全身を確認出来る鏡の前に立ち、確認する。
朔がコーディネートしてくれた服に身を包んだら、俺みたいに童顔でいつも実年齢よりも若く見られてばかりの男でも少しだけおとなびて見せてくれた。
……これ、かなり良いのでは?
自分の手柄でもないのにちょっと得意な気分になり、朔に声をかけた。
「着替えが終わったから、朔もちょっと見てくんない?」
俺の言葉に従い、こちらを向く朔。それから彼は、満足そうに口角を上げた。
「いいんじゃない? 翔太に、よく似合ってる」
特別でもなんでもないはずの、普通で平凡な誉め言葉。なのに相手が朔なのだと思うと、嬉しくてたまらなかった。
でもそれをごまかすみたいに、いつもみたいにヘラヘラと笑って答えた。
「ありがとう。だよな、さすがは朔! ……これなら早苗さんの横に並んで立っても、変じゃないよな?」
すると朔は一瞬だけうつむき、それから顔を上げて笑った。
「変じゃないよ。……デート、うまくいくといいな」
彼はこの恋を、応援してくれているのだ。それをありがたいと思わなければいけないはずなのに、胸を締め付けられたみたいにぎゅって苦しいような、切ないような、そんな不思議な気分になった。
でもそれにはやっぱり気付かないふりをして、俺も笑って言った。
「よし! じゃあ早苗さんに、連絡してみよっと。彼女は土日が休みだって言ってたから、予定が合えばいいなぁ」
「あぁ、そうだな。応援してる、ほんと。……翔太には、誰よりも幸せになって欲しいから」
あまりにも重いその言葉を聞き、思わずプッと噴き出した。
「なんだよ? それ。さすがにちょっと、大袈裟じゃね? けど、ありがとう朔。今度こそ、絶対にカノジョを作ってやる!」
わざと明るい声色で答えると、彼はなんとも言えない微妙な表情を浮かべた。
それから彼は何か言おうとして口を開きかけたけれど、そのタイミングで朔のスマホがブルブルと震えた。
その画面に映し出されていたのは、『いま暇? もし暇なら、急に休校になっちゃったからあそぼ♡』というメッセージ。
それを見た瞬間、一気に体と心が冷えたような気がした。
でもこんなのは、いつものことで。……この男が遊び人で、誰とでも関係を持つろくでなしだということを、俺は嫌というくらい知っていたはずなのに。
メッセージの相手は大学のセンパイで、今年のミスコンの女王様だった。美人なだけじゃなく、性格だって良いと聞く。
彼らが並ぶ姿はとてもお似合いだと思うし、俺だって朔の恋を応援してあげるべきだろう。そう思ったから、無理やり笑顔を作って言った。
「わぁ、沢渡センパイからじゃん! さすがは、朔様。おモテになりますなぁ。いつまでもふらふら遊んでないで、もういっそこの人と付き合っちゃえばいいのに!」
ふざけた口調で言うと彼は俺の腕をつかみ、じっと顔を覗き込むようにして聞かれた。
「お前それ、本気で言ってんの? 人の気も、知らないで……」
責めるような口調で言われたけれど、その理由が分からない。だから何も言えないまま、ただ彼のキレイな顔をぼんやりと見上げた。
「痛ぇよ、朔。なんでそんなに、カリカリしてんの?」
笑顔のまま言うと、彼はハッとしたように慌てて俺から手を離した。
「……ごめん。ちょっと頭冷やすわ。じゃあな、翔太。また月曜に、大学で」
いつもみたいに飄々とした顔で笑って俺の部屋のドアを開け、俺の言葉を待つことなく出て行ってしまった。
だから俺は引き留めることも、何か気の利いたことを言うことも出来ないままそれを見送った。
「なんだよ? あいつ。……俺別に、なんも変なこと言ってないよな?」
ぽつりと呟いた言葉は、そのままひとり残された部屋に消えた。
***
「まじっすか、翔太さん。……それ、冗談抜きで狙われてません? その、イケメン君に!」
唇の横ギリギリを避けてキスをされたことを除き、いかに朔がイケメンムーブを見せて来たか語ると、バイト先の後輩である亮平が思い切り食いついてきた。
「いやいや、さすがにそれはねぇだろ。だって相手は、あの大学一のモテ男だぞ?」
こんな話をしたのは、そう。朔が仕掛けてきた数々の言動は、俺にモテの極意をレクチャーするためで。俺があんなにもあいつにドキドキさせられたのは、朔が稀に見るイケメンだからだと誰かに肯定して欲しかったからだ。
だけど相談する相手を、俺はどうやら間違えてしまったのかもしれない。
なぜなら、この男。……いかにもいまどき風のチャラい見た目に反し、生粋の腐男子だからである。
「えー、でも……。いくら相手が幼なじみだからって、わざわざデートの予行演習に付き合ったりします? 絶対に、しませんよね!?」
お互いもうバイトが終わり、帰るタイミングの更衣室内だったこともあり、グイグイと亮平に詰め寄られた。
だけどそこで俺は、気付いてしまったのだ。……亮平相手なら、この至近距離であってもまったくと言っていいほど動じていない自分自身に。
「あ、そうだ。翔太さん、その人の写真見せて下さいよ!」
キラキラと瞳を輝かせ、ねだられた。
そういえばこの間の、模擬デートの際。彼に言われるがままふたりで撮った写真が、たしかまだスマホに残っていたはずだ。
そう思ったから規格外な美しさを誇る朔の顔面を確認してもらうことで、亮平が俺の動揺も致し方のないことなのだと理解してくれるかもしれないと期待してその時の写真を表示させた。
するとそれを見た亮平はぽかんと大口を開け、フリーズした。それから彼は、唖然とした顔のまま言った。
「え……。こわい、こわい、こわい! なんすか、このどちゃくそイケメンは!! AI? さすがにこれ、AIで生成されたやつですよね!?」
「いや、違うが。こいつが俺の幼なじみで、ずっと話してたその相手だが」
なかばやけくそで答えると、亮平は頬を紅潮させて、鼻息荒く大きな声で叫んだ。
「平凡なモブ顔男子が幼なじみに外堀から埋められて、ついに陥落させられるとか……。すっげ! リアルBLじゃないっすか」
「声がでけぇよ! それに、誰が平凡なモブ顔男子だ。本当に、失礼な奴め。……ったく、お前に相談するんじゃなかったわ」
スマホの画面を閉じて、リュックへとしまう。だけど亮平は、なおも興奮した様子で続けた。
「いやいや。俺ほど適任な相談相手、いないでしょ!? またなんか進展があれば、ぜひとも教えてください!」
「絶対に嫌だ。お前絶対に、面白がってるだけだろ。誰が教えるか! っていうか、進展って……。なんもあるわけねぇじゃん、あほか」
表面上は、平静を装い答えた。だけど否定されるどころか、こいつが言うように本当に朔がわざとあんな態度を取ったのだとしたら。
……俺は明日大学で、いったいどんな顔をしてあいつに会えばいいんだろう?
心の中で、自問自答を繰り返す。だけどその答えを、俺はずっと出せずにいた。
朔がコーディネートしてくれた服に身を包んだら、俺みたいに童顔でいつも実年齢よりも若く見られてばかりの男でも少しだけおとなびて見せてくれた。
……これ、かなり良いのでは?
自分の手柄でもないのにちょっと得意な気分になり、朔に声をかけた。
「着替えが終わったから、朔もちょっと見てくんない?」
俺の言葉に従い、こちらを向く朔。それから彼は、満足そうに口角を上げた。
「いいんじゃない? 翔太に、よく似合ってる」
特別でもなんでもないはずの、普通で平凡な誉め言葉。なのに相手が朔なのだと思うと、嬉しくてたまらなかった。
でもそれをごまかすみたいに、いつもみたいにヘラヘラと笑って答えた。
「ありがとう。だよな、さすがは朔! ……これなら早苗さんの横に並んで立っても、変じゃないよな?」
すると朔は一瞬だけうつむき、それから顔を上げて笑った。
「変じゃないよ。……デート、うまくいくといいな」
彼はこの恋を、応援してくれているのだ。それをありがたいと思わなければいけないはずなのに、胸を締め付けられたみたいにぎゅって苦しいような、切ないような、そんな不思議な気分になった。
でもそれにはやっぱり気付かないふりをして、俺も笑って言った。
「よし! じゃあ早苗さんに、連絡してみよっと。彼女は土日が休みだって言ってたから、予定が合えばいいなぁ」
「あぁ、そうだな。応援してる、ほんと。……翔太には、誰よりも幸せになって欲しいから」
あまりにも重いその言葉を聞き、思わずプッと噴き出した。
「なんだよ? それ。さすがにちょっと、大袈裟じゃね? けど、ありがとう朔。今度こそ、絶対にカノジョを作ってやる!」
わざと明るい声色で答えると、彼はなんとも言えない微妙な表情を浮かべた。
それから彼は何か言おうとして口を開きかけたけれど、そのタイミングで朔のスマホがブルブルと震えた。
その画面に映し出されていたのは、『いま暇? もし暇なら、急に休校になっちゃったからあそぼ♡』というメッセージ。
それを見た瞬間、一気に体と心が冷えたような気がした。
でもこんなのは、いつものことで。……この男が遊び人で、誰とでも関係を持つろくでなしだということを、俺は嫌というくらい知っていたはずなのに。
メッセージの相手は大学のセンパイで、今年のミスコンの女王様だった。美人なだけじゃなく、性格だって良いと聞く。
彼らが並ぶ姿はとてもお似合いだと思うし、俺だって朔の恋を応援してあげるべきだろう。そう思ったから、無理やり笑顔を作って言った。
「わぁ、沢渡センパイからじゃん! さすがは、朔様。おモテになりますなぁ。いつまでもふらふら遊んでないで、もういっそこの人と付き合っちゃえばいいのに!」
ふざけた口調で言うと彼は俺の腕をつかみ、じっと顔を覗き込むようにして聞かれた。
「お前それ、本気で言ってんの? 人の気も、知らないで……」
責めるような口調で言われたけれど、その理由が分からない。だから何も言えないまま、ただ彼のキレイな顔をぼんやりと見上げた。
「痛ぇよ、朔。なんでそんなに、カリカリしてんの?」
笑顔のまま言うと、彼はハッとしたように慌てて俺から手を離した。
「……ごめん。ちょっと頭冷やすわ。じゃあな、翔太。また月曜に、大学で」
いつもみたいに飄々とした顔で笑って俺の部屋のドアを開け、俺の言葉を待つことなく出て行ってしまった。
だから俺は引き留めることも、何か気の利いたことを言うことも出来ないままそれを見送った。
「なんだよ? あいつ。……俺別に、なんも変なこと言ってないよな?」
ぽつりと呟いた言葉は、そのままひとり残された部屋に消えた。
***
「まじっすか、翔太さん。……それ、冗談抜きで狙われてません? その、イケメン君に!」
唇の横ギリギリを避けてキスをされたことを除き、いかに朔がイケメンムーブを見せて来たか語ると、バイト先の後輩である亮平が思い切り食いついてきた。
「いやいや、さすがにそれはねぇだろ。だって相手は、あの大学一のモテ男だぞ?」
こんな話をしたのは、そう。朔が仕掛けてきた数々の言動は、俺にモテの極意をレクチャーするためで。俺があんなにもあいつにドキドキさせられたのは、朔が稀に見るイケメンだからだと誰かに肯定して欲しかったからだ。
だけど相談する相手を、俺はどうやら間違えてしまったのかもしれない。
なぜなら、この男。……いかにもいまどき風のチャラい見た目に反し、生粋の腐男子だからである。
「えー、でも……。いくら相手が幼なじみだからって、わざわざデートの予行演習に付き合ったりします? 絶対に、しませんよね!?」
お互いもうバイトが終わり、帰るタイミングの更衣室内だったこともあり、グイグイと亮平に詰め寄られた。
だけどそこで俺は、気付いてしまったのだ。……亮平相手なら、この至近距離であってもまったくと言っていいほど動じていない自分自身に。
「あ、そうだ。翔太さん、その人の写真見せて下さいよ!」
キラキラと瞳を輝かせ、ねだられた。
そういえばこの間の、模擬デートの際。彼に言われるがままふたりで撮った写真が、たしかまだスマホに残っていたはずだ。
そう思ったから規格外な美しさを誇る朔の顔面を確認してもらうことで、亮平が俺の動揺も致し方のないことなのだと理解してくれるかもしれないと期待してその時の写真を表示させた。
するとそれを見た亮平はぽかんと大口を開け、フリーズした。それから彼は、唖然とした顔のまま言った。
「え……。こわい、こわい、こわい! なんすか、このどちゃくそイケメンは!! AI? さすがにこれ、AIで生成されたやつですよね!?」
「いや、違うが。こいつが俺の幼なじみで、ずっと話してたその相手だが」
なかばやけくそで答えると、亮平は頬を紅潮させて、鼻息荒く大きな声で叫んだ。
「平凡なモブ顔男子が幼なじみに外堀から埋められて、ついに陥落させられるとか……。すっげ! リアルBLじゃないっすか」
「声がでけぇよ! それに、誰が平凡なモブ顔男子だ。本当に、失礼な奴め。……ったく、お前に相談するんじゃなかったわ」
スマホの画面を閉じて、リュックへとしまう。だけど亮平は、なおも興奮した様子で続けた。
「いやいや。俺ほど適任な相談相手、いないでしょ!? またなんか進展があれば、ぜひとも教えてください!」
「絶対に嫌だ。お前絶対に、面白がってるだけだろ。誰が教えるか! っていうか、進展って……。なんもあるわけねぇじゃん、あほか」
表面上は、平静を装い答えた。だけど否定されるどころか、こいつが言うように本当に朔がわざとあんな態度を取ったのだとしたら。
……俺は明日大学で、いったいどんな顔をしてあいつに会えばいいんだろう?
心の中で、自問自答を繰り返す。だけどその答えを、俺はずっと出せずにいた。

