズが一杯、お風呂が広くて奇麗、テレビに映画が見放題、などと何も知らずに楽しく過ごす僕達。しかし、やっぱり如何わしい場所だよね? ここ。

 星奈は僕と同じように何が何だか分からない風だが、自分がここに隠れようと言ってしまったゆえ、僕よりも落ち着いて部屋の中を物色しまくっていた。独り言をぶつぶつ言いながら新鮮な感覚なのか目がニコニコしていた。

「この袋は入浴剤かな? これは何だろう、身体を洗うもの? たっくん、これ面白いね。(ソルト)って何に使うの? 時間制ってパンフレットに書いてあるけど、何時まで滞在できるのだろうね、たっくん、お金どれぐらい持ってる? 私のお金と合わせれば清算は大丈夫かな? あれ? 枕の所に0.01㎜とかってグミみたいなお菓子が置いてあるよ。ぐにゃぐにゃしてる」

 などとテーマパークに来たみたいにはしゃいでいる。

「高級ホテルでは枕元にチョコレートが置いてあるんだってさ。ここはグミなんだね」

「よく知ってるね、流石。誰から聞いたの?」

「お父さん」

「おじさん、元気してる?」

「うん。そうそう、ちょっとTVをつけてみよう。ビジネスホテルだと案内の番組があるよね、きっと」

「あ、メンバーズカードって購入すると料理とか割引されるんだって! これはお得よね。買おうよ。ゲームセンターや遊園地のメンバーズカードと同じだよね。ふふ……楽しくなってきちゃった」

「星奈、お風呂がデカいぞ。すげぇ。家のお風呂の二倍ぐらい大きくないか?」

「たっくんのエッチ。お風呂が広いからって一緒に入るのは未だ早いからね!」

「そ、そんなこと言ってないだろ。ただ外から中が見えるな。どうしてこんな風になってるんだろ。まずは何か飲もう。えっと湯沸かし器があるし、紅茶かコーヒーか、星奈は何飲みたい?」

「コーヒーお願い」

「淹れるから待ってて」

 こんな風に未知なる世界に接した二人は何と朝まで過ごして帰宅した。彼女のご両親は幼馴染として僕に友好的なので信頼されているのか朝帰りでも怒られなかった。二人でウトウトしてから、僕が朝になっていることに気づき青ざめ、自ら率先して反省しているから、その様子で彼女の両親は怒るに怒れなかったのだろう。

 次の日。学校では僕が意識してしまっていた。クラスメイト達が知らない世界、そこに先鋒として入って大人になった気分(なにも経験していないが)、一緒に大人の階段を登った星奈への恋心がワンランク発展した模様。真の意味では全く大人の階段を登っていないが細かいことは許して欲しい。

・・・・・

 教室では、高瀬達イケメンたちは、星奈にしつこくカラオケ後の事について話しかけている。あの後、どこに行ったのだの、家にまっすぐ帰ったのか、などと探るばかりの発言で辟易する。相変わらず彼女もタジタジだ。嘘もつけない性格なので限界が早かった。ふぅ、また助け舟を出す僕。

「お前ら、僕は小鳥遊さんの幼馴染として言うぞ。しつこすぎ。真っすぐ家に帰らなきゃ門限破りだと彼女は怒られていたんだ。他の場所に寄るぐらいならカラオケに居続けたさ」

「おい、なら何で方向が自宅じゃない方角へ走って行ったんだよ。あの先にはラブホ街があるじゃないか。まさか寄ってないだろうな? それを心配しているんだぞ俺たちは」

「よ、寄るわけないだろ。なぁ小鳥遊さん?」

「ふぇっ」

「ああ、高瀬らの疑問に応えてやって」

「あ、あそこってラブホっていう施設だったの?」

「すげぇ風呂がデカかったよな」←うっかり武

「うん」

「ちょっとマテ、ふ、風呂がデカかっただとぉ……」

「「あ……」」

 特定のクラスメイトや彼女といる時はIQがとたんに下がる鈍感主人公だが、男子たち、後輩とか妹、親に対する時は俺様モードに切り替わり頭も悪くは見えない。

「ふっ、そんな知識はその辺に転がっているだろ、信じるも信じないもお前ら次第」

 苦しい言い訳をせざるを得なかった。なぜだ。どうしてこうなる?
 しかし、その日以来、男子ら陽キャ、イケメン軍団の連中は大人しくなった。

 星奈へのチョッカイが激減し、余計な邪魔が入らなくなって順調な日々をこなす僕。テスト勉強も成績もまずまずだ。放課後も星奈に遊びに行こうと誘う男子が少なくなった。僕は周囲が控えているとばかり考えていたのだが、甘かった。後に違う理由だったことが判明する。

 星奈と高瀬が付き合ったからチョッカイが掛けられなくなったっぽい。うそだ……

・・・・・

 ある日、彼女と例のイケメン・高瀬が歩いているのを目撃した。ラブホ街を歩いているが、まっすぐ行けば駅であり、その光景を見て僕は悩んだ。手を繋いでいなかった。ラブホに入るなら恋人繋ぎや腕を組むぐらいするだろう。

 僕は彼女らを追いかけようとして走り出す。タンタンタンとステップを軽快に走る。陸上部並みのスピードだ。僕は陰キャ性格によりクラスカーストは低いがスペック自体はそんなに低くはない。陰キャと言われているが彼女(ほしな)に言わせれば優しさの塊だそうだ。

 さぁ追いつきそうだという時、突然、横からクロネコが飛び出してきた。つんのめって転ぶのではなく、驚いて止まってしまうという微妙にタイミングが(はま)ったクロネコの横切りだった。停止した僕はクロネコを見ると、反対側に走って行って見えなくなった。彼女の追跡を邪魔してくれたのだからナデコ・チャレンジぐらいさせて欲しかった。人馴れしていない野良猫だったのだろう、残念だ。

 結果、僕は彼女たちを見失ってしまった。

 ──きっと二人は帰宅中、偶然に出会って一緒に駅に行ったのだろう。そう考えることにした。

 クロネコが横切ったという不吉なジンクスが脳裏をよぎったが、気にしないことにした。

 ところがある日、彼女とイケメンが揃って学校を休んだ。僕は彼女を普通に心配していたが、担任からレポートと行事予定のプリントを僕の近所だから届けてくれと依頼された。僕は頷く。

 彼女の家の玄関に来た。ピンポーンと鳴らしても誰も出てこなかった。お留守なのかな? でも学校休んでいるし疑問に思いつつ玄関を開けると鍵がかかっていなかった。

 彼女の靴はあり、やっぱり家にいたかと安心するも、なぜかイケメンの履いているローパーに似ている靴が置いてあった。星奈には兄や弟はいない。高校生らしい運動靴などは小鳥遊家の玄関では過去見たことがなかった。少し思索にふける。

「ま、まさか……」

 躊躇した。音を立てず玄関を通って階段を登って、二階にある彼女の部屋まで行くと、イケナイ光景を見てしまうんじゃなかろうか? と悩む僕。

 すると後ろから郵便屋さんが荷物を持ってきて声を掛けられた。家の人間ではありません、今はお留守のようです、と返事をして、僕はプリント類をポストに入れて自宅に帰ることにする。ヘタレだと云うなかれ。不法侵入をするよりはいいだろう。……そうやって言い訳を考えて結果を見るのが怖かった、避けたかったのだろうと自分の心理を分析した。

 玄関から踵を返して自宅に向かう途中で、星奈にスマホで連絡してみると既読すらされなかった。自宅にいたはずだ。学校を病欠していたのだから。でも、玄関に見たことがない男子物の靴があった。それは高瀬のものに似ていた。

 自宅に帰って妙に悩んでしまった。モヤモヤする。ベットの上でモンモンを繰り返した。こういう事は早めにハッキリさせないと悩みの渦に巻き込まれる。また星奈を勝手に恨んでどす黒い嫉妬に駆かられることがある。やはり彼女の部屋に乗り込むんだった。プリントを直接渡せば良かった。

 くそ、何でIQが下がるんだ肝心な時に!

・・・・・

 この件をNTRに詳しい生徒に相談をしてみた。隣のクラスの男子(西之原)だ。

 アドバイスを受けた。

「ラブホ街に行く姿なら、必ず入るかどうかまでを見定めろ。中途半端で見失ったら無かったことにしろ。恋人を最後まで信じろ」

「彼女の自宅に入っていたら不法侵入、だがしかし、変なものを目撃したら脳破壊されるので、逆に幸いだったぞ。部屋の中で恋人と男のラブラブを目撃した時点でラブコメなら物語が終わってしまうからな」

 などとアドバイスを受けた。つまり速攻で浮気を目視できなかったら即座に無かったことにして忘れろ、恋人を信じ続けろという事だった。確かにホテルに入るのは目撃していない、玄関にあった高瀬の履く男子靴に似たものは高瀬のものだとは確認していない。たまたま同じ日に星奈と高瀬が休んでいたというだけだ。うん、無かったことにしようか。

 でも、少しぐらい星奈に直接確認してみればいいよね?

 後日、僕は彼女から怒られていた。正座だ。

「あのね、私は一途なの。浮気なんてしないから。信じてくれなかったのが悲しいわ」

 そう言われても未だに疑ってしまう自分がいた。どうして疑ってしまうのだろう。
中途半端な状態で僕という彼氏が存在しているからか? 彼女は美少女だとご近所ですら評判が良く、学校でも人気者だ。一方の僕は普通の生徒でしかない。

 なぜだか今回の件をキッカケに、僕は勉強や運動を始めた。しかしラノベの主人公のようにはいかなかった。

 彼女は相変わらず可愛らしく、優しかった。

 ある日、また彼女とイケメン高瀬がラブホ街を歩いていた。
 目撃した僕は急いで追いかける。
 距離を縮めた瞬間、今度はクロネコが邪魔しに来るのではなく、お爺さんに道を尋ねられた。

「お兄さん、道を尋ねたいのじゃが、ここにはどう行けばいいのかのう」

「お爺さん、次を右折して二百メートル先にコンビニがありますから左に曲がって五十メートルぐらいのところです。足元に気をつけて歩いて下さいね。道に迷われたら、いつでも又お聞きください」と、どこかの営業マンのように挨拶を終える僕。

 あー、また彼女たちを見失ってしまった。スマホで連絡してみると、これまた既読すらつかなかった。結果的に数時間も既読されなかった。前回と同じだった。

 僕はその場でまた思索にふけってしまった。まさかカラオケの脱出劇の際、そう、ラブホに逃げ込んだ時、彼女に不要な知識が溜まり、ビデオオンデマンドなどに興味が出て、イケメン高瀬と一緒に遊びに行ったのかもしれない。いや、雑談でラブホ内の設備について話題にしたら、イケメンもこれ幸いと一緒に入って遊ぼうとテーマパークのように提案をして星奈を誘ったのかも。あの時購入したメンバーズカードは星奈が持っていた筈だ。持ってるなら使ってみたくなっちゃうよな?

 いずれにせよ細かなことは分からないが、最悪の想定もするべきだとNTR通の男子(西之原)は話していた。彼女らは二回もラブホ街を通ったわけだしね。スマホの連絡も同じように既読がつくのが異常に遅かった。タイミング的に疑いたくなる。

 いや、疑っては駄目だ。最後まで恋人を信じ抜く。それが大切だとNTR通さん(にしのはら)は仰っていただろう。

・・・・・

 ある日、彼女(星奈)イケメン(高瀬)が二人でホテルに入ったところを目撃した。今度は恋人繋ぎをしていた。三度目の正直。こればかりは衝撃的だった。凹んだ。泣いた。男としての自信も何もかも失って彷徨(さまよ)った。スマホで彼女に「ホテルにイケメンと入って行くのを見た。別れよう」とメッセージを送った。

 終わった。終わってしまった。今日までの苦悩が解消された。

 肩をがっかりと落として自宅に帰ってくると、自宅の側で偶然出会った星奈の妹から声を掛けられた。どうやら僕を待っていたらしい。その娘は目を真っ直ぐ僕の顔を見て、真横に結んでいた口を開いて緊張しながら言葉を発した。

「たけしお兄ちゃんの事が好きです! お付き合いをしてください。お姉ちゃんはイケメン先輩と如何わしいことをしています! お兄ちゃんに相応しくありません!」

 いきなりの急展開。勢いがありすぎて考える暇もなく僕は頷いた。そして妹ちゃんと付き合うことになった。星奈と高瀬のラブホ入店を目撃して、別れるメッセージを送って時間もそんなに経っていなかった。高校生の僕にとって愛情云々以前に流されるというのは仕方がない状況と自分を納得させた。

 そして夜、ラブホから帰ってきた彼女は、スマホに着信していた僕のメッセージを見て焦りながら僕の自宅に来た。

「お願い、ごめんなさい、本当に好きなのは貴方だけ、誤解しないで! あなたと行った時と同じように、エッチなことは何もせずに部屋の中で遊んでいただけなの」

 彼女の鞄には僕があげたプレゼントであるキーホルダーが付いていた。それを指さして言う。

「もう、それ要らないよね? 返して。捨てるから」

「そんなこと言わないで! これは私の大切な思い出なの、あなたと常に一緒に居れると思って付けているの。ごめんなさい、本心から謝るからこれだけは取らないで。許して」

「いや許せないよ。これから僕関係のものはすべて捨てる。君の事は忘れたい。君の記憶の中にも僕を置いておかないで欲しい」

 僕の言葉が聞こえた星奈は、目を開き、突然の別れに心がついてこず、無意識に瞼に涙が溢れるものの、泣いていることにすら自覚できていないようだった。頬を一筋の流れのように涙が垂れていく。顎の先で大粒になった雫は、驚くほどの量になり地面を濡らす。

 彼女は目を細めて涙をぬぐおうともせず無言のまま鞄からキーホルダーを外して渡してきた。このキーホルダーは小学生の時、お小遣いで買ってプレゼントしあった初めてのペアものだった。それが付いていることで僕はいつも喜んでいたのだが、今は邪魔な部品みたいな感覚だった。

「ごめんなさい」

「僕は星奈の妹ちゃんと付き合うよ」

「そ、そんな……」

「今まで、こんな僕と付き合ってくれて、ありがとう」

(そんな冷たい目で見ないで、本当に何もしていないの。信じて、ねぇ信じて……)

 えーーーん、えーーーん、うぇ~~~~~~~ん

・・・・・

 次の日、彼女(星奈)はイケメンに食って掛かっていた。

「高瀬君! あなたのせいで! あなたのせいで別れちゃった。あなたが私にいつまでもちょっかいを掛けて、迷惑だからと少しだけ同行しただけなのに! 何もしてないのに大切な人に疑われちゃった!」

「ごめん、ごめんよー」

「一回断られたら男らしく諦めなさい! 何度も何度もしつこいのよっ」

「ごめん許して、もう君のこと諦めるから」

「許す筈がないでしょ! あなたも彼に謝ってよ! 何もなかったって証明してよ!」

「24時間録画とか録音とかしていない限り、無理だよー」

「防犯カメラを入手するとか、少しは努力してから言ってよ!」

「彼氏を嫉妬させようって作戦にもキミは乗ったじゃないか」

「そんな言葉に釣られた私も悪かったけど、別れちゃったじゃないっ」

「だから、ごめんってば」

「どうしてくれるの! どうして……」

 ふえーーーーーん、えーーーーーーーーーーーーーーーん

 どうやらホテルに入ったものの、彼女は本当にイケメンとは身体の関係はなかったらしい。ただ、それを証明することは出来ない。失ってしまった信頼、そして疑いは消えることがないものだ。だから疑われるような行動は慎むべきだし、自宅に遊びに行きたいと言われてもキッパリと断る事、二人きりで部屋に居たりしてはいけない。

 ──とまぁ、こんなありきたりな展開になったわけだ。

 それを聞いた友人(西之原)と教室で。

「そっか、別れたのか。王道のNTR展開だな。恋愛とは違う」

「王道か……。心が痛いよ。でも妹ちゃんと付き合えることになった」

「良かったな。次は妹ちゃんが恋人繋ぎで歩くのを目撃する筈だ。俺たちにラブコメは無理だ。諦めろ」

「まじですか……」

 キャッチコピー:NTR神に愛されたものは逃げられない。

・・・・・
・・・・・

 NTR小説ばかり書いていた作家が恋愛小説が書けなくなって苦悩していた。
 これは渾身の気合で書き始めた純愛ラブラブ、恋愛キュートな小説の筈だった。

「この新作小説なんだけど、なぜこうなったの……? クロネコがそんなにタイミングよく出てくるかしら? 更に失恋した直後に妹ちゃんが待っていて告白されるだなんて、ないない。あなた、NTR小説ばかり書いていたせいで恋愛小説が書けないから苦悩してると言ってたのに、前作の『眠り男』より、もっと酷くなってるわよ」

 隣に座る女子大生アシスタントの早乙女恋(20)が俺に言う。顔を見た瞬間、呼吸が止まった。

 目のハイライト……が消えてる。

「NTRばかりだと……、小説家としてダメになっちゃうよ? 妹ちゃんも可愛そうだわ」

 にこりともしない、感情を抑えた声、俺はごくりと喉を鳴らした。

「いや、ほら、俺(39)って姉しか居なくて妹が欲しかったんだよね。だから、どうしても妹を登場させたくてさ。恋愛小説にするためには仕方がなかったんだ。お姉ちゃんが登場したら直ぐにNTRの渦に巻き込まれちゃうし」

「ねぇ、私って貴女の奥さんよ。歳の離れた妻。妹よりもずっと若いの。あなたが小説家デビューした時二十歳でしょ。私ほぼ産まれてないからね」

「いや()属性でなく()属性は別物なんだよ……全然違うんだ……」

 俺のIQが下がった瞬間の言い訳だった。

「クロネコだって、ホテルに入るのを主人公が目撃してしまったら即座にNTR小説にジョブチェンジしちゃうだろ? クロネコやお爺さんや郵便屋さんに目撃を阻止させるという苦肉の策、というかソレしか思いつかなかったんだよ」

「駄目じゃん。結局、彼女は身体の関係はなかったのだから、キーホルダーを取るのはやりすぎじゃない? 許してあげようよ。可哀想だよ」

「でもさ、恋人つなぎしながらホテルに入ったら、流石に彼女を信じるのは無理だよね? それに妹ちゃんと付き合う形にしちゃったし」

「恋人つなぎさせなきゃいいじゃないの」

「……というより、どうしてホテルに入る場面が要るのよ、恋愛小説を書こうとしていたんでしょ? ホテルの描写もくどいし、恋愛小説のクライマックスでも普通はホテル描写すら出ないよ? 片想いの相手が他の人と手を繋いでいるのを目撃するだけで充分、疑心暗鬼(通称ギシアン)を掘り下げればいいのだから。それにNTR評論家の西之原(ヨシタカ)くんまで出してるし」

「う~ん。クライマックスまでの鈍感主人公やジレジレが書けないんだよ。恋愛小説の連載五十ページ目ぐらいで起きるクライマックスが、NTR小説だと一~二ページで起きるのだから、癖で書いちゃうんだよね。だから俺は恋愛小説が書けなくなってしまっているんだ。これでも苦悩してるんだよ」

「待ってよ、それにさ、私達だってラブホに行っても何もせずに映画観て食事を堪能して帰ることがいつもじゃない? どうして他の人なら必ずエッチしてるって思うのよ」

「いや俺たちは夫婦だから別にラブホテルで泊まっても常に欲情しているわけじゃないからなぁ。シティホテルと同じ感覚。寧ろセックスレスになってるし一般カップルと違って特別だって」

「それ、笑い事じゃないからね。言っておくけど」

 この小説家はNTR縛りを脱却できるのか。恋愛小説を書けるのか。
 誰にも分からない。光明が見えてこなかった。

 今日も苦悩し、足掻き続ける小説家だった。



★他の西之原のNTR相談
『異世界から現実世界に戻ってきた』第8話 恋愛相談
https://novema.jp/book/n1762719/8