Petals Left Behind

【水嶋茉冬 二十三歳 春】


「まふちゃんはいいよねぇ、あんな素敵な彼氏がいてさ」


 あはは、と笑いながらウーロン茶を飲む。もうあたしはずーっと彼氏がいないよぉ、と嘆く友人に、どう言葉をかけていいか分からず飲み込んだ。


「遠距離かぁ、寂しくなったりしないの?」
「……うーん、慣れたかな」


 嘘つき、とすぐさま心の中の自分がツッコミを入れる。うるさいな、黙っていてよ。私は慣れてるの、返信が来ないことにも、会える日が少ないことにも、慣れてきているの、と暗示をかける。そうして、感覚が麻痺するのを待つ。


「ほえー、まぁその分会えた時が嬉しいとか言うもんね」
「そーそー」


 誰も、気づかない。私も、気づかないふりをしている。バリン、と何かが割れる音がした。




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 そろそろ会えるとうれしいな、という文面を何度も見直して、送信ボタンを押そうとして、結局やめる。削除はできないから、気が変わって送れるようになったらいいな、と思いながらそのメッセージを残したままLINEを閉じる。
 なにもうまくいっていない気がする。ひとつがうまくいかなくなると、なし崩しですべてがうまくいかなくなるのはどうしてだろう。

 一日の終わりに、カメラロールを開くのが日課になっていた。彼とのツーショットは三ヶ月前が最後。


 相手の温度が下がっているのを見て、心が離れていくのをただ見ているだけの恋愛ほど苦しいものはない。
 今まで付き合った人たちはみんな、私に冷めて離れていく。
 重いのだと思う。どうして私のことなんて好きなの、なんで私なの、という思考が抜けないから、毎回毎回重たくなっていって、縛って、寂しくなって、結果的に相手が限界を迎えてしまう。
 私だってもう少し可愛かったら、まだ一緒にいたい、なんて言えていただろうか。それか、「じゃ、また今度!」とカラッと笑って帰って、相手から求められるような強い女性になれたらよかったのに。

 自分に自信がないくせに、求めるものが多すぎるから、相手の言動に一喜一憂して、不安になって、全部壊す。優しいひとの、優しい面を引き出すのが絶望的にへたくそだから、いつも「めんどくさ」と思われてしまって、それを表情から感じ取ってしまう無駄に高い観察眼のせいで、また不安になって困らせての繰り返し。


 離れていかないで、あなたが離れていったら、私の価値はどこにいくの?見捨てないで、お願いだから。


 最初はみんな尽くしてくれても、だんだん冷たくなって雑になる。きっと、私に問題があるのだと思う。嫌われたくないから、不満に思っていても「全然大丈夫だよ」と聞き分けのいいふりをする。結果、全然大丈夫じゃない私だけが残る。

 ひとの気持ちは分からないし、コントロールすることもできないのに、私はわからないことをぐるぐると考えてしまう。考えても仕方ないのに、わからないという状態が不安だから、曖昧さに耐える強さを持っていないから、抱えている不安を誰かに伝えて、安心する言葉をもらわないと、自分の不安を自分で解決することができない。
 その役目をいつも恋人に押し付けるから、結果的に「ごめんね不安にさせて」と言ってくれる恋人も、やがては謝ってばかりになって、冷められる。そりゃそうだろうな、と思う。重くてねちっこい恋愛より、明るくて楽しくて、会うたびに元気になれるような恋愛がいいに決まっている。安らかな居場所のような恋愛がいいに決まっている。それなのに、私は自分で自分を満たすことができないから、心に大きく開いた穴を誰かで埋めることでしか、自分を保てない。


 先ほど打ち込んだメッセージを削除して、「琥尋くんは私のことすき?」と送信する。5分経って、未読のままのトーク画面を見つめながら、どうしてこんなこと送ったんだろう、と惨めになって、送信取り消しをする。どうか彼が見ていませんように、スマホのバグで通知が残りませんように、と祈る。こんなバカみたいなことを、ずっと続けている。

 好きだよ、と返ってこなかったら病む。好きだよ、と返ってきても、「だったら会いにきてよ。言わされてるだけじゃん」と病む。どっちを選んでも不正解の攻略ゲームをさせている。こういう女は恋愛向いてないからすぐに振られてしまえばいい、と思う。けれど、見捨ててほしくない、とも思う。

 舐められたくない、雑に扱われたくない、と思いながら、そういう扱いになるようにしているのは私だ。離れることができないからだ。切る勇気を持てないから、いつまで経っても舐められたまま、低燃料の恋愛をされる。




 どうして彼が私を選んでくれたのか、いまだに分かっていない。
 医学部にとても美しい顔の人がいるというのは、キャンパス内で噂になっていて知っていた。ただでさえ広すぎるキャンパスなのに、それでも回ってくるということは相当美しい人なのだろう、と思っていた。それと同時に、一生関わることすらないのだろう、とも思っていた。
 容姿も脳みそも優れた人間と私は、そもそも住む世界というものが違っている。容易に近づけないというより、近づくことすらできないように、世界は自ずとそんな仕組みになっている。そう思っていた。