レッスン! 〜幼なじみを終わらせる、正しい方法〜

「おはよう、翔太」

 月曜日。いつもと変わらぬ笑顔で、朔が俺に声をかけた。
 それにまた少し戸惑い、視線をそらしながらも無理やり笑って答えた。

「……おはよう」

「なんだよ、しけた面しやがって。もしかして、例の彼女から返事が来なかったとか?」

「あっ!!」
 
 ちょっと心配そうに聞かれ、そこでようやくあることに気付いた。

「うん?」

 怪訝そうに、俺の顔をじっと見つめる朔。それに動揺しながらも、ヘラヘラしながら言った。
 
「……そういえば、まだ返信してなかったわ」

「はぁ!?」

 心底呆れたように、朔にしては珍しく大きな声で言われた。だけど、仕方がないじゃないか。
 ……俺の脳のキャパは人よりも狭いため、朔のことで頭がいっぱいになってしまっていたのだから。

 でもそんな言い訳は絶対に出来ないと思ったから、笑顔のまま続けた。

「いやぁ、めちゃくちゃ内容に悩んでてさ。朔ならあのメッセージに、どんな返信を返す?」

 すると朔は、ちょっと責めるような口調で言ったのだ。

「翔太。……それ、俺に聞くの?」

 まったく予想しなかった、冷たい反応。それに驚き、反射的に一歩後ずさった。
 すると朔は一瞬傷付いたように綺麗な顔をゆがめ、うつむいて。……それから顔を上げ、二ッと笑った。

「そういうのはさすがに、ちゃんと自分で考えた方がいいんじゃないか? ……彼女に対して、失礼じゃん」

「ごめん、朔。……たしかに、その通りだな」

 俺はいったい彼にたいして、どんな言葉を期待していたというのか?
 その答えが分からないまま、俺はまたヘラヘラと笑った。

***

 月曜の午後の講義は、朔は俺と違うものを選択している。
 そのため彼とは別れ、別の友だちと一緒に過ごした。
 
 休憩時間になり、数日ぶりにマッチングアプリを起動する。そこに表示されていたのは、未読のまま溜まった早苗さんからのメッセージ。
 彼女の明るく可愛い笑顔の写真を見ても、まったくといっていいほどときめかない俺の心。それにまた少し動揺した。
 
 それでも俺は無理やり気持ちを切り替えて、ようやく早苗さんに送るメッセージを打ち始めた。

『ちょっと立て込んでいて、連絡が遅くなりごめんなさい! 今度の日曜日、もしよかったらふたりで会えませんか?』

 でも彼女は仕事中だったのか、なかなか既読にならない。なのにそのことになぜか少しだけホッとしてしまい、得体のしれない罪悪感に襲われた。

 だけど夕方を少し過ぎた頃、俺のスマホに一件のメッセージが届いた。

『しょーた君、連絡ありがとう! わーい、日曜日がめちゃくちゃ楽しみ♡』

 以前の俺であれば、めちゃくちゃ狂喜乱舞していたであろうその内容。でも俺の心は、やっぱり動かない。
 ……彼女と実際に会える日を、あんなにも心待ちにしていたはずなのに。
 
「……本当に、これで良かったんだよな」

「うん? 何が?」

 俺のひとりごとに反応し、友人が聞いた。だけど俺は、何事もなかったかのように笑って答えた。

「ううん、なんでもなーい。ただの、ひとりごと!」

***

 結局朔の態度は、その後も変わることはなかった。
 そのため俺は色々と悩むのが馬鹿らしくなり、この件について考えるのを放棄した。

 だけどそうこうしている間にあっという間に日は流れ、気付けば早苗さんとのデート前々日の金曜に。
 なのにこの時になっても俺は、彼女とのデートの日程が決まったことを朔に報告出来ずにいた。

 そのためどうしたものかとまたしても考えあぐねていたら、楽しそうに笑って会話を交わす沢渡センパイと朔の姿を大学の構内で見かけた。
 それを遠巻きに見つめる、たくさんの野次馬たちの視線。

『めちゃくちゃお似合いだよね、ほんと映画のワンシーンみたい』
 
『やっぱりあのふたり、付き合ってるのかな?』

 そんな会話が自然と耳に入ってきたせいで、思わずその場から逃げ出したい衝動に駆られた。
 その理由がなんでかなんて、俺にはまったく分からなかったけれど。

「あ、翔太! いま帰り?」

 俺に気付き、沢渡センパイとの会話を切り上げて手を振る朔。
 その瞬間俺の心を占めたのは、これまで感じたことのない優越感にも似た感情。それにまた少し戸惑った。

「うん、そう。朔も、いま帰り?」

「うん。せっかくだし、一緒に帰ろうぜ」

 笑顔で言われた言葉に素直に答えることが出来ず、一瞬変な間が空いてしまった。
 そのため朔は怪訝そうに眉根を寄せて、俺の顔をじっと凝視した。

「翔太……?」

 彼が、俺の名前を呼ぶ。たったそれだけのことで、心が一瞬で満たされていくような、なのに同時に切ないような不思議な感覚が同時に俺に訪れた。
 ……この男に名前を呼ばれたことなんて、それこそ数え切れないくらいあるはずなのに。

「あぁ……、ごめん。ちょっと、ボーッとしちゃってた。うん、そうだな」

 にへらと笑って答えると、朔は戸惑ったようにほほ笑んだ。

 まったく態度の変わらない朔に、ずっと苛立っていた。
 だけどこいつはこいつで、もしかしたらどうしたらいいか分からなくなっていたのかもしれない。

 そう思うとこれまで抱えていたなんとなく不満な気持ちは、一瞬のうちに霧散した。

***

 自宅へと向かう電車の中での時間は、いつもどおりとても楽しいものだったように思う。
 だけど俺はその間も、彼にいつ早苗さんとのデートについて切り出すかで頭がいっぱいだった。

 そして俺の性格をよく知る彼は、精一杯普通に振る舞おうとしているのににじみ出る不自然な態度を見て、気が付いてしまったようだ。
 ……俺が何か言わなくちゃと、必死にタイミングをはかっていることに。

 電車から降りて、家に向かういつもの道の途中。
 朔がいつもよりも小さな声で、ポツリと聞いた。

「なぁ、翔太。なんか俺に、言いたいことがあるんじゃないの?」

 少しうつむき加減のまま聞かれたため、彼の表情をうかがい知ることは出来なかった。
 でもそのおかげで俺も、戸惑う顔を彼に見られずにすんだのでかえってちょうど良かったのかもしれない。

「うん。……実は早苗さんとの、デートの日が決まったんだ」

 すると彼は顔を上げ、いつになく険しい表情で聞いたのだ。

「……それって、いつ?」

「今週の、日曜日! 彼女も、すごい楽しみにしてくれてるって」

 笑顔で答えたつもりだけれど、俺はちゃんとうまく笑えているだろうか?
 そんな風に思ってしまうほど、俺の心は大きく乱れ、揺れていた。