レッスン! 〜幼なじみを終わらせる、正しい方法〜

 土曜日。俺も朔もちょうどアルバイトが休みだったから、ありがたいことに彼が家に来てくれることになった。

「……薄々そんな気はしてたけど、相変わらずびっくりするくらいカラフルなクローゼットだな」

 クローゼットにかけられた俺の洋服たちを前に、朔が愕然とした様子で呟いた。

「……俺の好みなんだから、しかたないだろ?」

 唇を尖らせて答えると、彼はその中から一枚取り出し、俺の体に当ててみせた。

「まぁな。これが悪いとは言わないけどこの間写真で見せてもらった感じだと、あの人フェミニン系の洋服が好みっぽかったじゃん?」

 その言葉に、ぐっと口ごもった。
 なぜならその点については、俺自身かなり不安に思っていたのだ。痛いところを突かれ、半ばやけくそで八つ当たり紛れに答えた。

「けどそこをなんとかしてくれるのが、朔の腕の見せ所じゃん!」

 すると朔は俺から顔をそらして、笑いをこらえてふるふると肩を震わせながら言った。

「まぁ、その通りだな。お前でも着られそうなやつ、念のため何枚か持って来ておいたから」

 トートバッグから、シンプルで大人っぽい印象のモノクロ中心のシャツやジャケットを取り出す朔。
 ちなみにパンツ類が一切ないのは、絶望的なまでに足の長さが違うからということだろう。
 それを情けなく感じながらも、協力してくれるつもりで服まで持参してくれたのは本当にありがたい。
 そう思ったから、素直に笑顔でお礼の言葉を口にした。

「ありがとう、朔。まじで助かる!」

「どういたしまして。そのお礼は今度、身体で払ってもらおうかな?」

 耳元で甘く囁かれ、反射的に体がビクッとこわばってしまった。そのため朔は、ちょっと困ったように笑って俺から少し離れた。

「冗談だよ。……ほんとよくそんなんで、早く童貞卒業したいだなんて言えたな」

「うるせぇ! それとこれは、話が別だろ? 俺だって、攻める側に回ったらうまくやれるっつーの!」

 怒りと羞恥に震えながらも冗談めかして答えたが、朔はまたこれも軽く流してくれると思ったのだ。
 なのに彼はスッと瞳を細めて、俺のあご先に指を添えて上を向かせた。

「へぇ……。本当に? 翔太にそんな真似、出来んの?」

 その言葉にカッと頭に血が上り、売り言葉に買い言葉のような感じで即答してしまった。

「当たり前だろ! 舐めんな」

 頬に手を添えて、今度は自分の方から彼に近づいた。 
 ゴクリと朔が唾を飲み、彼の喉が上下に動く。
 それを見てちょっとだけ勝ち誇ったような気分になり、にんまりと笑って再び体を離そうとしたのだ。
 なのにそれより早く朔が動き、さらに距離を詰められてしまった。

 唇と唇が触れ合うまで、ほんの数ミリ。そんなにも至近距離で朔に見つめられることなんてこれまで全くなかったのもだから、思わずぎゅっと強く目を閉じてしまった。
 
「そこで、目を閉じるとか……。そんなの、キスしてって言ってるようなもんじゃん」

 彼の発言にぎょっとして、慌てて目を開ける。すると彼の唇が、俺の唇ぎりぎりのところをかすめ、触れた。
 だけどそれとほぼ同時に彼は俺から距離をとり、再びクローゼットへと視線を戻した。
 それからこいつは何事もなかったような顔で、洋服を選び始めてしまった。
 いろいろと文句をいってやりたかったけれど、そのせいで俺はタイミングを逃し、何も言えなかった。

 遊び人の朔はきっと、例え男の幼なじみであってもこの程度のスキンシップ、なんとも感じることはないのだろう。
 ……唇にされたわけではないのに、俺はこんなにもドキドキさせられたというのに。

 なのに湧いてきた感情は、不思議と怒りではなく寂しさだった。
 だけどその理由について考えるのはなんとなくこわかったから、俺も何もなかったように振る舞い、彼と一緒に洋服選びに参加した。

「翔太の手持ちの服の中だと、使えそうなやつはこれとかこれかな?」

 テキパキと二本のパンツを選び、俺の体に合わせる朔。それにまたすこしだけ動揺しながらも、平静を装い聞いた。

「……無難じゃね?」

「普段の翔太のチョイスが、奇抜なんだって。いつもならそれでいいかもだけど、想像してみ? 清楚系ワンピ着た女の子の隣に、これ履いて立つ自分の姿を」

 朔の言葉に従い、朔に差し出されたカラフルなペンキが飛んだようなデザインのグリーンのパンツを履いて並んで立つ俺と早苗さんの姿を脳内に思い浮かべてみる。
 ……駄目だ、バランスが悪過ぎる。

「こういう時は、無難でいいんだよ。遊ぶとしたら、小物!」

 今度は朔が持参した服の中から、この間朔が着ていたスウェット素材のジャケットと黒のニットを手渡された。
 それを体に当ててみたけれど、ちゃんと着てみないとあまりイメージが沸かん!

 そう思ったから着ていた服を脱ごうとしたら、いつも腹立たしいくらいに冷静な朔がギョッとした様子で目を見開いた。

「翔太。……お前まさか、このままここで着替えるつもりじゃないだろうな?」

 背を向けて聞かれたが、これのどこにいったい問題があるというのか? そう思ったから、素直に思った通り答えた。

「うん。別になんも、問題なくね? お前とは小学生のころまで、よく一緒に風呂に入ってたくらいだし」

 すると朔は大きなため息を吐き出し、再びこちらを向いた。
 それから俺のベッドに腰を下ろして、着替える俺の姿をにこにこと不気味なくらい爽やかな笑顔で見つめた。
 だからそれに戸惑い、脱ぎかけのまま彼に声をかけた。

「えっと……。あの、朔さんや?」

「うん。なぁに? 翔太」

 にこにこと笑いながら聞かれたが、目の奥がまったく笑ってねぇ!
 だけど、考えてみたら。……いくら幼なじみでも野郎の着替えなんてもんを見せられたら、朔だっていい気がしないに違いない。
 きっとこれは、親しき仲にも礼儀ありと教えるための、教育的指導的ななにかなのだろう。
 そう解釈したから、彼にお願いした。

「すみませんでした! そんな風にガン見されたらさすがにちょっと恥ずかしいので、俺が着替えている間、少しだけ後ろを向いてくれたら助かります!」

「分かればいいよ。……でも翔太、ほんと少しは警戒心を持って」

 ……今さらそんなものが、なんで必要だというのか? だって相手は、朔なのに。
 そう思ったけれどその疑問を口にしたらまたしても朔に怒られそうな気がしたから、何も言わずにそそくさと着替えを終えた。